【Netflixセナ】をみて、感想と回想
80年代半ばから90年の初め頃
私は大のモータースポーツファンだった
2輪のレースを観に鈴鹿サーキットへいったり、四輪も当時のF3や、F3000のレースをよく観に行った。
【Netflixセナ】を見て、そんな当時を思い出した。
セナはモチロンだけど、プロスト
ピケ、マンセル、ニキラウダ
F1ドライバー達
そうそう!って感じで。
鮮やかなスポンサーカラーのマシン
ベネトン、マールボロ、レイトンハウス、キャメル
懐かしいーー!
セナに注目しだしたのは
トールマンからロータスに移籍して
本格的にF1で勝負を始めたころだった
昔からルックス至上主義の私
あのJPS Specialのセナにズギューンと一目惚れ、もってかれたなぁー
当時はまだF1中継とかTVでなかったので、毎月買って読んでいたAuto sports(雑誌)が情報元でした。
他のドライバーのレース後インタビュー記事には「彼は、危険だ」とかセナに対する苦情意見も多く書かれていた
「テクニックは抜群だけれど、レースはこびは結構危険⚠️と勝つために手段を選ばない男」 みたいな。
でもそういったヒールな話題もセナが特別なレーサーだと感じるアイテムだった
新鋭が現れたときは批判はつきものだ!
黒いマシンに乗るセナの写真も、刹那な世界にいるレーサーの魅力がだだーっと漏れ溢れていてなんとも惹かれるものがあったなぁー。
【アイルトン・セナ・ダ・シルバ】
名前もなんて美しいのだろうと思った。
その後数年で、日本GP開催F1ブーム到来!
日本GP開催やら、ホンダやら、フジTVで全部中継放送やら
ワラワラと注目されて
ほーらね!セナ様ってすごいやろ!
私は前から推してんだよーみたいな!笑
そして1994サンマリノ
5月1日悪夢のイモラサーキット
セナは、遠い国イタリアで急にいなくなってしまった。
あれから、さんじゅーねん
私は生きてます。笑
ちなみに全然関係ないけれど
セナの彼女だったシューシャと私は同年令。
Netflixでセナをやるって、どんなんだろうってドキドキした気持ちで一話から見始めた。
伝説のレースも、やらかし?(私は全面的にセナ派) 後の発言のひとつひとつも
YouTubeやネット記事で
リアルを振り返りながら今回はイッキ見をやめて一話一話観ました。
当時のレース場面、サーキットも
再現度が凄い!
記者会見やインタビューの発言も
すべて事実
映画も、リアルも誤差がないじゃん。
最近のこういった映画とか、役者さんも
メイク等を屈指して、本人に似せちゃうんだよね、そこの再現度もハイレベル。
セナ役の俳優さんはちょっと甘い感じだけど、見ているうちに感情移入出来た。
それと、あまり知らなかった
家族との深い絆や、恋人とのエピソードも描かれいて、レース以外のセナの事を
知る事ができた。
ブラジルの家族や、近親者には
ベコの愛称で呼ばれていたりとか
セナがシューシャと出会い、彼女の番組にゲスト出演した場面はツボった
シューシャの前で、セナは中学生みたいに可愛い💕
この場面は、ドキュメンタリー映画の「音速の彼方に」もみたけれど
リアルもまんまで、ほんとにかわいい🩷
レースの外では、シャイなセナと明るくてシャキシャキした感じのシューシャはとてもお似合いに見えた。お互い忙しくて、シューシャが別れを告げる事になるんだけれど残念だった。
知ってる人は知ってると言うエピソードだけれど
ほんとうに、あの番組の時、シューシャが1994年の分もキスしてくれてたら良かったかも。
F1トップドライバー、エリート中のエリートで、VIP中のVIPというキラキラの
世界へ上り詰めたセナ
様々な事にぶちあたり傷ついたりしながらも、シンプルに勝ちに向かってパーパスを貫く強さと
純粋、繊細でいつも刹那に一生懸命レース生きる男セナ
かつてこんな人がほんとうに実在していて、私も、その時代にいたんだと
改めて胸が熱くなり、なつかしく切なくもなった。
結婚しても、彼女が出来て
とても、愛しているのに
いつも、レースが1番。
プロストがインタビューで
セナは人生の100%がレースというのは本当だ。
プロストと言えばマクラーレン時代からの2人の確執と対立も、こうしてドラマでじっくり見るととても面白い。
「アイルトンは自分は死なないと思っている自分には神がついてると思ってるからだ、でも周りは迷惑だ」と言ったのには、2人の性格、考え方の違いをあからさまに感じて、思わず笑ってしまった。
確かにセナは信心深いし何かと神を口にしていたけど いくらなんでも神がついてるから死なないとまでは思っていなかっただろう。
でもプロストからみたセナはそんなふうに思えるくらい勝負に対して純粋で
それは相手にとって鬱陶しいくらいでもあり、なにより脅威でもあったと思う。
それがセナにとっては弱点でもあったような。
もちろん魅力でもあるんだけれど。
そんなライバルだったセナがいなくなって、さぞかしプロストも寂しかったと思う。
ギアトラブルの中で最後は六速のみしか使えない中、テクニックと執念で掴んだ祖国ブラジルでの初勝利は涙が出た
スタンドのブラジルファンの熱狂も
感動する。
最終話はなかなか見るのに躊躇した
TVで見たあの、シーンを思い出すのがイヤだったから。
1994年シーズン、チームはウィリアムズへ。
今までひたむきに勝つことに情熱を燃やして来たけれど、マシンの問題や、ライバルの引退、などに
今で言うところのミッドライフクライシスに陥ったように、精神状態にゆらぎが出ていた。
サンマリノではテストや予選から事故が続き4月29日には亡くなったドライバーもいて、動揺し、葛藤しながら
あの日、勝利に向かうのではなく
結末へとどんどん加速していくのがわかっているので今回改めて見ていて辛かった。
そして何度か見た事のある、あのシーンへ。
当時の気持ちをを思い出したけれど
言い表すのは難しい。
セナは、レース中の感覚を
「違う次元にいてまっすぐにトンネルを走る感覚」と話していたけど
その異次元で何かがおきた
そして一瞬で、2度と戻れない、異次元の空洞みたいな歪みに落ちていってしまったように思った
セナはどこへ行ってしまったの。
それこそ音速の彼方に消えてしまったようだった。
クラッシュ直後サーキットには動かないセナと壊れたマシン
それは抜け殻のように見えて
セナはもうそこにはいないと感じた。
ヘリで搬送されるまでの映像は今まで見ててきた事と違いすぎていて、信じられない光景に逆にドラマをみているような、不思議な違和感がした。
なんだか漠然とイタリアって遠いなぁと思った。どこの国も遠いのに
次のGPはあのモナコなのに
モナコを走るセナはもうみれないかと。
そうして憧れのレーサーはあっけなく
いなくなってしまい
あれからモータースポーツなんて観なくなっていったなぁー。
何年も、何年も忘れていた
セナの事は忘れてたわけじゃないけれど
話題にする相手もいないし。
そして、こうして2024年の終わりに
【Netflixセナ】をみて
30年いや、F1活躍時代から考えると40年くらい経ったこのタイミングでみる事が出来たのは本当に良かったと思う。
レースシーンも、見応えがあったので
当時のF1を思い出して、動画で、名レースを見直してみたのも楽しかった。
忘れていたけれど、私はモータースポーツが大好きだったんだ。