私が教師になった理由。そして、辞めた理由。
過去に教員だったことを周囲の人に話すと、「なんで教師を辞めたの?」と聞かれることがあります。
そういえば、過去にある方からインタビューを受けて、同じ質問をされたことがありました。
恥ずかしいので自分ではあまり読み返したりしないのだけれど、今改めて読んでみると、なんだか随分さらっと答えているし、もうちょっとちゃんとした答えはなかったのか…と思ってしまいました。
ちなみに、その時の私の答えはこんな感じ。
ーそこから教員をやめるきっかけは何だったんですか?
先ほど伝えたみたいに、自分の中に疑問が生まれてきたことです。
自分の中の違和感があって、でもそれに対して「自分はこういう教育がいいと思う!」っていう答えが見つからなかったんです。
その答えがわからない状態でやり続けることはダメでしょ!って思ったんですね。
こういう教師が生徒の前にいることが許されないなーっていう思いがあったので、私はやめるべきだなと思って。
辞める時は結構色々考えたんですが、すごくあっさり辞めた人みたいになっていました笑
ちょうど、今後進む道をあれこれ考えている段階なので、自身の価値観を整理する意味合いも込めて、私が教師を辞めた理由を綴りたいと思います。ついでに、私が教師になった理由も大学時代に遡って書いていきたいと思います。
教師になった理由
大学は数理学科で、数学を専門に学びながら教職課程を取り、中学校と高等学校の教員免許を取得しました。
正直、この選択に対しては、あまり深く考えていませんでした。これと言って明確な目標があるわけでもなかったので、興味関心が強いものを選択した、と言う感じです。
教職課程には、3週間ほどの教育実習が含まれているので、大学4年生の春に母校の高校へ行きました。ちなみに、そのときはまだ自分の将来が全く見えていませんでした。
周りの友人は大学3年生の秋頃から一斉に就職活動を始めて、その波に乗って私もいくつもの採用試験を受けました。当時は超就職氷河期。なかなか内定がもらえませんでした。今考えると、特に熱意も何もない学生だったので、落とされて当然だったなとは思います。それでも、教育実習の前にはある会社から内定をもらうことができました。
ただ、私はその会社に自分が就職することは全くイメージできず、まだ就活を続けようかな…と悩んでいました。
そんなこんなで始まった教育実習。
教師になるつもりはなかったけれど、実習先で関わるのは、今まさに色んなことを学び、吸収している高校生たち。「私は教師にはならないので適当にやります。」と言う気持ちで臨むのは許されない、と思っていました。そんな思いもあり、教育実習だけは真剣にやろうと決めていました。
教員免許を持った教師がやる授業の代わりに、ただの実習生の私が何時間か授業をやらせてもらうんだから、そして、それを現役の高校生が聞いているんだから、同じ質の授業はできないにしても、それを目指す最大限の努力はしようと思っていました。
そのために立てた目標の一つが、『教育実習の最終日に、クラスの生徒全員に手紙を渡す』と言うものでした。
そして、その目標を達成するために生徒ノートを作りました。
実習が始まってから、1日の終わりに生徒と話したことやどんな生徒かを一人一人書いていきました。その時に、何も書くことがない生徒がいることに気がつき、次の日はこの生徒と話をしよう、と決めて翌日の実習に臨みました。
そうして、クラスの生徒38人全員に手紙を書き、実習最終日、一人一人に手渡しました。
教育実習を終えた私は、人の変化を近くで感じることができる立場に魅力を感じていました。
ただ単純に、人が変化していく姿を近くで見ることが、私にとっては幸せを感じることなのだと、そのときに気づいたのです。
教育実習で出会った生徒たちが高校を卒業し、それぞれの道に進んで、それぞれが自身の力を発揮しながら幸せに生きていくことができたら、と想像すると、最高に幸せだなぁ、という気持ちでいっぱいでした。
また、明るい活発な生徒も、教室の隅で本を読んでいる生徒も、勉強が好きな生徒も、学校を休みがちな生徒も、全員がとても大切な存在なのだと、手紙を書くことを通して感じました。
そして、実習を終えて数日後、散々悩んだ末に教師を目指すことを決めました。
もちろん、ずっと教師を目指していた訳でもない人間が、たった3週間の教育実習で教師になることを決めてしまうなんて、教師の良い部分しか見えていないんじゃないかとか、たくさんたくさん考えました。
優秀でも何でもなく、何の経験もない私が、教師になる資格なんてあるのだろうか、とも。
それでも、あの時の私には教師以外の選択肢はなく、不安はあっても、勉強し続けて私自身が目指すところに近づく努力をしよう、と考えました。
そうして、翌年4月、中高一貫校の教員となりました。
ここまでが、私が教師になるまでの流れです。
「教師になりたい!」という気持ちより、「人の変化を近くで感じることができる立場」と考えた時に、教師であればその人の親の次に近い存在だと思ったからその選択をした、という感じでした。
教師を辞めた理由
人の変化を近くで感じることができる立場として選択した「教師」という職業。
大学時代はその先まで考えが及んでいませんでしたが、教師になって生徒と関わりを持つ中で気づいたのが、教師の影響力の大きさ、そして、その恐ろしさでした。
多くの生徒にとって、教師は親の次に近い存在であり、家庭と学校は自分の生きる世界のすべてとも言えます。
私が発する一言一言を、生徒たちは本当によく聞いていて、彼らは学校という社会のルールをどんどん吸収していきました。
彼らは、私たちが想像している以上に子供らしく、私たちが想像している以上に大人びていました。人の話を純粋に受け止める素直さを持ち、同時に、どこか悟ったような、反論しても無駄だからと諦めるような、そんな印象を持ちました。
教師になって3年目、私は始めて学級担任を持ちました。中学1年生です。
忙しすぎて嵐のような日々でしたが、本当に本当に生徒たちがみんな可愛くて、彼らとの関わりは、私にとって最高に幸せな時間でした。
それから彼らが中学を卒業するまで、私は担任として彼らと関わりを持ち続けましたが、結果として、その3年間で私は教師を辞める決断をすることになりました。
生徒たちが最初から最後まで大切な存在であることに変わりはありませんでしたが、学校の教育制度と教師の働き方には大きな疑問を持つようになりました。
私が勤務している学校に特別な問題があったという訳ではなく、日本の多くの学校で起こっていることだと思います。
最近はネットやテレビでも話題になっていますが、部活動の顧問をしているので定時を過ぎても学校に残ることは当たり前でしたし、土日に出勤することも珍しくありませんでした。昼食時間も生徒と一緒にいるので、休憩時間はもちろんありません。
私にとっては社会人として働いた初めての場所だったので、そんな環境に疑問は持ちませんでしたし、教員だったらこれが普通なんだろうな、くらいに思っていました。けれど、あまりの忙しさに、体力的な辛さに加えて気持ちの余裕も徐々になくなっていくのを感じました。
周りには疲弊していく先生も多く、「こんなにも教師が疲れ切っていて、本当に生徒にとって良い教育ができるんだろうか…」と思うようになりました。
そして、教師の働き方以上に教育制度は納得できないものが多くありました。
習熟度別クラスも、成績のつけ方も、校則も、あらゆることが生徒のためではなく大人の都合で決めらていることのように思えました。
生徒たちはそれらの決まりに従順でしたし、学校という社会に染まっていっていくようにも見えました。
私が教育実習で感じた「全員がとても大切な存在であること」そして、「一人一人が幸せに生きてくれたら私は幸せだということ」。教師になって数年たった当時、私は彼らにそれらのメッセージを伝えることができていないことに気がつきました。
それどころか、学校の制度に合わせた教育をすることにより、学力というものさしで彼らをランク付けし、彼らの自尊心を傷つけ、自分は不完全な人間だと思わせているようでした。
ある生徒が言った、「どうせボクなんて」という一言が忘れられません。
何かがおかしいという違和感を持ちつつ、学校の中にいると、その違和感さえも麻痺していく恐ろしさも同時に感じました。
こんな教育はしたくない、と思っていたのに、気づいたら自分がそれをしているのです。
では、どうしたら良いのか?何が良い教育なのか?
その問いに対して、私は明確な答えを持っていませんでした。
そんな迷いの中で、こんなにも影響力のある立場で居続けていいのだろうかと考えました。私は、自分が大切にしたい教育の方向性を見失っていたのだと思います。
そして、ふと、10年後、20年後の自分を想像したとき、教師でいる状態はイメージできないことにも気がつきました。
自分が大切にしたいことを見失った私は、一旦、学校現場から離れて、自分が学びたいことをとことん学び、別の世界をじっくりと見て、色んな立場を経験する時間が必要だと考えるようになりました。
そうして、私は教師を辞める決断をしました。
その後は、フィンランドへ。
先のことは考えていませんでした。考えていない、というより、いくら考えてもわかりませんでした。
とにかく、「自由にのびのびと学ぶ環境の中でも、学力は世界一」というフィンランドのイメージに魅かれて、行くことを決めました。
行けばきっと、自分の中で次の道が見えるだろうとだけ考えていました。
実際に、フィンランドから帰国後、私は今の仕事と巡り合い、個々に合わせた教育をする立場にいます。
私は今学校現場にいないけれど、今後、何らかの形で学校との関わりは持ち続けていたいと思っています。
私が抱いていた違和感を、多くの先生が感じていることも知っています。そんな中でも戦い続ける先生たちを、私は応援したいし、応援というより、共に戦いたいという気持ちでいます。
戦う相手は、私たちが作ってきた学校の中にある常識です。
これが、私が教師を辞めた理由です。少しその先のことも書きましたが。
最近は、日本の学校教育はおかしいという意見を、これまで以上に聞くようになりました。違和感を持つ人が少しずつ増えていった先に、大きなムーブメントがあるのだと思います。
それまであと少し。
一番大切なのは、今まさに教育を受けている子ども達が安心して学べる環境をつくっていくことです。彼らの利益を第一に考えることが、教育を変えていく上での大切な指針となるのです。
最後までお読みいただきありがとうございます(*´-`) また覗きに来てください。