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【超短編小説】 彩雲の夢は叶う
青い空に、薄い雲。梅雨の合間の僅かな晴天に、陽気な着信音が響く。
「はいはい、どーした」
着信音に負けない陽気さで、茜は応える。
聞こえてきたのは、正反対の沈んだ声音。
「行き詰まった」
「あはは、まただね」
買い物帰り。お弁当と野菜ジュースの入った袋は軽い。
遠距離恋愛になって二年。二人の気持ちはなに一つ変わっていない。悲しいことに、現状にも変化はないが。その変化のなさに一番嘆いているのは、ことあるごとに電話をかけてくる大輔の方だった。茜と出会ったのが高校二年の時。その時から彼は小説家を目指していた。四年もの間、大輔の努力が実ることはなく、涙をのむ日々が続いていた。元気なのは執筆しているときくらいで、それ以外の時間はだいたいいつも落ち込んでいた。そして茜は声のトーンの低さから、その落ち込み具合が最高潮に達していることを、察した。
「茜」
呼び掛けられて、茜は返事だけを返す。
茜にも夢がある。地元を出たのもそのためだ。看護士になるため。両親が反対するなか、唯一、大輔だけが県外の大学にいくことを賛成してくれた。その心強さを、茜は忘れてはいない。
「俺の夢は叶うか?」
心に迫る声。今まで聞かれたことのない問いかけに、落ち込んでいるだけではなく、迷いが生じているのではないかと茜は心配になった。まだ勉強中の身で勝負の時期に達していない茜には、大輔の気持ちが分からないでいた。賞に応募して何度も落選した。その度に訪れるという沼の感触を、茜は知らない。それは今時で言うところの楽しいものではなく、底なし沼にもがきながら沈んでいく感覚で良いものではないらしい。できればそんな感覚、知りたくないと茜は思っているのだが、口にしたことはなかった。大輔を否定しているような気がして憚られた。諦めて欲しくないと思っているのに、そんなことは言いたくない。伝えるなら前向きな言葉が良いと、茜は思っている。
「叶うよ、絶対」
空に向かって言い放った言葉は、スマホの向こうで反響した。その余韻が、空気に馴染む。
「そうか、分かった」
茜は空を眺めたまま、大輔の頷きを聞いて、電話が切れるのを待った。
空では太陽が薄い雲に虹色の彩色を施している。
カメラを起動する。スマホを空に掲げると、買い物袋が腕を滑り、袋の中でお弁当が傾いた。シャッターを切る。手の中の極彩色の目映さに、目が眩んだ。
茜はすぐに、その写真を送信する。添える言葉は、たった一文。
“あなたは才能に彩られている”
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後で気づいたんだ。
今は違う意味で使われてるなって。