3分の魔法
その日の朝は、急に降り出した雨のせいで
家を一度でたものの、傘を取りに再び玄関に戻りました
定刻に出ていたので、ほんの僅かな遅れです
傘をさしながら、いつも通りの道を又歩き始めました
普段、決まった時間に歩いていた時には、決まった顔とすれ違います
私が通る道は細い歩道で、片側をガードレールで塞がれていますので
傘をさすと邪魔になりますが、お互いに譲り合って、すれ違い
そんな時には小さく会釈をして、お互いに心の中で「いってらっしゃい」
そう呟いているようでした
その日は、わずか3分ほどの遅れでしたが
行き交う人の顔は、いつもと違い
私には、まるで「違う朝」のように思えました
遅刻は避けるべき事として、幼い頃から教えられた日本人の特徴なのか
私が通り過ぎる信号で並ぶ車さえ、毎朝同じような車と出会います
同じ人、同じ車、同じ風景…時間を守る日本人の
本当に真面目な一面を、身に染みて感じる現象です
また、子育てや仕事に追われていた頃
3分あれば、急いでリビングの掃除機かけぐらいはできました
家中のゴミをまとめて、ゴミ袋を掛け変えることも
忙しい頃は、カップ麺を待つ時間さえも頭の中で
「今出来ること」を探していました
そんな少しの時間・・・それさえも私次第で変わって行きます
何かに追われていた時は
時間が無駄になることが嫌で、決して休もうとは考えませんでした
止まってしまう事が、単に怖かったのかも知れません
3分の違いで、エレベータに乗り込むと
集団登校の待ち合わせをする、沢山の小学生と出会います
子供たちの「おはようございます」は、とびきり明るく元気です
多分あの頃の私なら、各階止まりになる事に
内心、少なからず困った顔をしていたかも知れません
やがて我が子だって、同じように乗り込むはずなのに
全く勝手な無作法者です
遅れる事、出来ない事、やり直す事・・・
あの頃は、何がそんなに嫌だったのでしょう
何をどう変えて、それを次に回しても
生きてさえいれば
何も体制に影響はしないし、何処からでもやり直せる・・・
そんなことを考えることも、誰かに教えて貰える機会もなく
ただ一人で「我が子の命」を守り、そして育てる事に必死だったと思います
今なら、僅かな時間の遅れを楽しむ事も出来るし
カップ麺が出来上がるまでの時間を
「美味しい停留所」で、待つ事も出来るようになりました
昔から「仕事が早いね」と言われる機会があり
言われると期待に応えようと、もっと手早くなり
段取りをして、時間を効率よく使い
「無駄の無い仕事ぶり」を、自分の得意とするような
そんな錯覚さえ、起こしていたように思えます
今更だけど本当は「急ぐこと」が、苦手なのかも・・・
そう気がついたのは、最近の事です
確かに今は、暮らしの殆どを「現役と言う立ち位置」から離れました
その持ち時間の多さが、私を変えたのでしょうか
時間に追われては、何かを楽しむ事は難しくなります
今やっている事の次には、またやらなければならない事が待っていて
ずっとずっと、その繰り返しのような気がします
同じように与えられた「僅かな3分」でも
何かの変化に心をときめかせたり
不思議がったり
スッと心を空っぽにしたり
急ぐ人に「お先にどうぞ」と言えること
急ぐ自分の肩を、安堵の手の平で叩けること
もうあまり、残り時間は少ないかも知れないとしても
だからこそ、ゆっくりと時間を使いたい私が生まれてきました
昔の自分が「怠け者ですよ」と言ったとしても
「もう急ぎませんよ」と答えたいです
仕事も、家事も、人との関係性も
自分の時間を食べてしまう事とは、なるべく遠ざかりたいとも思いますが
全てを切り替える訳には行かないので
今の暮らしの中で「ナマケモノの私」を小出しにして
予定の無い予定を楽しんだり
長年キッチリと段取りを考えていた「私の脳」に
違うパターンを覚えて貰うため
「不真面目な選択ですよ」と判断されるパターンを
「あー楽しい!ホント充実!」と声にして
「私の脳」を騙し騙し塗り替えていく…そんな事をしています
新しい状況にサッと切り替える事が、得意ではない私が
「理想の◯◯」を目指して、その形に自分をはめて行こうと
長い時間をかけて無理強いをした結果、私自身の何処かが
「歪んだり、欠けたり」しているかも知れないと思いました
もしその形を元に戻したりするには、きっと痛みも伴う事になる…
だから今は「自分を騙しながら」で、構わないと思っています
もう痛いのは嫌なので!
そうして気がついたら、時間と仲良しになり
自分の暮らしそのものを、優しく眺められるかも知れないと思っています
タスクが山ほどある事に、心が揺れないように
「空白」を怖がらないように
人生という持ち時間が、後どれほどか解りませんが
わずかな時間のハプニングさえ、楽しんでいける
そんな心持ちになれたなら
暮らしは豊かになるのでは…と思っています
どんな僅かな時間にも、何かのヒントが眠っていると
その日の朝は教えてくれました
お金では買えない私の宝物が、またひとつ増えそうな気がします
ギャラリーからお借りしたのは
素敵な「hoho」さんの作品です🎐ありがとうございました