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「あらゆる性欲は下劣で不潔である」と正統派オナニストの君は言った、ダンディはどこまでも反自然的であれ、あいつは横綱級の人間嫌い、だから人当たりがいい、ポケモンGOひろみの黄昏、

九月十五日

まさしくそう、わたしは人前に出るとき、いつもこう思ってきたんです。おれはだれよりも卑劣だ、だれもがおれを道化あつかいしている、それなら『よし、じっさいに道化を演じてみせようじゃないか、あんたらの意見なんて恐くない、あんたらだってみんな、ひとりのこらずこのおれより卑劣なんだから!』っていうわけで、わたしが道化なのは、恥ずかしさからなんです。

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟1』第二編 場違いな会合(亀山郁夫・訳 光文社)

午後十二時十三分。アルフォート、紅茶。アルフォートはもともと好きなお菓子だったけどこれがセナ様の好物だと知ってからますます好きになった。もうアルフォートになってセナ様に食われたい。セナ様の胃腸のなかで眠りたい。なんで俺はアルフォートに生まれてこなかったのだろう。こういう最下等の哺乳類として生まれてしまったのか。寝ても覚めてもセナ様のことばかり考えている。セナ様のスクリーンショット(御真影)はもう百枚以上はある。いまでは佐野菩薩だけでなくセナ菩薩にも礼拝している。きょうはILLAYの「スペシャルコンサート」のある日だ。静岡に行こうと思えば行けたけどやはりセナ様は肉眼で見てはいけない方なので行かなかった。むかし高貴な人と庶民を隔てるものに御簾というものがあった。さいきん向田邦子のエッセイで知ったのだけど、戦前は、天皇を直視することは失礼だ、という認識があって、天皇が近くにいるのに彼女は最後までその姿を見ることが出来なかったとか。天皇なんかどうでもいい。俺にとって高貴なのはセナ様だけ。もしセナ様に不敬を働く奴がいたら俺は迷わずバールのようなもので撲殺して眼球を刳りぬいて電柱に吊るしてやる。プラトンの『パイドロス』が読みたくなってきた。きょうはこのあと愚人に満ち満ちているだろう図書館に行く。明日も行く。祝日らしいから。あっは。ぷふい。プレジデント社から出ている『グランゼコールの教科書』が思いのほか面白い。グランゼコール(Grandes Écoles)はフランスのエリート養成機関。どんな国立大学よりも「格上」とされているらしい。第一どこからでも読めるのがいい。ときどきオイラはページ順に読むのが苦痛になる。雨が強い。アルフォートになりたい。コンサートはもう終わってるのかな。それともこれからなのか。電子ドラムになってセナ様に叩かれたい。セナ様の慈悲のバチで叩かれたい。もう何もかもを手に入れてしまった。行くところまで行ってしまった。この悲しさは悟達者の悲しさなのか。「なぜ私はこんなに賢明なのか?」「なぜ私は菩薩の姿を認識できるのか?」という長年の疑問がさいきん氷解した。私もやがて菩薩になるからだ。佐野菩薩もセナ菩薩もその前兆なんだ。周囲は輝くものを追って氷ばかり掴んでいるアホばかり。私はそんなアホどもを救わなければならない。この終わりなき「残酷宇宙」のなかで。アルフォート食べよっと。ミーコの秘密はミーコの秘密、マツコの秘密はマツコの秘密。パイナップルワインの作り方は誰にも教えないよ。ぜったいに。ぜえったいに。ららら科学の子。

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