学会遠征編ショート版 第3話 和歌山を散歩
午後の部(1) 大阪→徳島
南海線の駅は少し離れているので、そこまでは歩く必要がある。その道には新喜劇の劇場もあったが、そこで写真を撮る時間すら惜しいようなので、速足で駅へと向かった。電車の出発時刻を確認したら、予定よりも早いものに乗れそうだったので、それを目指した。どちらにせよ各駅停車なので2時間近く同じものに乗り続けるのだが、そんなに混んでいなかったのでりんごはパソコン作業をしていた。僕は暇なので持ってきていた本を読んでいた。これがなかなか面白い本だった。僕は普段は小説は読まないが、この本は珍しく頭に入りやすかった。途中だったが、りんごがメールをまた送りたそうだったので、その文面でいいのかを確認した。何と返信すればいいのかわからなくてあたふたしていたのだ。そんな鈍行で和歌山市に到着。昼下がりということもあり、十分暖かかった。和歌山市から和歌山港まで行く電車に乗り換える予定だったが、1時間早く和歌山市に着いてしまい、次の電車まで1時間以上待たなければいけないようだったので、そこまで歩いていくことにした。電車と言っても1駅分なので、歩いても3kmだ。そのためだけに1時間も待つのはバカバカしいので歩いたのだが、もう一つの理由としては単純に和歌山の街並みを嚙み締めたかったからである。歩き始めてから自分はスーツケースを転がしていることを再認識した。りんごは徳島の学会のみなので荷物は多くなく、スーツケースではないのだが、自分はこの大荷物を介護するため道の凹凸には気を配る必要があった。時には抱きかかえる必要があるが、筋肉が解決してくれた。日頃のトレーニングの成果が出せてうれしい限りだった。いつも通っているジムの店舗を通過したので、記念に撮影しておいた。ここは聖地である。一人で来ていれば入店していたことだろう。道中はずっとりんごの研究の悩みを聞いていた。このまま発表もうまくいかなかったら、来週から研究室に自分の席が没収されるのではないかと危惧していたが、そんなことはさすがにないだろうと言っておいた。過去に本当に没収されたことがある人がいるらしいが、ちゃんとやっていれば自分の席くらい与えてもらえるはずだ。ちなみに、あちらの研究室は過去に何人かトンでいるらしく、かなりスパルタのようだ。しかも、毎年この時期にある学会にはB4が全員参加。それを考えればこちらの研究室はかなりフレックスで働きやすい。ただただJAの機嫌がいつも悪いだけだ。しばらく話を聞いてあげただけで特に提案もアドバイスもしてないが、りんご自身の頭の中は整理できたようで、今後の研究方針に納得がいったようだった。りんごも発表は明日で、明後日以降は同じく発表に来る先輩に付いて回るらしい。そこでしか先輩から引き継ぎができないからだが、その先輩からしたらはた迷惑だろう。40分も歩いたら港には到着できた。本来の予定は1時間電車を待って降りた後も40分以上待つ予定だったが、このルートでは1時間港で待つことになるという点が異なる。どのみちフェリーの出発時刻が変わらないなら、余裕のある方を選んだというだけだ。1時間もあれば和歌山のお土産も買えるのではないか、そう期待していたが、港にはそれらしい売店は無い。あるのは腕時計を掴めるクレーンゲームくらいだ。と思って席に着こうとしたら、横に飲食店があることに気づいた。時刻は午後3時ごろ、もうランチタイムは過ぎてしまったが、一息つく喫茶店としては機能しそうである。中にお客さんはおらず、店主さんがそこで客席に腰かけてまったりしているだけだった。ここも待ったりできる空間である。僕は紅茶とホットケーキを注文した。りんごはコーヒーとホットケーキを注文し、この時もなお先生への返信に怯えていた。目を瞑って恐る恐る返信を送信、これで一段落ついたようである。あとはフェリーの時刻までゆっくりとこの丸いホットケーキを楽しむだけだ。きれいに焼けている。僕はアパートでよくホットケーキを作るが、こんなにきれいに形作れない。数年使ってきたフライパンなので塗装がはがれてきているのだが、それが原因なのだろうか。そんなことはあまり気にせず、添えられていたバターをすべて使っておいしくいただいた。紅茶もゆっくりと味わった。実に優雅なティータイムと言えるだろう。そういえば、僕のスーツケースに目印をつけておくのを忘れていた。空港で荷物を回収するときに一目見てわかるようにするためのものである。リュックは普段大学に使っているものとは別なので何もストラップはついていないが、腰に巻いていたウエストポーチにはいくつかついていたので、一つ括り付けることにした。去年の北海道旅行で買ってきた、シマエナガの"しましま"である。ただの純白のスーツケースが、一気にかわいらしくなった。そうしていたら4時も近づき、ターミナルへと向かった。乗り込むところまでは意外と距離がある。空港以外で歩行用ベルトコンベアを見たのは初かもしれない。乗り込んだ大船は、意外にもあまり乗客がいなかった。有料のプレミアム席には行けないものの、それ以外のふかふかの椅子に座ることも、飲食店のようなテーブル席を陣取ることもできたが、平らな絨毯ゾーンを選んだ。ここなら真横になれるからである。どうせ会場では電波も圏外だろう。この2時間は船酔い防止の意味も込めて寝ていくことにした。スマホは充電。空気を入れるタイプの飛行機用枕を口から膨らませ、試用してみることにしたが、首周りに若干違和感が残る。結局、リュックを頭に敷く方が楽だった。船内には飲み物やカップラーメンの自販機、クレーンゲームなどあったが、お茶の1本を買う程度にとどめた。景色は、陸から離れるときは気持ちがよかったが、そこから先は以下同文といった感じである。寝た。そうして到着する頃には日も沈んでおり、暗くて外の様子がわからないくらい静かな港に到着した。船の出口には少し迷ったが、ここは徳島港、四国に到着したのである。