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「台北ラブストーリー」第2話 雨の日の憂鬱
翌日から、俺と唯美(ゆみ)ちゃんの「朝の語学レッスン」が始まった。
最初の15分は日本語で、残りの15分は中国語で話そうということになった。
「ゆみちゃんは、何が好きですか?」
俺は、彼女が聞き取りやすいように、ゆっくりとしかもはっきりとした口調で尋ねた。
「あ、わたしは、うさぎが好きです。家に"2個"います」
「あ、そういうときは、"2ひき"と言うんですよ」
彼女が敬語を使うので、こっちもつい敬語になってしまう。なんとなく先生と生徒の会話のようになってくるから不思議だ。
「あ、じゃあ本のときは?」
「"2さつ" と言います」
「噢噢噢(オオオ)~好難(ハオナン)~」 ※ああ~むずかしいな~
あっという間に15分が過ぎると、今度は中国語会話の時間になる。
「那我們開始吧(ナーウォーメン カイシーバ)」 ※それでははじめましょう
「好的(ハオダ)」 ※はい
「圭さん、你喜歡什麽(ニーシーファンシェンマ)?」 ※あなたは何が好きですか?
(おおお~来た来た来た!有紗とこの間練習した質問だ!)
「我喜歡看書(ウォーシーホァンカンシュー)」 ※本を読むのが好きです「什麽書(シェンマシュー)?」 ※どんな本ですか?
「我喜歡交響情人夢(ウォーシーファン ジャオシャンチンレンモン)」 ※俺はのだめが好きです
「欸(アイ)?為什麼(ウェイシェンマ)?」 ※え?どうしてですか?
彼女は、少し笑いながら不思議そうな顔をした。
「あ、いや、おもしろいから・・・」
「おもしろい・・・ですか?あれ?」
彼女は、不思議そうに、もう一度尋ねた。
「あの・・・、你喜歡(ニーシーファン) 早上吃檸檬(ザオシャン・チーニンモン)嗎?」 ※朝、レモンを食べるのが好きですか?
「はい、我喜歡(ウォーシーファン) 交響情人夢(ジャオシャン・チンレンモン)」 ※俺はのだめが好きです。
俺たちは結局、お互いに言っている内容が理解できずに、ノートに書いて初めて意味がわかった。「チンレンモン」と発音しているつもりなのに、唯美ちゃんには「チーニンモン」と聞こえてしまうらしい。
(ううう・・・発音が悪いから、ぜんぜん通じない・・・)
彼女はお腹を抱えて笑いながら「圭さん、のだめ好きですか~?」と聞いてきた。
「うん、好きだよ。実は、家にマンガ本全部持ってるんだ」
「ははは、すごい」
「台湾で中国語の "のだめ" があったら欲しいのになあ」
俺がふとそんな風につぶやくと、唯美ちゃんは目を輝かせて跳ねるように言った。
「ありますよ~台湾に!中国語の "のだめ" のマンガ!!」
「ホント?」
「ええ、本当です。こんど、シューディエンにいきましょう」
「シューディエン???」
彼女は、俺のノートをさっと奪って「書店(シューディエン)」と書いた。
(ああ、書店!本屋のことか!!)
「え?連れてってくれるの?本屋に」
「ええ、いっしょに行きませんか?わたしの日本語の本を選ぶのも手伝ってほしいです」
(やった!)
やがてバス停に到着し、俺は「詳しくはまた明日!」と言ってバスを降り、走り去っていく208号バスを見送った。それから、おもむろにヘッドホンを取り出して、蔡依林(ツァイ・イーリン) を聴いた。 ※台湾の人気歌手
しばらく、うれしさで笑いが止まらなかった。
◇ ◇ ◇
次の日、いつものようにバス停で7時50分の208号バスを待っていた。その日は、朝から雨が降っていて道は車であふれていた。
「おっせ~な~」
もうすぐ8時になるのにバスはぜんぜん姿を見せない。
(まさか、唯美ちゃん、違うバスに乗って行っちゃったりして・・・)
彼女がいつも乗ってくる 圓山駅にはたくさんのバスが乗換駅として集まるため、いつもの208号バスの到着が遅れれば、彼女は違う系統のバスに乗って会社に行くこともできるはずだった。
(くっそ~)
今日、会えなくても別にどうってことないのに、俺は心配で仕方なくなっていた。
--- 電話番号だって知らないし・・・
--- もしかしたらこのまま二度と会えなくなったらどうしよう・・・
やっぱり、次に会った時には絶対電話番号を聞こう!
俺は、妙に気合をいれてそんな風に決意をした。
8時5分。はるか300メートル先の信号のところにバスが見えた。
俺は少しほっとして持っていたペットボトルのお茶をゴクッと飲み込んだ。ふと見ると、208号バスの後方50メートルあたりのところに、もう一台バスが来ていて、なんとそのバスも208号バスだった。
(い~~~~~~!2台続けて来るなよ!)
嫌な予感がした。大抵こういう場合、みんな1台めのバスに乗りたがるから、1台めのバスは満員で乗れないことが多い。計算上、この1台めのバスがいつも乗っているバスだから、もし彼女が208号バスを待っていてくれていたとするなら、必ずこの1台目のバスに乗るはずだ。
--- 俺がこのバスに乗れなかったら、今日会えないかも知れない!!
バスが近づいてきた。バス停には、他にもたくさんの人がバスを待っている。
(うわ!満員だ!)
案の定、バスは満員だった。前の人から順番に乗り込んでいるけど、3人くらい前の人が最後でもう乗れそうもない。でも、圓山駅にこのバスが着いて大勢の人が降りた後、唯美ちゃんは必ずこのバスに乗るにちがいない。
(どうしても、このバスに乗りたい!!)
俺は、閉まりかけたドアを無理やり押し開くようにしてバスに乗り込んだ。
中の乗客が驚いたような顔で俺を見た。
誰かが「不行,不行(ブシン) ※ダメだダメだ」と言ってる。
結局、バスは俺を押し出すように「バシッ」と扉を閉めて走り去り、俺はただ茫然とそのバスのうしろ姿を見つめていた。
--- 今日は会えないんだ・・・
大袈裟なくらい落ち込んだ俺の前に2台目のバスが到着した。
さっきまでの喧騒が嘘のように中はガランとしていた。
俺は、二人がけのイスにドカッと座って外を見た。
雨が強く降っている。
--- なんなんだろう・・・
--- たった一日会えないだけなのに、どうしてこんなに切ないんだろう・・・
唯美ちゃんのたどたどしい日本語の発音を思い出しながら、俺は少しブルーになっていた。
やがてバスが圓山駅に着いた。
俺は立ち上がって外を見た。
乗り込んでくる人はまばらだった。
(やっぱ、前のバスに乗って行っちゃったんだろうな・・・)
俺は、あきらめてドカッと腰をおろした。
と、その時、入口から唯美ちゃんが入ってきた。
--- え???
「あ、圭さん!よかった~」
「唯美ちゃん!前のバスに乗らなかったの?」
「ええ、わたしさっきのバスに乗ったら、圭さんいなかったので、降りました」
--- 感動した!
「ありがとう!待っていてくれたの?」
「はい」
俺は、うれしくてうれしくて「請坐請坐(チンズオ) ※座って座って」と、わざと中国語で言って隣に座らせた。
「あの、唯美ちゃん?」
「はい?」
知り合ってからまだ日が浅いのに電話番号を聞くなんて、少し引かれるかなと思ったけど、思い切って尋ねた。
「あの・・・よかったら、携帯番号おしえてくれる?」
「け・い・た・い・ばんごう???」
唯美ちゃんは、意味がわからないみたいだった。
俺は自分の携帯を見せて「これ!携帯」と言って、「Phone Numberおしえて」と言った。
「あ、じゃあ、ちょっとかしてください」
彼女はそう言うと俺の携帯を奪い取って、番号を打ち込んだ。
すると、唯美ちゃんのスマホが鳴った。
「これ」
そう言って見せてくれた彼女のスマホ画面に、俺の携帯の番号が表示されている。
次の瞬間、今度は俺の携帯が鳴った。
「それ、わたしのナンバーです」
彼女はそう言ってニコッと笑った。
唯美ちゃんの携帯番号が自分の携帯のメモリーに入った瞬間、なぜか知らないけど二人の距離がすごく近づいたような錯覚を感じた。
「圭さん、今度の、禮拜天(リバイティエン)・・・えっと、SUNDAY・・・本屋に行きますか?」
「あ、日曜日?行く行く!」
「じゃあ、わたし・・・我帶你去(ウォーダイニーチュイ)」 ※連れていってあげます
俺は、意味がよくわからなかったけど、わかった振りをして「うんうん」とうなづいた。彼女は、俺が中国語を聞き取れていないことを見抜いて、小さなノートを取り出してビリっと破いて書き出した。
--- 「禮拜天」「十點 10:00」「南京東路站旁邊的兄弟飯店1F」
※日曜日、10時、南京東路駅横の兄弟飯店ホテルの1階
「OKOK!!」
兄弟飯店は日本語が通じるホテルとして有名だから、俺も知っていた。
ガラリと空いたバスの二人がけのイスに並んで座って、俺たちはしばらく筆談をした。
窓の外を見ると、さっきまであんなに憂鬱だった雨の街が、なぜか輝いて見えた。