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源氏物語より~『紫の姫の物語』1章-7

1章-7 紫の姫

 空がとっぷりと暮れてから、二条院に帰り着いた。まずは、つぼねで横になっていた少納言に謝ったけれど、たっぷり叱られたのは言うまでもない。

「今度こんなことがあったら、わたくしはもう、乳母をやめて端女はしためにしていただきます!! その方がよっぽど、気が楽というものです!!」

 お兄さまもわたくしも、最後には、逃げるようにして退散した。これでは、次の冒険は、よほど策を練らなくては。

 わたくしを捜しに出ていた舎人や雑色ぞうしきたちも一人ずつ帰ってきて、女房たちにねぎらわれ、いつもよりいいお酒と食事を振る舞われた様子。

 わたくしが湯浴みを済ませ、夕食を終えたところに、くつろいだ直衣姿のお兄さまが、東のたいから渡殿わたどのを通ってやってきた。

西の対こちらに泊まっていいかな?」

「ええ、もちろん」

 わたくしの暮らす西の対に、お兄さまが泊まってくれるのは大歓迎。いつもの通り、同じ御帳台に入り、同じふすまにくるまった。

「毎晩、こうして下さるといいのに」

 お兄さまの懐でぬくぬくしながら、わたくしは甘えて言った。

「どうしてわざわざ、夜に外出しないといけないの? 夜は暗いし、物騒だわ。お付き合いなら、昼間すればいいのに」

「まあ、管弦の遊びなどは、夜でないと雰囲気が出ないし」

 貴族社会の社交は、夜が大切なのだという。

「今はね、あちこちに義理があるので、ご機嫌伺いに出歩かないといけない。人に恨まれたり、嫌われたりしないように。でも、いずれはきっと、一晩中、あなたの元で過ごせるようになるからね」

「いずれって、いつ?」

「それはまあ、その、あなたが大人になったら」

 まあ。わたくしはやっぱり、まだ子供なのかしら。自分ではだいぶ、成長したつもりでいるのに。

「早く大人になりたいわ。そうしたら、少納言に叱られずに済むもの」

「そうだね。わたしも少納言は怖い。今日は手厳しく言われたよ。〝姫さまに何かあったら、お殿さまのせいですわ。こんなことでは、わたくし、浄土にいらっしゃる尼君さまや母君さまに顔向けできません〟」

 少納言の口真似をされたので、吹き出してしまった。

「ごめんなさい。お兄さまが悪いんじゃないのに」

「いや。あなたが馬に乗りたいと言った時、そのまま逃げ出すくらいは、予期してしかるべきだった」

 わたくし、別に、計画的に逃亡したわけではないんですけど。ただ、あんまり素晴らしいお天気だったから。あのまま、世界の果てまで駆けていける気がしたんだわ。

「何しろ、この世に怖いもののない姫君だ。たぶん、人さらいに遭ったら、自分の鼻息で吹き飛ばすつもりなんだろうね?」

 だなんて、やっぱり子供扱いだわ。

 そういえば、夕方会った女たちも、わたくしを遠慮なく笑ってくれた。彼女たちから聞いたことを、いま笑い話として話そうかと思ったけれど、やめにした。お兄さまが女の人を裸にして遊ぶなんて、そんなおかしなこと、あるわけないもの。

 昼は暑いほどでも、夜はまだ気温が下がる。暖かい夜具にくるまって、お兄さまの肩に頭を付けていると、自然に目が閉じてきた。

 少納言にお説教はくらったけれど、何と楽しい一日だったことか。

 極楽浄土ごくらくじょうどのお祖母さま、お母さま、ご安心下さい、と半分眠りながらお祈りした。

 わたくし、毎日幸せですから。

 どうか、はちすうてなから見守っていて下さい。明日もまた、良い一日でありますように。

   『紫の姫の物語』2章に続く

 古典リメイクは他に『レッド・レンズマン』があります。恋愛SFでは『ミッドナイト・ブルー』『ブルー・ギャラクシー』『レディランサー』のシリーズを載せています。 #フェミニズム小説  でご覧下さい。

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