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無題

小説や物語を読むことにはためらいがある。その世界に感情をもってゆかれ自分の均衡が保てなくなることに恐れを感じるからだ。そんな予感に囚われ途中で閉じた本もいくつかある。                         

私のなかで構造化させている上澄みの世界。一見、その上空には青い空が広がっている。しかしそこには目に映らない天幕が張られており我々はその制空権を有しない。                            

時代の閉塞感、生きづらい社会と言われてから随分久しい。しかしそれはこの先も変わらない。卑怯な選択の積み重ねの結果とわかってはいるけれど、ときおり私はどうにもいたたまれない思いに苛まれる。怒りと焦燥と哀惜と屈辱とを一緒くたにして撹拌し乳化させどろどろの液状にしたもの。これが上澄みの社会全体のどこかしらにも深く浸み込んでもはや取り除くことが出来なくなってしまっている。                          

上澄みの世界にいる私はその現実に耐え切れず、まるで餓えた獣のように激しく咆哮するのだ。身を震わせ、髪を掻きむしり、地べたに転がって大きく地団駄を踏む。喉はヒリヒリと熱くなり鉄さびた味の嗚咽が混じり込む。喉元の苦しさを麻痺させるべく両指の爪で強く引っ掻きる。薄い皮は破れ赤い血がじんわりと滲みだす。                            

薄暗い闇のなかで七転八倒する私を、内面の世界に潜むもう一人の私がその傍らに立ち、長い時間それを眺めている。ひとしきり暴れ、疲れきり、熱情が途切れるときを待つように。表情を変えることもなくただそこでじっと佇んでいる。憂いを含んだ瞳だけが全てをわかっているように。             

そんなふたりを見ている私のまなじりからふと涙がにじむ。なぜだか理由はわからない。いっときの激しい白波はいつしかおさまり水面は元の静かな姿に還る。白い蓮の花が朝の光を迎えている。               


                        

                          
                                        

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