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80才の童話作家 ⑤

ユンタとオオタカ ⑤

 むかしむかし、北海道(ほっかいどう)
ある村(むら)でひどい飢饉(ききん)の年
(とし)がありました。

 田(た)んぼではいつもは豊(ゆた)かに
みのるイネは枯(か)れてしまい、くだも
のの木々(きぎ)は実(み)をつけずにしぼ
んだままでした。いつもシャケであふ
れる川(かわ)には、一ぴきも上(のぼ)って
きませんでした。また山(やま)にも一
匹(ぴき)のシカも見ることができません
でした。

 しかし、このまま食(た)べ物(もの)が
なくなると、みんなうえ死(じ)にしてし
まいます。それではいけないと、村人
(むらびと)たちは村の広場(ひろば)に集
(あつ)まって、いろいろ相談(そうだん)
することになりました。

 みんな、はじめから思(おも)い思いの
ことをいっているので、話(はなし)は
とてもまとまりそうもありません。そこ
で、まずシャケがやって来(こ)ない原因
(げんいん)を考(かんが)えようということ
になりました。

 「アミのかけかたが悪(わる)い
  からじゃ」
 「いや、メスとオスの区別(くべつ)
  がつけられないからだ」
 「いや、よごれた棒(ぼう)きれで、
  シャケの頭(あたま)をたたいて
  殺(ころ)すからだ」
 「いや、子(こ)どもがおしっこを
  したからだわ」
 「いや、ウンチをした子(こ)も
  いるからよ」

 いやはや、これではとても話(はなし)
になりません。村長(そんちょう)もこまっ
てしまって、

 「うーん」

 と腕(うで)を組(く)んだまま考(かんが)え
こんでいます。

 一方(いっぽう)、子(こ)どもたちも大人
(おとな)たちと少(すこ)しはなれた所(ところ)
に集(あつ)まって、相談(そうだん)しました。

 「シャケ採(と)りのお休(やす)みする
  家(いえ)がないからじゃない?」
 「人(ひと)が恐(こわ)くて赤(あか)ちゃん
  が産(う)めないからじゃない?」
 「川(かわ)のいちばん上(うえ)まで行
  (い)くと帰(か)れなくなるからじゃ
  ない?」
 「クマさんが恐(こわ)いんじゃない?」
 「川(かわ)の水(みず)がきたないから
  かな?」

 子どもたちもワイワイかってなことを
いっています。これではどうにもなりま
せん。

 このように、いろんな考(かんが)えが出
(で)てくると、話(はなし)をまとめるのに、
本当(ほんとう)にこまってしまいます。
でも、こういう場合(ばあい)、たいてい
だれかがいい考えを思(おも)いつくことが
あります。

 しばらくすると、いつもみんなからいじ
められているユンタという男(おとこ)の子
(こ)が、とつぜん歌(うた)を歌(うた)いはじ
めました。はじめは意味(いみ)のよくわか
らない歌(うた)でした。ところが、あちこ
ち走(はし)りながら、口(くち)ずさんでいる
うちに、だんだん意味(いみ)がはっきり
してきました。

 「カームイ、カームイ、おーこった、
  おーこった」
 「カームイ、おーこった?なんだ、
  それは?」(大人(おとな)たち)
 「カムイ、カムイ、おこった、
  おこった」

 よく聞(き)くと、「カームイ」は「カムイ
(神(かみ)さま)」のことだったのです。

 「かーみさま、かーみさまが、
     おこった、おこった」
 「そうじゃ、カムイ(かみさま)が
  お怒(いか)りになったのじゃ」

 村長(そんちょう)はそのとき、やっと
ユンタの歌(うた)の意味(いみ)がわかりま
した。ほかの大人(おとな)たちも、それで、
みんながようやく気(き)がつきました。
ユンタが大(おお)きな声(こえ)で歌(うた)っ
ていたのは、じつは、神さまの声(こえ)
の代(か)わりにで、とても怒(おこ)って
いらっしゃるということだったのです。

 なぜなら、村人(むらびと)がシャケを採
(と)るため、きたない棒(ぼう)きれで、頭
(あたま)たたいて殺(ころ)していたからです。
シャケはひじょうに恐(こわ)がって、川
(かわ)を上(のぼ)りたがらなくなってしまい
ました。そこで、神(かみ)さまはシャケに
そんな川(かわ)を上(のぼ)らなくてもよいと、
命(めい)じられました。

 それを聞(き)いた大人(おとな)たちは、神
さまに許(ゆる)しをこうために、わずかしか
残(のこ)っていないコメをかき集(あつ)めて、
おいしいお酒(さけ)を作(つく)ることにしま
した。あたりにはお酒のにおいがプーンと
ただよって、その甘(あま)い香(かお)りは
天(てん)の神さまのところまで上っていき
ました。

 「おやおや、これはなんといい
  においじゃ」

 いちばん先(さき)に口(くち)を開(ひら)い
たのは、シャケの神(かみ)さまで、村人
(むらびと)たちにひどく怒(おこ)っていた
のです。しかし、ユンタの歌(うた)を聞
(き)いた大人たちが、やっと自分(じぶん)
たちの罪(つみ)に気(き)づいて、お酒(さけ)
を作っている姿(すがた)を見(み)て許(ゆる)
してやろうという気持(きも)ちになった
のです。

 ただ、村人(むらびと)たちは、せっかく作
(つく)ったお酒を神(かみ)さまに、どうやって
届(とど)けようかという問題(もんだい)にぶつ
かりました。

 ところで、村(むら)の入口(いりぐち)に、
大(おお)きなケヤキの木(き)が一本(いっぽん)
あります。その木の枝(えだ)に一匹(いっぴき)
のフクロウが止(と)まっていて、さきほど
から下(した)の様子(ようす)をじっと見つめて
いました。

(人間(にんげん)どもは、神(かみ)さまにお酒
(さけ)を届(とど)けるのさえ忘(わす)れてしまっ
たのか…)

 これでは神さまがお怒(いか)りになるのも、
あたりまえです。そこで、フクロウは大きく
羽(はね)をひろげて、サッと広場(ひろば)のほう
に飛(と)んでいきました。そして、かれらの
頭(あたま)の上(うえ)にくると、なんども回
(まわ)りながらいいました。

 「ホーッ、ホーッ、銀(ぎん)の茶(ちゃ)
  わんになみなみと、銀(ぎん)の茶(ちゃ)
  わんになみなみと」
 「銀の茶わん?」

 大人(おとな)たちは不思議(ふしぎ)そうな顔
(かお)をしました。

 「ホーッ、ホーッ、銀の茶わんに
  なみなみと、銀の茶わんになみ
  なみと」

 フクロウは何度(なんど)もくり返(かえ)し、
「銀の茶わん」のことをいいました。すると、
村長(そんちょう)が、ついにその意味(いみ)
がわかりました。

 「そうじゃ、神だなになみなみと
  お酒をついだ銀の茶わんを、
  きちんとお供(そな)えするん
  じゃった。すっかりそのことを
  忘(わす)れておったわい」

 そこで、村人(むらびと)たちはでき上(あ)
がったばかりのお酒(さけ)を持(も)って、家
(いえ)に帰(かえ)りました。そして、銀(ぎん)
の茶(ちゃ)わんになみなみとお酒を入れて
神(かみ)だなに供(そな)えました。

  •  天上(てんじょう)で、それを見(み)ていた

  • 神(かみ)さまは、満足(まんぞく)そうにうな

  • ずいて、地上(ちじょう)に降(お)りていきま

  • した。そして、みんなの家(いえ)を一軒(いっ

  • けん)ずつ回(まわ)って、ぜんぶお酒を飲(の)ん

  • でしまいました。

 最後(さいご)に入ったユンタの家で、すっ
かり気分(きぶん)がよくなった神さまは、
そのまま神だなの中(なか)ででウトウトを
寝(ね)てしまいそうになりました。さあ、
大変(たいへん)です。神さまにはもう一
(ひと)つ仕事(しごと)が残(のこ)っていたの
です。そこで、神さまはユンタをそばに
呼(よ)んでこのよういわれました。

 「ユンタとやら、一つたのみが
  ある」
 「はい、なんでしょうか」
 「おまえは、なかなかの孝行
  (こうこう)息子(むすこ)じゃ。
  わしの手伝(てつだ)いをして
  くれれば、ごほうびをやろう
  と思(おも)う」
 「わーい、うれしい、じゃ、
  何(なに)をするんですか」
 「おまえはおだんごが好(す)き
  じゃったな、じつはシャケも
  それが大好物(だいこうぶつ)
  なのじゃ。」
 「ほんとうですか、知(し)らな
  かった」
 「そこでじゃ、ここにある
  だんごを、川下(かわしも)まで
  運(はこ)んで食(た)べさせてくれ
  ないか」
 「はい、わかりました。でもどう
  やってこんなたくさん、…」
 「なにも心配(しんぱい)しなく
  てもいい。オオタカに運(はこ)
  ばせるように、もう手配(てはい)
  してある」
 「わかりました、すぐやります」

 神(かみ)さまはそのままいびきをかいて、
寝(ね)てしまわれました。

 ユンタはすぐに外(そと)に出(で)ると、
オオタカが何羽(なんわ)も木(き)の枝(えだ)
に止(と)まっていました。そして口(くち)
ばしには、それぞれ大(おお)きな袋(ふく
ろ)をくわえていました。いちばん大きな
オオタカがユンタのそばにまい降(お)り、
背中(せなか)に乗(の)るようにいいました。
ユンタはその背中に飛(と)び乗(の)って、
首(くび)にしっかりだきつきました。
オオタカは一斉(いっせい)に大空(おおぞら)
に飛(と)び出(だ)しました。

 一方(いっぽう)、川下(かわしも)の川辺
(かわべ)では、シャケのボスが沖(おき)に
大群(たいぐん)を待(ま)たせて、いまかいま
かと神(かみ)さまの命令(めいれい)を待(ま)っ
ていました。

 (おかしいな、どうしたんだろう)

 すると、川上(かわかみ)からオオタカの
一軍(いちぐん)がすぐ目(め)の前(まえ)に降
(お)りて来(き)ると、先頭(せんとう)にいた
オオタカのボスが大(おお)きな声(こえ)で叫
(さけ)びました。

「シャケさん、神(かみ)さまはいま疲(つか)
れて横(よこ)にお休(やす)みです。神さまの
代(か)わりにおだんごを届(とど)けに来まし
た。どうか、受(う)け取(と)ってください」

 「おお、そうか、それはごくろうさん、
  やっと神さまのお許(ゆる)しが出(で)
  たのだな」

 ボスの了解(りょうかい)を得(え)たので、
オオタカたちは一斉(いっせい)に袋(ふくろ)
のだんごを川(かわ)の上(うえ)にばらまきま
した。シャケたちはみんな、喜(よろこ)んで
お腹(なか)いっぱいにだんごを食(た)べまし
た。満足(まんぞく)したボスは、こういいま
した。

 「よしよし、これで、安心(あんしん)
  して、川上(かわかみ)に上(のぼ)って
  行ける。みんな出発(しゅっぱつ)だ!」

 ボスの、命令(めいれい)が出(で)たので、
一斉(いっせい)に河口(かこう)に向(む)かって
なだれこみました。川下(かわしも)ではシャチ
の背(せ)びれの色(いろ)で真(ま)っ黒(くろ)に
そまり、川(かわ)から溢(あふ)れ出(で)んばか
りでした。押(お)し合(あ)いながら川上(かわ
かみ)を目(め)ざして、われ先(さき)に泳(およ)
ぎ出(だ)しました。

 そのころ、川の中(なか)でのんびり水あそ
びしていた子(こ)どもたちは、川下(かわしも)
を見(み)てはびっくりしました。シャケの大
群(たいぐん)が山(やま)のようなかたまりに
なって上(のぼ)ってきたからです。その上空
(じょうくう)には、あのオオタカの背(せ)に
乗(の)ったユンタが見(み)えました。ユンタは
大(おお)きな声(こえ)で、みんなに聞(き)こ
えるように歌(うた)いいました。

 「神(かみ)さま、笑(わら)った、銀
  (ぎん)の茶(ちゃ)わんになみなみと」
 「わーい、神さま、笑(わら)った。
  銀の茶わんになみなみと」(子(こ)
  どもたちの声(こえ))

 このように神さまのおかげで川はシャケ
のあざやかな色(いろ)で、真(ま)っ真(か)に
光(ひか)り輝(かがや)いていました。川(
かわ)べりにかけつけた村人(むらびと)たち
は、シャケをつかまえると、こんどは
大切(たいせつ)に抱(かか)えて家(いえ)に持
(も)って帰(かえ)りました。

 ユンタの家(いえ)は、貧乏(びんぼう)で、
いつもみんなからバカにされていました。

 でも、みんながこまっているのを見(み)
て、オオタカと協力(きょうりょく)くして、
神(かみ)さまのお手伝(てつだ)いをしました。
その結果(けっか)、村人(むらびと)の命
(いのち)が救(すく)われました。

 それからは、だれひとりユンタの悪口
(わるくち)をいう者(もの)はいませんでした。
もちろんいじめる子(こ)もはいなくなり、
みんな仲(なか)よく暮(く)らすようになり
ました。

                  おしまい

❤アイヌの少年のお話は,いかがだった
 でしょうか。ユンタが幸(しあわ)
 せになって、よかったですね。
 それでは、次回のお話をお楽しみに。

アナミズ (2024.02.06)


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