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「死への欲望」

六月七日

Pour l’enfant, amoureux de cartes et d’estampes,
L’univers est égal à son vaste appétit.
Ah ! que le monde est grand à la clarté des lampes !
Aux yeux du souvenir que le monde est petit!

子供とは、地図や版画が大好きなもの、
全宇宙がその広大な食欲にひとしく見える。
ああ! ランプの下で世界は何と大きいのだろう!
思い出の目に世界は何と小さいのだろう!

ボードレール『悪の華』「旅(Le Voyage)」(安藤元雄・訳 集英社)

正午五分前起床、珈琲、ドライフィグ。隣の爺さん由来のヤニ臭さで気が滅入りがちだが今日も書く。「ほっほっほーーーい」と間の抜けた汚いタメイキらしい音も聞こえて来る。そのせいかこのごろ俺は他人のタメイキもしくはアクビがますます耐えがたくなってきた。いちいち殺意に駆られる。殺さないのは返り血を浴びたくないから。今日から図書館入りを午後二時~三時の間に変えた。あと週休三日制にする(月曜日とX曜日とY曜日)。きのうエアコンの試運転をした。ちょっと鼻がかゆくなったけどさして問題なし。

井川楊枝『封印されたアダルトビデオ』(彩図社)を読む。
なんらかの事情でオクラ入りになったアダルトビデオ十九作品が紹介されている。AVなんて言葉はもう時代遅れなんだろう。だいたいどんなコンテンツも妄想に比べればぬるい。とりわけ知的な人間にとっては。そういえば学生時代、首や足を切断された裸体じゃないと興奮できないとかなんとか、おのれの性癖を得意気に披露したがるキモいやつがいたけど、凡人なんかせいぜいそんなところなんだよな。僕からすれば「異性愛」なんて凡庸を通り越して悪趣味だ。
本書、いきなりフィリピンのイースター祭で磔の儀式を受けたM男優・観念絵夢が出て来る。この先頭打者ホームラン感がいい。イエス同様、手に釘を打たれ、いまもその痕があるとかなんとか。いま検索したら彼のツイッターアカウントが見つかりました。知る人ぞ知るレジェンドのわりにフォロワーが二五〇人程度。抽象的・思弁的なつぶやきばかりでリアクションはほとんどない。妙に悲しいぜ。清原と同じで、過去の絶頂だけを誇りに生きている抜け殻のよう。いっそ磔にされてそのまま殺されたほうが良かったんじゃないか。それこそ彼の本望だったんじゃないか。いくら過激派のM男優でも死んだら負けなのか。でも死なないと「神」にはなれないよ。
穴留玉狂監督による『猟奇エロチカ 肉だるま』のことはよく知られている。それが「呪いのビデオ」であることも。一時期、これは「検索してはいけない言葉」の代表格だった。しかし、『ギニーピッグ』もそうだけど、けっきょく「作り物」なんだよな。メキシコ麻薬カルテルによる「見せしめ拷問」や「ウクライナ21」とかのほうがはるかにはるかにこわい。
業界を震撼させた「バッキ―事件」についてはけっこう紙数が割かれている。ビデオ制作会社「バッキ―ビジュアルプランニング」による強姦致傷事件。これを読むと現場の男たちのがなぜあそこまで「常軌を逸した」行為に及んだのかがすこし分かる。そこにはAV撮影現場という閉鎖空間に特有の「歪んだ価値意識」があったのだ。「過激さ」こそ商品に不可価値をもたらすのだから。

窪田順生『14階段(検証新潟少女九年二ヶ月監禁事件)』(小学館)を読む。二〇〇〇年に発覚し世を騒がせた誘拐・監禁事件を追跡したもの。いかにも『フライデー』的な筆致で、引きこもりへの「オヤジ的」な偏見がところどころ滑稽だったが、加害者の親の「本心」をなんとか聞き出そうとしている点で、労作とはいえる。これを読むと、マスコミのいい加減な報道ぶりがよく分かる(なによりそのことを指摘しているこのルポがいい加減なのだから)。この事件の経緯については松田美智子のルポルタージュですでに知っていた(ほぼ同じ時期、「女子高生コンクリート詰め殺人事件」についての本も読んだな)。九歳で二七歳の男に誘拐され、そこから九年二ヶ月も同じ部屋に閉じ込められるという不条理すぎる経験を強いられた少女はいままともに生活できているのだろうか。母親が二階の「同居人」に気が付いていたのかいなかったのかということについてはどうでもいい。中井久夫がよく示唆していたように、「家庭」にはそれぞれ外部からはうかがい知れぬ「異常性」がある(私は「家族」や「家庭」ときくたび、「グロテスクな閉鎖系」という言葉を連想する)。これほど「共依存性」の強そうな母子関係であれば、「そのこと」に気が付かないことだってじゅうぶんにありうるし、気が付いていたけど敢えて気が付かないふりをしていたということもじゅうぶんにありうる。実の問題は、なぜ人はあえて子を持とうとするのか、という点にこそあるのだが、誰もがこの問題を見て見ぬふりをする。「生の根源的不安・空虚」を。犯人のあの潔癖や憤懣や暴力がどこから来るのかを。

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