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わくわく台北再訪(2023)前編
はじめに
ある居酒屋のママが、「お店をつくるのは結局、常連のお客さん」と言っていた。お店がどんな料理やお酒をどんな値段で提供しても、結局のところ、その店の雰囲気を決定するのは常連客なのだそうだ。たしかにそうだと思う。
台湾料理屋の「C」も、コロナ前は台湾人や台湾好きの日本人がいつもいて、中国語や台湾語が飛び交い、それが魅力で通いはじめた。あのころは、「駅前留学」ならぬ「駅前台湾旅行」のつもりで訪れたものだ。だから、最近は台湾色がうすれたと残念に思っていた。
そんなとき、渡航制限が緩和されたことから、常連客でいっしょに台湾に行こう、という話が持ちあがった。3年2ヵ月ぶりの台湾である。
2月21日:大阪・桃園・台北
団体行動が苦手なので、旅行費の都合と言い訳して、他の常連客よりも2日ほど日程をずらして出発。前回まではLCCだったが、今回は台湾のフラッグ・キャリアである中華航空。関空を昼にたつ便に搭乗すると、座席がとても広く、脚も十分のばせるし肘かけもゆったりしている。そのうえ、隣の席がジョイ・ウォンのようなすらっとした美女だったので、ビジネスクラスと間違えたんじゃないかと不安になる。
飛行時間が短いので、ゴジラ映画の怪獣が出ている場面だけ観ていたら、あっという間に桃園空港に到着した。同乗者はほとんど台湾人だったようで、外国人用の入国審査所には私以外には1人しかいない。換金の時間もふくめ、信じられないほど迅速に台湾に入国できた。すでに公共交通機関用のプリペイド・カードを持っているので、すぐに電車で台北へ。
台北駅からホテルの最寄りの双連駅までは2駅あるのだが、ひさびさの台湾なのだから街並みを楽しもうと、歩いていくことにする。「いまだにマスクをしているのは日本人だけ」などと言われるが、台湾人もしっかりマスクをしている。
この日、日本は真冬の寒さだったが、さすがは南国、長袖のシャツに薄手のパーカーだけで十分だった。
ホテルに荷物をおいて身軽になると、さっそく、台湾に住む唯一の知人である向井さん(仮名)に教えてもらった、バーワン(肉圓)の店へ。ところが、まだ夕食時だというのにその店が閉まっている。結局、第2候補の台南料理屋で、サバヒー(虱目魚)の脂身入りきしめんと大好物の牡蠣オムレツ(蚵仔煎)を食べた。台湾の国民魚サバヒーは、すでにいろんな食べ方をしてみたが、脂身にかんしては焼いて適度に脂を落とすのが一番だと再確認。
まだ寝るには早すぎるし、台湾ビールの「18天」をぜひとも飲みたくてブラブラしていたら、ホテルのむかいに「安鳥」という日本ふう居酒屋を見つけた。店先のメニューを見ると、食べてみたかったキグチ(黄魚)があり、迷わずカウンター席に落ち着く。つきだしの枝豆がハッカク味だったり、魚の塩焼きがキグチだったりと、店の内装もスタッフの衣装も日本の居酒屋そっくりなのに少しずつ台湾ふうなのがおもしろく、ついつい長居をしてしまう。
南国のビールは総じて薄味が多いが、「18天」もその系統で、すいすいノドを通っていくが、それでいて水っぽいというわけではなく、ちゃんと味が主張してくる。日本酒で言えば大吟醸といったところか。キグチは身がホクホクしていて、海水魚のはずなのに川魚っぽい独特のアロマがあり、これもかなり美味だったが、「18天」に一番合ったのは小ガニの唐揚げだった。
このカニを知人に紹介したいと思い、店員に片言の英語で尋ねてみたが、こっちはカニの種類を知りたかったのに「軟殻蟹」と説明されて――かわいい絵まで描いてくれたが――要領をえない。
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そうこうするうちに、隣で飲んでいた常連っぽい男性から「汝ハ中国人ナリヤ?」と、片言の英語で話しかけられた。「そんなら、こんな下手な英語で台湾人に話しかけるかい」と思ったが、すなおに日本人だと述べたところ、彼の奥方が日本好きで東京に行ったばかりだという話になり、しばし歓談する。
結局、カニの種類は分からずじまいだったが、この常連氏をつうじて店員さんとも話がはずみ、近所の飲み屋を教えてもらったりビールをおごってもらったりして、一人旅ならではの夜を満喫でき、大満足でホテルに戻った。
2月22日:台北・基隆
ホテルに朝食がなかったのでコンビニですませ、台北駅から基隆(キールン)に向かう。基隆は台湾の北端にある貿易港で、その湾内の和平島に今回の旅の最重要目的地、スペイン人が17世紀に建てた「諸聖教堂」(諸聖人教会)の遺跡がある。
基隆につくとかなり雨が強く、駅でカサを買ったが、港町らしい強風で、あっという間に壊れてしまった。
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最初の目的地である二沙湾砲台にむかう途中、バーワンの看板を出す小さな飲食店を見つける。この日は「灰の水曜日」で、肉類は避けるべきだったが、なにしろ前日に食べ損ねていたので、この機会を逃がしてはなるまい、と注文。「千尋」のお父さんみたいに、丸かぶりしたかったのだけれど、調理バサミで小さく切りわけられて出てきた。皮の触感はプルプル、クニクニしていて独特だが、餡はひき肉とタケノコという中華まんの定番。とてもおいしく、禁忌をやぶってまで食べたかいがあった。
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長い石段をのぼりきって砲台にたどり着いたとき、雨脚は最高潮に達し、壊れたカサ以外にはなにも身を守るものがない私は、ひどく心細くなった。まわりには誰もおらず、ただ、清朝時代の遺跡とここで没した兵士の墓があるばかり。カサのやぶれ残った部分に当たる雨が、「扶清滅洋」と言っているような気さえしてくる。
さらには、石段で足をすべらせ尻もちをついたはずみで、手に持っていたマスクが泥だらけになってしまった(このときはなんともなかったが、この尻もちは、半年間、腰痛に悩まされるきっかけになった――斎日に肉を食べたせいだろうか)。
大雨のせいで足場がわるく、ここでは想定以上に時間と体力をつかってしまった。それでも、気力をふりしぼって和平島にむかう。不思議なことに、砲台からおりてくると、雨は弱まっていた。
途中、日本統治時代(1895-1945)を知っていそうなおじいさんが、ひとりで店番をしている雑貨屋があったので、旅の思い出になるだろうと思って入った。片言の英語と身振りで、マスクがほしいと伝える。すると、レジ横の、マスクがあるはずの箱は空っぽ。「無ケレバ結構」と伝えようとするが、おじいさんは「どこかにあるはずだ」という雰囲気のことを口にし、わざわざカウンターから出てきてヨロヨロと店内を探しまわる。私は申し訳なくなって、なぜかカタカナが落書きされていた中国将棋(象棋)のセットを買って店を出た――マスクは、すぐそばのコンビニで買った。
橋を渡って和平島に。商店街をすこし歩き、教会跡地へ。ここは、発掘調査の真っ最中で、観光客用の展示などもあるが、そのすぐ横では、年配の学者らしき人物が若いスタッフたちに指示を出し、テントの下で調査をすすめている。大学教授とその教え子たちかもしれない。私は、『ジュラシック・パーク』(1993)の一場面を思い出した。彼らはきっと、これまで誰も知らなかった歴史のピースを発見することだろう。
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その後、島の東端にある社寮東砲台も見物した。スペインもここに砲台を設けていたが、清の時代に破壊され、いま見られるのは日本統治時代のもの。
この島では新鮮な魚料理も楽しめそうだったが、疲れきっていたのでタクシーを拾って帰途についた。ちなみに、車内で、運転手にチップを渡すべきかどうか悩んでいたのに、運賃の切りが悪かったので、逆に5圓ほどまけてくれた――あとで知ったのだが、台湾ではタクシーの運転手へのチップは要らないそうだ。
夜、双連駅ちかくの居酒屋で、向井さんに会う。仕事終わりに会ってくれるのだからと、お店はむこうに任せたのだが、私に配慮して、ホテルのちかくの海鮮料理がうりの店を選んでくれた。ここでは砂鍋魚頭(揚げた魚の頭をつかった土鍋料理)をぜひ食べたかったのだが、値段からして、とても一人で食べきれる量だとは思えない。一人なら断念しただろうが、このときは頼もしい向井さんが一緒なのだ。わがままを言って、小さめにつくってもらえないかなど、いろいろ交渉してもらい、結局、食べ切れなかった分は彼女が持ってかえるということに。
巨大な魚の頭は、揚げたあとに煮込むという日本ではなじみのない調理法で、期待どおり、未体験の味と食感を堪能できた。また、頭の下には別の海鮮が大量に隠れており、値段に見合った内容。
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その他にも、向井さんのおススメのニンニクソースがけ茹でブタ(蒜泥白肉)をはじめ、台湾の居酒屋料理を堪能しつつ――断食日のことはすっかり忘れていた――自身や共通の知人の近況を報告しあった。メニューを読むのも注文するのも、一回り以上も年下の女性に手伝ってもらうのが不思議な感覚で、まさに異文化圏に来たからこその体験、海外旅行の醍醐味だと嬉しくなる。
もっとも、台湾の居酒屋ではしばしばあることらしいのだが、バド・ガールのようなセクシャルな格好をした台湾ビールのキャンペーン・ガールが店内にいて、しきりにビールを勧めてくるのには参った。もちろん、そのようなサービスに関心がないといえばウソになるが、友人未満の知人との、それも若い女性との食事中だと、嬉しさよりも気恥ずかしさが先に立つ。
そんなわけで、知人との数年ぶりの会話や居酒屋料理は楽しめたが、どこか落ちつかない感じの一夜に。向井さんとは、翌日の再会を約して別れた。