学会遠征編ショート版 第34話 夜の道
シーロム通り
このシーロムの通りをもっと東に進むと、とても文化的なスポットがあるという。それが、バッポン通りだ。辛さの余波にヒィヒィしながら歩いていると、突然誰かが自分に声をかけてきた。はいはいタクシーね、と最初は無視したが、それでも声をかけてくるので振り返ると、全然知らない人が歩いて近づいてきたのだ。顔ぶれを見るにタイ現地の人ではなさそうだ。スリかもしれないと警戒しつつ、少し英語で会話することにした。周りにグルはいなさそうだ。念の為貴重品の入っているウエストポーチには手を置いたままにしておいた。お金の類とスマホ、ホテルキーだけは最低限死守したい。それ以外は最悪どうでもいいが、荷物はほとんどホテルにおいてあるのでそこまで気にする必要もなかった。用件はというと、タイで使えるお金はどれかわからないということだった。ドバイから来た人らしい。入国するときに現金は交換しなかったのか、(いつ来たのかはわからないが)今の時間までどうやって過ごしてきたのかなど不審な疑問はいくつも沸いたが、ただただ困って動揺している人だった。
「タイではお金は何が使われていますか?」
「バーツだよ。」
その後彼は自らの財布からお札を何枚か出して聞いてきた。
「これがそのバーツですか?」
「君が持っているのは韓国のウォンだよ。」
どういうわけか韓国語が書かれた紙幣を持っていたのだ。ますます意味が分からない。彼ですら事の経緯が把握できないのに、僕は状況が何もつかめなかった。彼に何が起きたのだろうか。じゃあタイのお金はどんなものか見せてと言われた時、納得した。こうやって掏っていくのかと。彼には申し訳ないがこちらの安全のため最大限警戒した。まずはもう一度回りを確認。彼が逃げた時、もしくは後ろから襲われた時のために誰がどれくらいの距離間でいるのかを把握した。そして足元の確認。彼が逃げ出さないように体でブロックするか、1歩目で足をくじくためにこちらもチェックだ。この動き方はサッカーのディフェンスに近い。まさかこんなところでサッカーの経験が生かせそうだなんて思ってもみなかった。フィジカルは僕が勝てそうなので、お金を取られることよりも不用意に彼を傷つけないことを優先した。そして、極めつけにはお金を出すとき、財布をポーチから出してからではなく、ポーチの中で財布を開けて出してからお金を見せた。これは最悪お金を取られても、財布ごと取られないようにするためである。20バーツ札1枚ならまだマシだ。そうやって20バーツ札を見せてあげたら、彼は納得したようで去っていった。本当にお金がどんなものかわかっていなかっただけのようだったのだ。僕ですらあまり旅の下調べはしていなかった方だが、お金についての知識すらない状態で彼はここに来たと言うことだろうか。だとすれば逆に感心するものがある。いや逆に何か闇深い理由でもあるのだろうか。そう考えるころにはもうかれはどこかに消え去ってしまった。何だったのだろう。
もう少し進むと、左側に学会会場のホテルが現れた。見た目は会社のビルのような細長い建物である。ここはここで豪華な感じがした。シーロムはバンコクの中でもビジネスに力の入ったところなのだろう。僕のホテルから道1本で曲がらずにここまで行ける。場所が分かったのでさらにその奥へと突き進んだ。
バッポンに近づくにつれ、徐々に治安の悪さが露呈してきた。くたびれた服装で座り込み、コップをもってこちらを見つめてくる人が何人かいた。これがいわゆる物乞いと言われる人たちなのだろう。変にからかうと足をつかまれたりするかもしれないと思い、少し離れて歩くことにした。彼らにお金をあげることはしない。商売や仕事で全うに稼いでいる人に対して失礼だと思ったからだ。かわいそうかもしれないが、政府などもっと大きな組織に頼ってほしいものだ。しかしそう思っていた矢先に手足が一部欠損している人も見かけてしまった。確かに、このような状態ではいくら働けと言っても無理がある。僕の前を歩くヨーロッパ系の白人はいくらかお札を恵んでいた。僕は何もあげなかった。まだあのドバイ人に分けた方が気分が悪くならずに済む。とはいえ露骨な社会問題だと思ったのでネットで調べてみると、
・彼らは中国から連れてこられた人で、現地人ではない
・手足が無いのは偽装、子連れに見えても偽装家族
・最近になって物乞いは違法になった
などの情報が得られた。真偽は確かではないが、関わらないのが身のためだろう。バッポンはすぐそこを左に曲がったところだ。
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