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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(15)ボクシング元世界王者vs最強女子格闘家実現か?

大晦日の格闘技戦を終え今日は正月の3日である。ここ『酒処・源龍』には珍しいふたりが訪れ酒を酌み交わしている。
源龍は堂島龍太、麻美兄妹の継父今井と母佐知子が始めた店で10年にもなるが小さいながらも繁盛しているらしい。源龍の由来は今は亡き堂島源太郎の「源」と 妹との死闘で障害を持つ身体となった龍太の「龍」を取って麻美が名付けたもの。
正月は4日まで休業なのだが、源龍が実家である堂島龍太と大晦日格闘技戦で逆転KO勝利を収めた宍戸拳児が店の片隅で祝杯を上げ旧交を温めている。

「世界チャンプに対して呼び捨て失礼だけど、拳児!おまえはリップサービスのつもりだったんだろうが、まずかったんじゃないかな? ネット上でも 宍戸拳児対AKANE実現か?って話題になってるぞ!」

「そうだな、、でも、オレの大口はいつものことだから…。植松あかねだって本気にはしていないと思うよ」

「そうかな? それならいいけど…」

龍太と宍戸拳児は高校、大学の同級生であり親友と言ってもいい間柄である。ふたりとも33才にもなるので、17年もの付き合いということになる。

龍太が柔道部に籍を置き打倒NOZOMIを胸にMMAファイターを目指していたころ、宍戸はボクシングでの五輪を目指していた。22才の時に夢は実現したが、準決勝で敗れメダルには届かなかった。そして、23才でプロ転向するとその3年後にフェザー級で世界タイトル奪取。そこで4連続KO防衛後、階級をスーパーフェザー級に上げ2階級制覇を成し遂げたのが27才の時であった。
その後、宍戸はスーパーフェザーで2団体の王座に就いたが、もう一人の2団体王者との4団体統一戦で生涯初のKO負け。1年後の再戦では僅差の判定負け。それが2年前31才の時であった。
それ以来、引退表明はしていないがボクシングのリングには上がっていない。
35戦31勝(26KO)3敗1分  宍戸拳児は日本ボクシング界のスーパースターであった。

「ところで拳児、もうボクシングのリングには上がらないのか? 久しぶりに上がると思ったら、俺も上がったことのあるG主催異種格闘技戦だと言うから驚いたよ。あのルールでよく勝ったな?  熊沢もキック界の王者だったからな」 

「ああ、、もうボクシングはやらない。G社とは2試合だけやる契約を交わした。あと1試合だな。ボクシングがどこまで総合格闘技で通用するのか?以前から興味あったからな。次は総合ルールでやる」

宍戸拳児と熊沢アキラの試合は、肘と首相撲からの膝こそ禁止されたが、キックボクシングルールで行われた。ボクシング界のスーパースターとはいえ、キックルールでキックのチャンプに挑むなんて、なんて無謀な、、、と、戦前は不利とされた。
案の定、いきなりのローキックが飛んでくると完全に熊沢の距離&リズムになった。
全く突破口を見い出せない宍戸は防御するのがやっと。相手のローキックに腰が引けている。しかし、それは作戦でもあった。宍戸のスタイルは鉄壁のガードから相手の懐に入ると鉄拳と恐れられる一撃必倒のパンチで相手をぶっ倒す。因みにこの「鉄拳」という形容は今ではスポーツライターとなった龍太が名付け親である。

インファイトを得意とする宍戸は熊沢の懐に入ろうとするが、その度にローキックを浴び逆にパンチを喰らう始末。しかし、驚異的なタフネスさを誇る宍戸は倒れることなく試合は第3ラウンドを迎えた。そこで熊沢が勝負に出てきた。完全に自分の間合いになった熊沢は組みやすしと宍戸を甘く見たのか? 前に出て倒しにきたのだ。キックルールとはいえ、宍戸拳児というビッグネームを倒せば株が上がる。

接近戦になったその時であった。

ズガァッ!!

宍戸はこれを狙っていた。
下から突き上げるアッパーが熊沢の顎に直撃した。世界の強豪ボクサーを葬ってきた鉄拳が炸裂。熊沢は操り人形が崩れ落ちるようにその場に倒れた。
宍戸拳児の鮮やかな逆転KO勝ちであった。

龍太が言う「リップサービスが過ぎる!」は試合後の勝利者インタビュー。
宍戸拳児はパフォーマンスのつもりなのだがビッグマウスでも有名なのだ。

「ありがとうございます!キックルールに戸惑いもあり、相手の熊沢さんのローキックもきつくて、、それでも自分を信じて勝つことができました」

問題の発言は今後のことについて聞かれた時だ。気を良くした宍戸は口が軽い。

「近頃ミックスファイトが流行っているようだけど、 前の試合では女子世界一決定戦もやっていましたね。男対女、女対女も面白いと思いますけど、やっぱり格闘技は男対男の戦いが一番ですよ。あと一試合、このリングに上がります」

そこでインタビュアーに女子世界一になった植松あかねの感想を聞かれた。

「女子ながら信じられないくらい強そうだね? どのくらいなのか興味あるよ。何なら元ボクシング世界王者が、世界最強女子格闘家と戦いましょうか? あはは♪」

これは宍戸のジョーク。リップサービスのつもりであったのだが、この発言はたちまちネット上で騒然となった。格闘技関係者、スポーツ記者の中にもその発言の本意を聞いてくる者がいた。

「拳児。もしも、NLFS、つまり植松あかねからオファーがあったらどうすんだ? あと1試合G社との契約が残ってるんだろ? 次戦の相手が決まってるならいいけど」

「次の相手はまだ決まってない。例え植松あかねからG社を通じてオファーがあったとしても、どんなに金を積まれてもオレは女とは戦わないよ」

「そうか…。 これはもしも、、という意味だけど、植松あかねと戦うことになったとしたらお前勝つ自信はあるか?」

宍戸は龍太の顔を “なんてこと聞くんだ?” といった表情で見つめた。

「ボクシングルールならな…。でも、オレは総合ルールであの女と戦って勝てると思うほど愚かじゃない。オレは女だからと甘く見るような男じゃない。多くの大物男子格闘家がNLFS女子ファイターに倒されるのを見てきた。あの女は植松拓哉の娘だぞ。
オレは、NOZOMIやお前の妹と同じようなものを植松あかねに感じるんだ」

龍太も植松あかねには恐るべき才能を感じていた。総合ルールなら宍戸に勝ち目はないだろう。しかし、それは口にしない。
そして、格闘技の話は一段落した。

宍戸拳児が表情を和らげて言った。

「龍太の妹の話がでたけど、麻美ちゃんは元気でやってるか? 何でも地方の女子校で教師をやってるとか? 女子校なのに野球部を作って指導してるんだって?」

宍戸は親友の妹ということもあり、堂島麻美とも何度か面識がある。

「ああ、、山形県の端にある女子校だけどな。麻美は格闘技だけでなく運動神経万能で野球にも才能があってな。おれの野球選手になりたかったって子どもの頃の夢を継いでくれたよ。あいつが言うには女子高生チームを甲子園に行かせるんだって…」

「麻美ちゃんらしいな。女子も甲子園出場出来るようになったからな。男子に混じって甲子園の土を踏んだ女子はいたけど、女子チームとなると凄いことだよな」

「まぁ、夢のような話ではあるな…」

(注) 実際は女子甲子園出場は不可だけど、これは架空の物語なのでお許しを。

「ところで、奥さんの瞳さんも元気か?」

「元気過ぎる程さ。近くのキックボクシングジムで女子選手を指導する傍ら、この源龍も手伝ってる」

「シアワセそうだな。 瞳太郎くんも大きくなっただろうね?」

「11才、、今年6年生になる。あいつも野球やってるよ。才能があるようで、将来野球選手になるんだって頑張ってるよ」

宍戸は龍太が 妹 麻美との死闘の末、車椅子生活になった時大変腐心してくれた。又、兄を身障者にしてしまい思い悩む麻美にも色々声をかけてくれた。一見、派手で自己主張の強い男と思われがちだが本当は律儀で心やさしい男。そんな宍戸と龍太はお互いが生涯の友だと思っている。


ちょうど同じ日。
都内の静かなレストラン、山吹望と植松拓哉、あかね父娘の三人は会食をしていた。
大晦日格闘技戦の会場で口約束したものだったが、珍しく植松拓哉はそれに応えてくれた。のぞみは5日に米国へ戻る。

「植松さんはお酒は飲まないの?」

「はい、、私は酒、煙草はやりません。只一度だけ飲んだことがあります。アナタに負けた翌日です。まっすぐ帰れなくて、、お銚子一合だけですがそれでも酔った…」

のぞみとあかねはどう声をかけていいか分からない。鬱という病の性格上、下手な慰めは逆効果になるからだ。植松拓哉は格闘技に人生をかけ、ストイックに徹底して節制をしてきた自制心の強い男だ。そんな彼が飲まずにいられないほど、女子に負けたことはショックだったのだろう。

のぞみは気を遣いながらも格闘家植松拓哉を称えた。あの試合は自分にとって限界の戦いで心身共に燃え尽きた。再戦したら何度やっても自分は勝てない。植松拓哉と相対した恐怖は今でも悪夢を見る程だと。
これは、のぞみの嘘偽りのない気持ちを正直に伝えたつもりだが、無口な植松は、只頷くばかり。のぞみはこれが慰めになるのかどうか?心配になった。

「ところでアカネ、アナタと宍戸拳児さんの試合を待望する声がネット上で騒然となってるわね? アナタはどうなの?」

「はい。宍戸さんと私とでは戦う方向性が違うように思うけど…。 例えば、うちの美由紀のデビュー戦の相手にどうですか?なんて、、これは冗談ですけどね…」

植松拓哉がチラッと娘の顔を見た。

のぞみは宍戸拳児の人間性をよく知っている。彼は堂島龍太の親友で人間として尊敬出来る。そして、ボクシング世界王者にまでなった男に、現在中学生である女の子と戦えというのはあまりにも失礼だ。でも、美由紀は魔術を使う、、、戦わせたら世界王者を喰らってしまうかもしれない…。

会食を終えると、酒を飲まない植松拓哉は車で来ているので二人を乗せた。
まずアカネをマンションで降ろすと、車の中では山吹望と植松拓哉ふたりっきり。

「植松さん、さっき、お酒とタバコはやらないと言ってましたけど恋愛はどう?」

「れ、、恋愛なんて、もう年ですよ…」

「そう…。でも、まだ41才でしょ? ところで、この間の格闘技戦で一緒に観戦していた(鳩中)薫の弟さん、、アツシ君っていったわね。彼をどう思います?」

植松の顔色が明らかに変わった。

「どう思うって、、、それが恋愛と何の関係があるのですか? 彼は中学生男子ですよ」

「植松さんのアツシ君を見る目を見れば私には分かるんです。男とか女とかは関係ありません。植松さんが真剣なら私は何も言いません 。ジェンダーレスの時代ですからどんな恋愛の形があってもいい」

「・・・・・・」

「でも、あの男の子は魔性の美少年です。男を誘惑する。植松さんのような真面目一筋の人が、あの少年に心奪われれば…」

「あはは! そんなバカな」

車はのぞみが宿泊するホテルの前に止まり再会の約束をするとのぞみは降りた。

つづく。

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