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「バナナはおやつか?」

・・に対する、岸田さんのこの回答

にはいささか物足りなさを感じました。「おやつかどうか」の「精緻な理屈」を展開して見せることで「どや?」って感じなのかもしれませんが、この質問者が本当に答えて欲しいことは、果たしてそこでしょうか?

「バナナはおやつか?」の質問といったら、連想するのは、「遠足前日」の小学生です。そして先生による「注意事項説明」のシチュエーションです。

※「お弁当のほか、持ってきていいおやつは、一つだけですよ」
・・・というような「行動の制約条件」が先生から示された際に、「バナナはおやつか?」と生徒が聞く。

・「おやつに入らない」ならば、バナナと、他に何かお菓子を持ってくることができる。
・「おやつに入る」ならばお菓子にするかバナナにするか、どちらを放棄するか考えなければならない。

自分の解釈で「おやつに入らない」ことを前提としてお菓子とバナナを持ってきたら、いじわるなY君あたりが「おまえ、おやつを二つ持ってきたな?先生に言いつけてやろう」といちゃもんをつけかねない。

だから、「クラスの全員の前」で、あらかじめ「先生の見解」を確認しているのです。Y君も含めたクラスメート全員の前で「バナナはおやつに入らない」と言質を取ったうえであれば「堂々とバナナとお菓子を持ってくる」ことができる。余計ないざこざを引き起こさないための根回しの一種ですね。

ところがここで先生が、官僚答弁みたいに「バナナはおやつに入ると一律に決めるものではありません」などと回答したらどうでしょうか?
 「バナナとお菓子を持ってきていいのか?だめなのか?」
 そこがハッキリせず、解決に繋がらない情報価値のない回答になってしまいます。クラスメートの中でのいざこざの恐れ、Y君の難癖のおそれは消えません。

 そんな役に立たない回答に比べると、「バナナはおやつじゃありません」と断言した岸田さんの回答は悪くはありません。ただし

>「昭和30年代中頃までは輸入規制が掛かっていた。1房250円で当時のサラリーマンの平均給与が1万円程度だから大変高価だった。病気にならないと食べさせてもらえない印象を持っている」
のくだりは、「生徒」からすればどうでもいいことです。
 要は
「遠足にお菓子とバナナをどちらも持ってくるのはOKです。バナナについては『おやつは一つだけ』のルールには違反しません」
という「決めごと」を、「事前」にはっきりさせるのが、「バナナはおやつか?」問答の、実は一番肝心なことなのだろうとおもいます。
 
 そういう点で、岸田さんのこの回答にはいささか物足りなさを感じたのでした。

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