『ミス・フランスになりたい!』子どもの頃の夢をかなえようと自分に向き合う映画
男性であることを隠して「ミス・フランス」を目指す
24歳のアレックスは、ボクシングジムで雑用などをしながら働き、パリの片隅で生きる同居人たちと住むシェアハウスでは、家賃も満足に払えない。しかし偶然、ボクサーとしての夢をかなえた幼友達と再会し、子どもの頃両親が他界して以来封じ込めてきた夢に挑戦することを決意する。
その夢とは、「ミス・フランス」コンテストで優勝すること。美少年から美青年へと成長していたアレックスだったが、体は男性。メイク、髪のセット、女性の服はもちろんのこと、胸の谷間があるようなメイク、ヒール靴、寝るときも外さないコルセット、歩き方、視線の送り方などを訓練し、男性であることを隠してコンテストにエントリーする。
協力者は、実はアレックスが恋愛感情を抱いているが妻のいる幼友達に、大家と同居人たち。コンテストを仕切る元ミス・フランスの女性や、優勝を目指して切磋琢磨する女性たちとも、次第に絆を築いていく。
コンテストの結果、そしてアレックスの決断は?
夢を持っていた自分を取り戻す物語
亡くなった両親への思い、ミス・フランスになりたい理由、幼友達である男性への気持ち、大家や同居人たちとの関係、女性らしい美しさを身に付けていく過程などは、丁寧に描かれているというよりは、ほのめかされている程度。その分、映画を見る人の想像に任されており、自由に考えてよいのかもしれない。
トランスジェンダーの物語というわけではなさそうだ。アレックスは女性になりたいわけではないという。ただ、きれいで憧れのミス・フランスになって、夢をかなえて自信に満ちあふれた自分になりたいのだろう。
自分は男でも女でもなく、だから恋愛もできない、と落ち込んだアレックスは嘆くが、最後は自分を見つけ、自分で自分を救う。多くの大切な仲間たちに支えられ、そして彼らの夢をアレックスが支えながら。
性別とか性的指向の区分はもう要らないのではないか
「生まれたときに判断された性別と性自認が一致していて、それとは異なる性別の人に恋愛感情や性的欲望を持つ」のが唯一絶対の在り方ではない、ということを多くの人に認識してもらうためには、LGBTやほかにもいろいろあるネーミングは必要だったし、有効だったかもしれない。
しかし、ネーミングはラベリングにもつながる。カテゴライズしていけば、そのうちのどれかに無理に当てはめないといけないようなプレッシャーが生じる。
でも、そういうのは本当に必要なのか?なくていいのではないか?
もちろん、体の状態や病気について医療的な診断を下すなどのために、生物学的な意味での体がどうなっているかは重要ではあるだろう。
でも、どんな格好をしようが、どんな言葉遣いをしようが、どんな態度を取ろうが、どう振る舞おうが、それで男なんですか女なんですかどちらでもないんですか中性なんですかとかいちいち追及されたくないし、決め付けられたくないし、それを特定することに意味があるのかなと思う。
幸い、日本語は、男とか女とか区別せずに表現することが可能な言語だから、英語などのように、he/she/theyのどれかで呼んでくださいというように表明する必要もない。
ただ、厳然と男性社会があって、議員や管理職の半分を女性にしようといった取り組みはこれからまだまだ必要だし、トイレも更衣室もみんな一緒でいいんですねということには、少なくともすぐにはならないだろう。(トイレと更衣室は、すべて完全個室が理想という気はする)
恋愛や性的指向も、異性愛者ですね、同性愛者ですね、両性愛者ですね、いやパンセクシュアルですね、アセクシュアルですね etc. ってどれかに決められてしまうのもなんだかなと思う。好きなんだから好きなんであって、性別がそんなに重要か?また、恋愛しないからってものすごくマイノリティーみたいに扱うのもどうなんだ?
当然、自分は男または女で、異性しか愛しません、という人もいるだろう。それは結構だが、誰しもそのようにカテゴリーで断言できるわけではないし、断言できることが正しいわけでもない。(今は断言している人でも、将来変わるかもしれない)
性別ではなく「人」と「人」として接したい。年齢や出身や学歴や経済状況や国籍や人種や「障害」や病気の属性で見るのではなく「人」として向き合うのと同じように。
それが、息苦しくない世界なのではないか。
そんなことをあらためて考えた映画だった。
主演の「ユニセックス」モデル・俳優のアレクサンドル・ヴェテール
と思ったら、主演を務めたアレクサンドル・ヴェテール(Alexandre Wetter)さんが、インタビューでこのようにおっしゃっていた。
将来的には、ジェンダーの問題、自分がゲイだとかトランスジェンダーだとか、そういうことを言ったり主題にしたりする必要すらなくなって、「ただ君であればいい」というふうになっていくと思います。時間はかかるかもしれませんが、私は心配していません。必ずジェンダー規範から自由になる時がくると思います。
私も、そういう社会、世界になることを望んでいるし、きっとそういう時代が来るだろうと信じたい。(そういう動きは、ファッションやアートの世界から広まっていくのかもしれない)
また、同じインタビューからのこの言葉も胸に迫る。
十分に愛されていないとか、ほかの人と違うことを理由に攻撃されると、自分の中にある大切な美はいとも簡単に傷ついてしまいます。だから、自分を保護することも重要なんです。
そう、自分で自分を守る、その強さと勇気。これが、映画『ミス・フランスになりたい!』の大きなテーマだ。大家のヨランダ(『アメリ』で宝くじを売る女性役だったイザベル・ナンティが演じた)がアレックスに言う、「ほかの誰かに自分の価値を決めさせるな」というようなせりふが光っていた。
▼『VOGUE』のインタビューより
▼『Numero TOKYO』でのインタビューも
作品情報
2020年製作/107分/G/フランス
原題:Miss
配給:彩プロ
監督:ルーベン・アウベス
製作:レティシア・ガリツィン ユーゴ・ジェラン
原案:ルーベン・アウベス
脚本:エロディ・ナメ ルーベン・アウベス
撮影:ルノー・シャッサン
美術:フィリップ・シフル
衣装:イザベル・マチュー
編集:バレリー・ドゥセーヌ
音楽:ランバート
【出演】
アレックス役:アレクサンドル・ヴェテール
アマンダ役:パスカル・アルビロ
ヨランダ役:イザベル・ナンティ
ローラ役:ティボール・ド・モンタレンベール
パカ役:ステフィ・セルマ
ダフネ役:クレア・チュスト
エリアス役:クエンティン・フォーレ