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やりたいこともしたいし、お母さんもしたい。

昨日はプールに浸かりながら、お友達と久しぶりのお喋りを楽しんだ。

何を隠そう。家にプールがあるのだ。なんなら、トランポリンもある。そう、貴族みたい。いや、貴族ではないんだけど。

とゲートについてから、家の建物までも車が5,6台並ぶほどのスペースがあって。庶民派我が子は「家に入るまで遠いの大変だね、おしっこしたい時とか」と言っていた。(そういう意味では家の中も広いから、玄関からトイレもめちゃ遠い)

家具を置いても使わないからさーと広々しているリビングは、子どもや犬が走り回れる。インストラクターをしているお友達の、エクササイズの場にもなる。

「暑いからさ、プールで遊ぼう」と声をかけてくれて、子どもだけじゃなく、私までちゃっかり水着を持って行った。

日本人の感覚からすると、大人になってから水着になるってちょっと恥ずかしいんだけど、彼女はいつもサラッとスクール水着風のワンピース(だが、もちろん後ろが細い紐だったりしておしゃれ)でかっこいい。

「あー、暑い日のプール最高!」と深いところは2mあるプールにざぶん。ヘルシーなレベルの化粧しかしないから、やれマスカラが落ちる…!みたいなことを、いちいち気にすることは全くない。

優雅に泳いで、ウェーブした髪が良い感じに濡れて、たいして泳げない私と全く泳げない息子がゴロゴロしている、浅いエリアに戻ってきて、のんびりお喋り。

そんな素晴らしい豪邸に住んでいる彼女だけど、フルタイムで働く旦那さんの横で、あれこれと挑戦をしている。

三人の子どもの相手をしながら、自分のトレーナーとしてのキャリアを続けるべく、家から徒歩1分の距離にヨガスタジオをオープン。週に何回かレッスンをしている。

さらに、自宅のプールをより快適にすべく、温水プールにする設備を海外から輸入。他のプール付き豪邸に住む人に勧めたり、現地のホテルに導入を進めたりと、サイドビジネスを頑張っている。

私の周りには、こういう人がたくさん。旦那さんが働いているという時点で、もしかしたら彼女は働く必要がないのかもしれない。金銭面という意味では。

でも、何かしたくて、「やりたいんだけどねー」と言うだけじゃなくて、実際に何かし始めてしまっている人たち。

そんな中で話題になって、考えさせられた話。

「今時、夫婦ともに働いているなんてすごく当たり前のことなのに、学校のシステムが時代に追いついていないよね」

日本のように子供が勝手に学校に歩いて行って、帰ってくるという治安の良い国にいると気が付きにくいかもしれないけど。

一歩外に出ると、子どもが一人で学校に行って帰ってくるなんてのはレアな話で。基本的には、両親のどちらかか、もしくは雇われているドライバーさんが学校への送り迎えをすることになる。

朝は通勤前に送っていけばなんとかなるとしても、午後のお迎えが至難の業。小さい子であれば13時頃、彼女の子どもの通う学校は15時、我が子の学校は16時と、どう考えても9-17時スタイルではお迎えに行けない。

夫婦のどちらかが、少なくともパートタイム勤務にして、午後の時間をフレキシブルに使えないと回らない。

しかも「ランドセルをさっと家において、誰誰ンちに行ってきまーす」みたいなことも出来ない。学校の後の習い事やら遊びに行くのも、車で送迎することになる。となると、やっぱり、午後の時間帯はフレキシブルな人が一人必要になる。

もういいやと完全に割り切って、雇われドライバーさんがすべてをこなしているケースも見かけるんだけど。

それはなぁ…。と思ってしまう彼女や私は、結局「やりたいことは色々あるんだけど、特に14時~19時のベッドタイムまではバタバタ」という暮らしになる。

「それが嫌なら、すべてを人にお願いしちゃえば良いだけなんだけどさ。でも、それはねー。思い返せば、私のお母さんもこうだったんだよね。」

彼女のお母さんは、第一子を生んだ後は復職したみたいだけど、二人目が生まれると同時にお仕事は引退。専業主婦になったそう。

そして、私の母も結婚と同時に海外駐在についていくことになり、仕事は引退。専業主婦になった。

これは30年以上も前の話なのに、2024年の私たちも、結局のところおんなじ状況だよねーって。

もしかしたら、割り切ってしまえばいいのかもしれない。私もフルタイムでキャリアも築くし、世に爪赤を残すんだ!さらには家計にも貢献をする!と思って、働けばいいのかもしれない。

でも、専業主婦に育てられたからなのか、私たちは「お母さん」もある程度したいなと思っていて。

その結果。

仕事もしたいけれど、お母さんもしたいしという狭間で、ゆらゆらしている。どちらも完璧にできないことに不甲斐なさを感じながら、時間が足りない中で、どこまで出来るかを悩んでいる。

でも。

こんな悩むのも、多分今だけのこと。もう少し大きくなったら、学校にいる時間も長くなるし、友達といる時間ももっと増えるのかもしれなくて。そうこうしているうちに、盆と正月しか帰ってこなくなる。

だから、この期間を「何もできなくてストレスフルな中途半端な期間」と捉えるんじゃなくて「できることをやってみる期間」「少しずつタネを蒔く期間」って考えられたらいいよね。

そんなことを、ルワンダにしては珍しい、温水プールに浸りながら、かっこいい友達と喋りながら、考えたりした。チャレンジしている人と喋るのは、勇気がもらえるし、みんな悩んでいるよねって思えるし、何よりパワーがもらえる。

うん。また会いに行こう。水着を持って。

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asa|minimalish life
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