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生きていてすみません、とあなたは言う、私も言う、ろくでなしパラダイス、みんなダメでみんなクズ、閻魔園、

六月八日

夏に、セビロを上下キチンとつけている奴と、
アロハシャツを着こんでるのとくらべて、
どちらがいいかと言うなら、
モチロンのこと、
アロハシャツの方が立派である。

花森安治『灯をともす言葉』装うことについて(河出書房新社)

午前十時十九分。チョコバー、紅茶。そんなにいい気分ではない。どうしようか。不快を不快のまま受け止める、ということはすこぶる難しい。綺麗なものも汚いものも全部だきしめられる男でありたい。きょうはじゃっかんポエム度高め。きのう午前十時半ごろ、母親がきて、「梅の花」という和食レストランに行ったのだけど、最後までほとんど何も口に入れる気がしなかった。無理やり食えるものは食ったのだけどぜんぜん愉快じゃなかった。起きて朝飯の卵かけ納豆ご飯を食ってからほとんど時間が経ってなかったせいも多少はあるかもしれないが、ひさしぶりに「会食恐怖」が出たのが一番大きな理由だと思っている。私はある時期から他人と店で食うとき、「残してはいけない」というかなり強い不安・緊張を覚えるようになった。ふだん一人で悠々と食っていてそれに慣れ切っているせいもある。ふだんなら「満腹」でも少しくらいは食えるはずなのだけど、この種の不安・緊張の支配下にある間は食べ物を眼に入れただけでも吐き気がする。文字通り「米一粒」も口に入らなくなる。誇張じゃねえよ。何かを口に入れて呑み込むことが出来るのは「健康」の証拠だ、ということを俺は嫌になるほど知っている。俺はいまだに「生という事実」を呑み込むことが出来ない。買い物して帰宅後、天気がよかったので、新聞読んで仮眠を取って、また歩いた。約四時間。昨日とほぼ同じコース。たぶん歩いているときの俺がいちばん活き活きしているだろう。「鄙には稀ないい男」をみるたび胸がときめいてしまう。やはり僕のなかには「若い男に抱かれたい女」と「若い男を抱きしめたい女」が同居している。とちゅう香林坊うつのみや書店に寄ったらまた古書市が開催されていた。もちろん買ったわよ。『北越雪譜』、ルナアル『ぶどう畑のぶどう作り』、ジャン・ジュネ『ブレストの乱暴者』、プリニエ『醜女の日記』、白洲正子『十一面観音巡礼』、堀田善衞『バルセローナにて』、マルモンテル『インカ帝国の滅亡』、田中克彦『差別語からはいる言語学入門』の八冊。しめて約一八五〇円。帰途の夜七時ごろ、額を寄せ合っている男子中学生三人組を見かけた。そのなかのひとりが「俺は恋愛では一神教だから」と言っていた。アオキで40℃のウィルキンソン・ウォッカと鶏皮を買った。約一二〇〇円。瓶ごと冷凍庫で冷やしてストレートで飲むと良いなんておっしゃる御仁も少なくないがこんな消毒液みたいなものをそのまま飲めるか。酒飲みはすぐに通ぶるから嫌なんだ。生半可な知識しか持たない貧乏人に限ってそうだ。俺みたいな野蛮人は酔えればなんでもいいんだよ。

グレープフルーツジュースかなんかで割ること、

きのう買ったルナアルの『ぶどう畑のぶどう作り』をいま開いた。

厭なものが厭なほど、好きなものは好きではない。

岸田国士・訳

その通りだわ。アイ・ラブ・ユー。月が綺麗ですね。銀座のかんかん娘。ちんぽこが臭いのはお前だけじゃない心配すんな。オナニストであることを恥じるな。体脂肪率高めの地獄巡り。張本勲。喝。

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