鬼に金棒
毎回、経験豊かな輸入業者が来伊するとは限らない。
ある時日本の知り合いの方から、サラリーマンを早期退職し、子供服の輸入をしたい人がいるというので、その仕事を受けた。
イタリアから輸入を始めたい、すぐにでも。
会ってお話をして、それは理解できた。
お気持ちはよく分かるけれども、まず私は日本国内でのイタリア物の、展示会をお勧めした。
多くの場合、日本の商社や大手の輸入業者が開催する展示会での価格は、イタリア現地での物よりは高くなるけれど、日本国内で済むこと。
行ったこともないイタリアへの飛行機のチケット、ホテル、通訳、その他諸々の経費など、、
どれほど高額になるのか知れない事も、ご存じない。
最終的には、’イタリアに買い付けに行く’という事実が大切なんだな、という印象を受けた。
私が反対しても意味がないことを知る。
さて、引き受けたからには準備が必要。
引き受けるも何も、前のめりの、しがらみ有りの依頼、どうせ断れなかったのだから。
商工会議所に連絡し、子供メーカーに直接連絡し、出来る限りの準備をする。
結果はそれらの、どこの会場、会社でも、商談は成立しなかった。
展示されたサンプル品を見ながら、迷いに迷い、最後には私にどれがいいかなあ、とまで聞いてこられる。
言葉を頼られて、お手伝いする、準備をするのはもちろん、私の仕事だけれど、製品の選択については、私はお手伝いできない。
最後には’あんなに業者に囲まれると、決められない’ともおっしゃった。
出来ればまず、日本国内の展示会に行くのはどうでしょう、最後に再度お勧めする。
帰国後、約束の通訳費はいつまでたっても支払われなかった。
そして、結局子供服の輸入は実現することは無かった。
この様な話は、どこにでもあるのだろうか。
忙しくてお受けできない、と断ったほうが良かったのか、、それが出来なかったのが私だ。
この一件だけで、同じような話は来なかったので、もう悩むことは無かった。
今でもこの件を時々思い出すのは、やはりずっと心にしこりが残っているから。
だれでも初めての事はある。
天才にしかできないことは、そんなにない。
必死になってやっていくうちに、内なる才能の芽が出ることはあるかもしれない。
とりあえず、歩きだしてみることが大事。
この方は、ヨーロッパから子供服を輸入したいという夢を抱いておられた。
一度目は、きっと出費ばかりで収穫もなく終わったけれども、その経験を糧に、次はどうすればよいかを考えて工夫し、、せっかく第一歩を踏みだしたのだから、夢を追い続けてほしかった。
夢をかなえるためにはきっと、いろいろな情報を収集し、話を聞き、その中から、自分で進む道を決め、まい進するしかない。
諦めないでほしかった。
お客様には言わないけれど、わたしは通訳をする時、お客様を’鬼’、通訳の私は’金棒’と思っている。
力のある鬼がいてこそ、ブンブンと金棒の威力が発揮できる。
また、歌舞伎の’黒衣’(くろこ)だとも思っている。
あくまでも、主人公のお客様を陰でサポートしていることを忘れない。
私はいつでも、強い、強い ’鬼’ を待っている。
だんだん頼ってくる新人輸入業者
通訳は前に出ない歌舞伎での黒衣