路上キス
信号待ち。
目の前のカップルが、キスをした。
思わずスマホを落としそうになったが、なんとか持ちこたえる。
外国人カップルならいざ知らず、日本人同士。別にロックな格好をしているわけでもない、普通のカップルだ。いや、偏見で人を判断してはいけない。
カップルの隣にいた女子高生はスマホに夢中で気づいてないが、私の斜め前にいたサラリーマンは顔をしかめていた。
手に持ったスマホが鳴って、慌ててカップルから目を離す。
友達から返ってきた他愛もない会話の返事は、彼氏への愚痴を肯定するものだった。目の前の光景に吹っ飛ぶほど、どうでもよかった愚痴だ。もうどんな返事もできない。
画面を操作して、彼氏とのトーク画面を表示させる。
最後の会話はたったの4文字。寝る前に送ったおやすみが最後。今はもうお昼過ぎなのに、おはようの挨拶すら送っていない。
それなのに。
今浮かんだ言葉は、あまりにも突飛だ。
キスしたい。
打ち込んだだけの文字に恥ずかしさは最高潮に達し、一思いに消した。
大人のくせに甘えるようなことを言うなんて、みっともない。恋人にそんなわがままも言えないなんて、情けない。
相反する気持ちが幾重にも重なる。同時に羞恥心や侘しさが、頭の中で渦巻いた。
こんなの、送れるわけない。送りたくもない。
せっかくの休日に、いつも以上の寂しさを感じて、よけいに疲弊する。
羨ましくって、憎たらしくって、消沈する。
信号が青になり歩きだすカップルは変わらずにラブラブで、お互いの腰に手を回し見つめあって笑い合う。
さすがに、いや、やっぱり。
私にあんな雰囲気は耐えられないし、作れない。
彼氏の腰に手を回す?
いや、無理でしょう。気恥ずかしい。
道端でキス?
もっての他だ。
それでも、この空しさは消し去りたい。少しでも。
カップルが渡った信号を立ち止まったまま、私はまた指を滑らせる。
今、何してるの?
信号がまた赤になる。
カップルが角を曲がって、視界から消えた。
信号が青に変わる。
道の途中、スマホが震えて、笑みがこぼれた。