700字小説『優しい』
彼女は自分に正直だ。
いつも真っ直ぐ気持ちをぶつけてくる。
「ねぇ、相談したいことがあるの。放課後、資料室に来て」
目を潤ませて言う。
騙されるな。もうこれ以上は。そう思うのに。
「…分かった」
どうして自分は、こんなに弱いのだろう。
いつまで抗えないのだろうか。
絶対、来ない。
でも、もしかしたら来るかもしれない。
ほんの少しの期待を持ちつつ、待ってみる。
でもやっぱり来ない。
馬鹿だな。一体、何をしてるんだろう。
資料室の鍵を閉めて、校門へ向かう。
卒業するまで、あと半年。
それまで振り回され続けるんだろうか。
我慢すればいいのかな。
ぼんやりと考えながら歩いていた時。
「ほんっと真面目で馬鹿正直ね」
何時の間にか、彼女が目の前に立っていた。
「どれだけ騙されたら気が済むの?大人のくせに」
ああ。綺麗だな。
でももう疲れたな。
「ねえ。私とパートナー、どっちが好き?」
「パートナーに決まってるよ。何言ってんの」
そうだ。
もう時間を無駄にするのは止めよう。
「あんたなんて最初から大事でも何でもない。もう相手してあげない」
「……」
「私には大事なパートナーと家族がいる。幸せだから」
声が震えそうになるのを、必死で抑える。
ふぅっと小さく息を吐く。
「あなたの欲望を、私に背負わせないで」
一番言いたかった言葉をぶつけた。
立ち尽くす彼女の隣りを、軽やかに通り過ぎてあげた。
私は自由だ。
次の日。彼女は学校に来なかった。
次も、その次も。来なかった。
そして一か月後。
彼女は学校から去った。
やっぱりそうだ。
私は間違っていなかった。
「先生、あの子どうして辞めちゃったの?」
「さあ。先生にも何も言ってくれなかったから。分からない」
私は正しかった。
私は。
優しい。