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夢を追う少女の物語に込められた、意外な痛快さ―『先生に獣医さん、宇宙飛行士』

キネコ国際映画祭でメキシコのレイナルド・エスコート監督の『先生に獣医さん、宇宙飛行士』を見てきた。このなんとも味わい深いタイトルは、主人公マーレシュカの将来の夢を並べただけなのだが、これが実に効果的な伏線になっている。

ティファナを舞台にした本作、不法移民の苦難を描いた重たいドラマかと思いきや、意外にもユーモアと希望に満ちた痛快な人間ドラマだ。主人公のマーレシュカは、勉強が大好きな少女。先生になりたい、獣医さんになりたい、果ては宇宙飛行士になりたいと、大人たちが聞けば「そんな欲張りな」と笑ってしまいそうな夢を抱えている。でも、そもそも不法移民という立場で、小学校にすら通えない現実が立ちはだかる。そんな現実に抗うかのように、マーレシュカが自宅で始める「ぬいぐるみ学校」のシーンは、愛らしく、そして切ない。

母親の奮闘ぶりも見ものだ。小さな店で働きながら学校探しに奔走し、ようやく見つけた学校のために全財産をはたいて制服を手作りする。こんな献身的な母親がいるのに、たった一人の担当者の交代で夢が潰えそうになる。この不幸の積み重ねをどうするのだとハラハラしているところで、希望は思いがけない場所から訪れる。ともに国境を越えたアフリカからの移民女性との再会が、大きな転換点となる。自身も娘をカメルーンに残してきた彼女が二人を支援団体につなげてくれるのだが、「助けを求めることは恥ずかしいことじゃない」というメッセージが力強く伝わってくる。

面白いのは、マジックリアリズム的な要素の使い方だ。マーレシュカの見る悪夢のシーン。白い布をかぶった人々(明らかに彼女を拒絶してきた校長たち)が「学校なんか行けるわけない」とマーレシュカを脅す。この不条理な演出が逆に現実の理不尽さを浮き彫りにする。社会派ドラマとしては避けられない「教育格差」も、エンパナーダを売るシーンで巧みに描かれる。高級車で学校に向かう子どもと路上で商売をするマーレシュカ。ただし、この対比も重たすぎず、むしろマーレシュカのひたむきな前向きさが際立つ良いシーンだ。

この映画の魅力は「夢を持つことの力強さ」を描いた点にある。タイトルにある「先生に獣医さん、宇宙飛行士」という夢の数々は、子どもの他愛もない夢という一言で片付けられてしまいそうだが、そんな途方もない夢があったからこそ、マーレシュカは小学校に通えない現実に負けなかったのかもしれない。

現実の移民問題に目を向ければ、簡単な解決策など見当たらない。紛争、貧困、気候変動など、様々な要因で故郷を追われる人々は増加の一途を辿り、受け入れ国との軋轢も深刻化している。どの国も、安全保障や経済的な側面から、移民政策の最適解を見出せずに苦悩している。しかし、その複雑な政治的・社会的課題の陰で、最も弱い立場に置かれているのが子どもたちだ。彼らは自らの意思で移民を選んだわけではない。それなのに教育を受ける機会を奪われ、夢を描くことすら許されない状況に追い込まれている。国籍や在留資格の有無に関わらず、子どもたちが教育の機会を失うことは、未来への可能性を奪うことに他ならない。彼らを政治的な駆け引きの犠牲にしてはならない。

本作は、全ての子どもに教育を、という普遍的なメッセージを持ちながら、決して説教くさくならず、むしろ爽快な勇気と希望を届けてくれる秀作だ。移民問題そのものの解決策を示すわけではないが、その渦中にある子どもたちの声なき声を、温かく、そして力強く描き出している。レイナルド監督の手腕に拍手を送りたい。

『先生に獣医さん、宇宙飛行士』レイナルド・エスコート (メキシコ/71min/2024)


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