「シャルリー~茶色の朝」フランスのベストセラー小説が原作のオペラ:日常に忍び寄る独裁の恐怖
世界中で読まれているフランク・パヴロフの短い小説『茶色の朝』(原題:Matin brun、1998年)を原作とする、ブルーノ・ジネール作曲のミニ・オペラ(ポケット・オペラ)の来日公演(日本初演)。2021年10月30日(土)、31日(日)、神奈川県立音楽堂。
「茶色の朝」から始まる見えない脅威
小説『茶色の朝』は、心理学者でもある著者が自ら著作権を放棄しており、フランス語の原文がインターネットで無料公開されている。フランス語初級者の私でも辞書を駆使すれば読めそうな短編だが、辞書を使わずにざっと目を通したところ、オペラでは原作の文章がそのまま使われていた印象を持った。
ある日突然、「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律ができ、茶色ではないペットは「処分」される。茶色の犬猫はほかの色のと比べて産む子の数が少なく、食べる量も少ない、という「科学的」な根拠が政府からは示された。「そういうものかな」と思って人々は受け入れる。しかし次第に、「過去に茶色のペットを飼っていた者は処罰される」というようにエスカレートしていき・・・。というストーリー。
「茶色」は、ナチスの制服の色にちなむとされる。私は茶色の服は好きだが、茶色以外は排除されるのは嫌だ。とはいえ、どの色なのかが問題なのではなく、権力者が自分たちの価値観を唯一のものとして徐々に押し付け、人々がそれを拒否せずになんとなく受け入れてしまい、しまいには拒否できない状況になり窮地に陥るという危険性と恐怖を描いている。
トークセッションでやなぎみわさん(美術作家、舞台演出家)が言っていたように、今、公共施設(ホール)でこの作品が上演されることには意味があるのではないか。「感染症の予防に効果的だから」と権力者が市民の活動、行動、行為を制限する、今。
『茶色の朝』では、「私が以前茶色のペットを飼っていたことは近所のみんなが知っている!」というせりふがあり、権力者のお触れを一般の人々が内面化した「相互監視」も扱われている。これも、ナチスの時代と同じだ。日本の太平洋戦争中とも同じ。中国の毛沢東の時代も同じ。昨年からの日本の「自粛警察」「マスク警察」などとも同じ。
1人のソプラノ歌手と5人の演奏家たち
歌手はソプラノの女性が1人で、ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノ、パーカッションの5人の楽器演奏家たちと上演する。
歌手は「シャルリー」という名の男性の(おそらく)友人で、原作ではこの友人の役は男性らしい。
舞台上には半透明のスクリーン(幕)が張られており、舞台を前方と後方とに分けている。歌手は、家具が少し置いてある、シンプルな室内風の舞台手前にいて、演奏家たちはスクリーンの向こう側にいる。だが、時に演奏家が舞台前方に登場し、歌手と絡んで、ある役割を演じる。声を出すこともある。歌手も、舞台後方に行って見えなくなることがある。演出上、「こちら」と「あちら」の境が、恐怖をかき立てるように用いられている。
私は音楽の素養がなく、曲を評価できないが、キーキーした響きの現代的な音や、不吉な雰囲気の低音などが使われていた。
歌手は、演劇のようなせりふの話し方をしてから、同じ内容を歌うというパターンがいくつかあった。フランス語のせりふの日本語訳が舞台の左右に立っている縦長の画面に縦書きで表示される。字幕では、「~のアリア」など、曲名はかっこでくくるなどすると、せりふや歌詞と区別しやすく、わかりやすくなったのではと思う。
音楽性よりも、「内容」に注目してしまった。最後の「J'arrive.」というせりふが怖い。字幕ではどう訳されていたか忘れてしまったが(「今行くから」か「すぐ行くから」だったか?)、「今行きます」という意味。女性の家のドアが朝早くに(警察などによって)ノックされ、玄関に出ていくところで終わる。
作曲家とのトークセッション
公演は第I部、第II部、第III部の構成。
第I部は「『禁じられた音楽』による室内楽コンサート」と題して、ベルトルト・ブレヒトやパウル・デッサウなどの1920~30年代の曲と、ブルーノ・ジネールの「パウル・デッサウの"ゲルニカ"のためのパラフレーズ」(日本初演)などが演奏された。一部の曲には歌唱が付いている。
第II部ではオペラ「シャルリー」が上演され、第III部ではオンラインで参加するブルーノ・ジネールと劇場の舞台にリアルで登場するゲストスピーカーとのトークセッションが行われた。神奈川県立音楽堂のプロデューサーも出演。
トークセッションのゲストは、私が行った日は、美術作家で舞台演出家のやなぎみわさんだった(別の公演日のもう一人は哲学者で東京大学名誉教授の高橋哲哉さん)。やなぎさんの作品は少し見たことがあり、面白いと思うが、このトークは、ジネールさんへの質問など、やや広がりや深み、盛り上がりに欠けていたかなと思う。
こじんまりしたヨーロッパのサロン(?)のような、神奈川県立音楽堂のホール
バイリンガル上演に関する問題点・課題
オペラの上演は、フランス語で日本語字幕付きだったので、トークも、フランス語と日本語の使用者の両方が理解できるようにすべきだったのではないか。
トークセッションが始まって少ししてから、私からは離れた席で、「全然わからないから、私出ます」と隣の席の人に日本語で言ってホールを出ていった人がいた。もしかしたら、フランス語話者で、複雑な日本語は聞き取れない観客だったのかと思うと、ホールの対応に残念な気持ちになる。
フランス語と日本語の通訳者は舞台上にいたのだが、フランス語を話すときはオンラインの向こう側のジネールさんにだけ聞こえるように話しており、観客席にマイクの音量で届けることをしていなかったのだ。
英語話者や聴覚障害者・ろう者、目の見えない人のことを考えると、字幕は日本語だけではなくフランス語と英語も併記して、音声解説もあって、トークではリアルタイム自動文字表示と手話通訳もあって、というのが理想的だが、そこまではできなくても、せめてトークの通訳者によるフランス語音声は観客に聞こえるようにすればよかったのにと思う。
なお、当日配布されたパンフレットは、文章によって、日英仏の3言語で掲載されているものもあったが、ほとんどは日英または日仏の2言語のみだった。
作品情報
音楽堂室内オペラ・プロジェクト 第4弾
ブルーノ・ジネール「シャルリー~茶色の朝」日本初演
(フランス語上演・日本語字幕付)
日時:
2021/10/30(土)、10/31(日)15:00開演(14:15開場)
会場:
神奈川県立音楽堂 ホール
料金:
全席指定 一般5,000円 U24(24歳以下)2,500円 高校生以下無料(要事前予約)
▼神奈川県立音楽堂の公演紹介ページ
https://www.kanagawa-ongakudo.com/d/charlie
プログラム
【第1部】アンサンブルK「禁じられた音楽」による室内楽コンサート(約30分)
ベルトルト・ブレヒト/クルト・ヴァイル:『三文オペラ』より「メッキー・メッサーの哀歌」(1928年)
モーリス・マーグル/クルト・ヴァイル:「セーヌ哀歌」(1934年)
ロジェ・フェルネ/ヴァイル:ユーカリ
ベルトルト・ブレヒト/クルト・ヴァイル:『三文オペラ』より「大砲ソング」(1928年)
アルヴィン・シュルホフ:ヴァイオリンとチェロのための二重奏 より 第二楽章 ジンガレスカ(1925年)
パウル・デッサウ:ゲルニカ~ピカソに捧げる(1937年)
ブルーノ・ジネール:パウル・デッサウの‟ゲルニカ”のためのパラフレーズ(2006年)(日本初演)
〈休憩〉
【第2部】ブルーノ・ジネール「シャルリー」フランク・パヴロフの「茶色の朝」にもとづくポケット・オペラ(日本初演)(約40分)
フランス語上演・日本語字幕付き
演奏:アンサンブルK(ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノ、打楽器)
アデール・カルリエ(ソプラノ)*アマンディーヌ・トランから変更
演出:クリスチャン・レッツ
照明・舞台監督:アントニー・オーベリクス
プロダクション:アンサンブルK/CCAMヴァンドゥーブル・レ・ナンシー
国立舞台センター共同プロダクション
〈休憩〉
【第3部】作曲家ブルーノ・ジネールとのトークセッション(約30分)
スピーカー :やなぎみわ(美術作家・舞台演出家)(10/30)
高橋哲哉(哲学者・東京大学名誉教授)(10/31)
ブルーノ・ジネール(作曲家、オンライン)