#19 ランバージャック
六月、梅雨らしくない晴れた一日、私は大学の講義を受けた後、一人でなだらかな川内の坂を下っていた。俯きがちで。多分、気分がそんなに良くなかったから。四月から一緒に講義を受けていた友人が、私に代返を頼んでからついに来なくなった。その友達が来なくなってもう二週間が経つけど、きっと彼女は来週も来ない。少しさみしい気持ちもあるけど、こう考えると納得がいく。私と彼女は友達じゃなかった。
信号を待つ。高校生と帰る時間が重なったので窮屈な気持ち。制服を着た若者たちが元気そうに話している。私も二年前は高校生だった。いきなり高校生に話しかけたらどうなるのかなって思う。案外仲良くなれたりするんじゃないかしら。次の日にクラスで私のことを話題にしてくれたりしないかしら。私はちょっと楽しくなって、信号の向かいの男の子たちをじっと見つめる。手を振ったら返してくれるかな。
私は信号を渡る。高校生とすれ違う。昔からどうしてみんな、通りすがりに話しかけないのかなってずっと思ってた。私は小さい頃近所のみんなにあいさつしてた。でも、ショッピングモールでみんなにあいさつしてたらお母さんに止められちゃった。本当はみんな誰かと仲良くなりたいのに、声をかけないなんて不思議だなって思ってた。みんな本当の気持ちを隠してるように見えた。
横断歩道を渡って高校の前を通り、まだあの熱血数学教師はいるのかなって思う。私が受験生の時に夕方まで勉強に付き合ってくれた先生。大声で授業をするから怖いって評判だったんだけど、授業終わりに質問をしにいくと老眼鏡を外してゆっくり私の答案を読んで、優しい声でたっぷり時間を使って教えてくれる先生。教室の後ろまで聞こえるように大声を出してたけど、本当は結構ぼそぼそ喋るんだ。
仲の瀬橋を歩く。高校生の時から変わらない帰り道で、懐かしくもなんともない。中ほどまで歩いて橋の下を流れる広瀬川を見下ろすと、先日まで続いていた雨のおかげでとても元気に流れていた。
大町にさしかかって私は歩道橋に上る。向こう側から犬が飼い主を連れて降りてくる。すれ違いざまに犬が私の脚をかすめる。口の字型の歩道橋の対角を目指してジグザグに歩く。途中で止まって下を走る車を眺める。前までだったら、ここで彼とお別れしてたなと思う。川内から一緒に歩いて帰って、歩道橋の上で何十分でも話していたけど、何を話していたんだっけ。大した事ではなかったんじゃないかしら。
私は広瀬通へ降り、いつでも人が並んでいるラーメン屋を横目に東へ進む。潰れてしまったガソリンスタンドのある交差点で止まる。
彼が煙草を始めて、私は止してよって言った。それでも彼は煙草をやめなかった。だから別れたのに、そう言っても信じてくれないんだ。本当にそれだけのことだなんて信じたくないんでしょうね。それでも彼のことは嫌いじゃなかった。そして、私は誰のことも嫌いじゃなかった。
私はアーケードに入り北へ向かう。県庁の建物の電光掲示板に午後五時と表示されている。アーケードの両脇には人が溢れていて、屋根のない通路の真ん中には人が少ない。
家に帰って熱いお風呂に入りたいな。お母さんと話をして、お父さんが帰ってくるのを一緒に待とう。私ができることはそれくらい。それが、私にできる最大限のことだ。とにかく家に急ごう。そしてお母さんに、たっぷりなぐさめてもらうんだ。