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EMINEMと私【音楽コラム】

その昔。
ラジオで「渋谷陽一のワールドロックナウ」という番組があって、当時としてはなかなかに尖った洋楽情報を伝えてくれた。
ラジオ頭だった私は、毎週貪るようにそれを聴いていた。
ある回のこと、
「アメリカで最近こんなラッパーがデビューして大ヒットしてる。そのラッパーは、驚くなかれ、何と白人なのだ」
という話があった。
当時、私はヒップホップに何の興味もなかったので、早く終われと思っていた。
それから流された彼のデビューシングルを聴いても、やたらビートはタイトだけど、なんだかコミカルな感じで、全然ピンとこなかった。
私は当時、まだ英語の歌詞を聞き取れなかった。
そこではこんな風に歌われていたのだ。

やあ、子どもたち! 暴力は好き?
9インチの爪がぼくの両まぶたに突き刺さってるの見たい?
ぼくのことマネして おんなじことやってみたい?
ヤクやって ぼくよりサイアクの人生になってみたい?
僕の脳ミソは腐ってる、シャッキリさせようとはしてるんだけどね
だからどのスパイス・ガールを妊娠させたいのか さっぱりわからなくなっちゃったんだ
ドクター・ドレーは言ったよ
「スリム・シェイディ、お前ってサイテーだな」
ヘヘッ!
「でも顔が真っ赤じゃあ、全部台無しだぜ」
                          「My Name Is」


その十年後くらいだったろうか。
インターネットラジオから、ランダムに流れてきたある一曲を聴いて、私は文字通りその場に釘付けになり、身動きできなくなってしまった。
やっぱり歌詞はわからなかったけど、ちょうどふにゃふにゃした文学的ロックに飽き飽きしていたので、「これしかない!」と思った。
「何で今まで、これをちゃんと聴こうとしなかったんだろう?」
ヒップホップ、だったからだ。
だけどあるジャンルを嫌って、それを頭から全部否定してしまうのなんて、馬鹿らしいことじゃないか?

俺はスリム・シェイディ
そうさ、本物のシェイディ
お前ら「なんちゃってシェイディ」は、ただ「シェイディごっこ」をしてるだけ
もしお客様の中で 本物のスリム・シェイディがいらっしゃったら
どうぞお立ちください、お立ちください、お立ちください
                      「The Real Slim Shady」


「ヘヴィ・メタルだなあ!」と私は思った。
ジャンル分けの話じゃない。
初めてああいう種類のロックを聴いた時と、同じような衝撃。
それはもう、超早口で超ビートの重いヒップホップを聴かなければ、現代では味わえないのだ。
そんなことを初めて感じさせてくれた。

それからまた、およそ十年後。
大阪の埋立地・舞洲で行われた彼のライヴを、私は見に行った。
金髪から黒髪になり、猟奇的なコミックソングから
まっすぐな人生の応援歌を歌うようになった彼。
ステージライトに照らされた本物のEMINEMは、神の使いのように美しかった。

俺は恐れない 立ち上がることを
みんな ここへ来て 俺の手を取ってくれ
この道を俺たちは一緒に歩く 嵐を衝いて
どんな天気だろうと 寒い日も暑い日も
これだけはわかってくれ お前は独りじゃない
もしこの道の途中で 同じように打ちひしがれているなら
                           「Not Afraid」


私は彼のことを「エム」と呼ぶ。
(心の中でね)

今、私は彼の曲を五曲ぐらいカラオケで歌える。
「Without Me」「Lose Yourself」「The Rael Slim Shady」「When I'm Gone」「Crack A Bottle」「Stan」。六曲だった。
たくさん練習したからね。

恋人と別れそうになると、私はカラオケで「When I'm Gone」を歌う。
だけどその意味がわかる人は誰もいない。
だからここに書いてみる、生まれて初めて。

俺が逝ってしまっても 歩き続けて
嘆かないで 祝福して
この声が聞こえた時にはいつでも
空からお前を見下ろして微笑んでる
あんなこと何でもなかったのさ だからベイビー
苦しまずに 微笑み返して
                         「When I'm Gone」


私は彼の大ファンだ。
ただ、彼のファンと言えば、避けては通れない曲がある。
ストーカー的にどんどんエスカレートしたファンレターを送りつけ、ついには自分の彼女と一緒に、車で川へ飛び込んでしまった男の話。

スリム、手紙を書いたのに返事もくれないんだな。
ケータイも、メルアドも、家電も全部下に書いといたのに。
秋のうちに二通も送ったんだぜ、たぶん受け取ってないんだろ。
きっと郵便事故かなんかでもあったんだろうな。

それに俺は字が汚いしな。ぐちゃぐちゃにしちまうんだ。
まあとにかく、チクショウ、元気してるか? 娘はどうだよ?
俺の彼女も妊娠してるよ、親父になりそうなんだ。
娘だったら、何て呼ぶと思う?
「ボニー」って名前をつけるつもりさ。

叔父さんのロニーについても読んだよ、胸が痛んだ。
俺にも女に振られて自殺した友達がいたからな。
こんなこと毎日言われてるだろうがよ、俺はお前の大大大ファンなんだ。
お前がスカムと一緒にやったアングラのブツも持ってるぜ。
俺の部屋はお前のポスターと写真でいっぱいなんだ。
ルーカスと一緒にやったアレも好きだな、ファットなブツだよ。
どっちにしても、お前にこの手紙を受け取ってほしいんだ。
返事をくれよ、一言でもいいから。
心から お前の最高のファン スタンより
                             「STAN」


スタンの弟は、のちに『Slim Shady L.P.2』収録の「Bad Guy」の中で、
兄の復讐のために、スタンが死んだのと全く同じ方法でエミネムを殺害してしまう。
それをラップしてるのはエミネム本人なんだけどね。
もうわけがわからないね。
まあ、悪い曲じゃないけど、ああいうのを蛇足っていうんだな。

かつてスリム・シェイディは、エミネムが作り出した悪夢のキャラクターだった。
残虐で露悪的で猟奇的だけど、すれすれの非現実性、コミック感があり、あくまでもヒンシュクもののキャラクターとして受け入れることができた。
ところが今や、現実は悪夢を越えてしまっている。
そしてそんな人間性の闇を覆い隠すように、キャンセルカルチャーやポリティカル・コレクトネスが大手を振っている。
そんなところに、もはや芸術は存在しないだろう。

スリム・シェイディがただの一般人になってしまった世界。
そこで彼は普段、暗い目をしてタバコを吸い、スーパーマーケットでチョコバーを万引きしているだけだ。
しかしある日突然、決意を込めた表情で、ショットガンとチェーンソーを車に積み込み、どこかへ出かけてゆく。
一体どこへ向かうのか?
それは誰にもわからない。


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