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別れた男に「お誕生日おめでとう」を言えた話



その日、私は休日だった。
朝から家で家事をしながら、3日前に連絡を断つことになった彼のことを考えていた。

彼との恋愛関係が良好だったとき、私は「彼との関係は遊び」と自分に言い聞かせていた。
別れることになってはじめて、彼のことを好きだったことに気がつけた。

最後のLINEで気持ちを伝えることはできたが、直接会うことが叶わなかったのが心残りだった。

私たちは同じ職場で出会った。
出会って半年くらいは職場内だけの付き合いで、連絡先の交換などはしていなかった。


彼には仕事の合間に、たまに立ち寄る場所がある。
2人きりになれる静かな場所だ。
その場所ではじめて2人で過ごせたのは、全くの偶然だった。
彼がいるとは知らずに、たまたま私が訪れたのだ。
私たちはその時に連絡先を交換した。


彼と親密になってからは何度も一緒に過ごしたことがある場所だった。
その場所で会う時はいつも短い時間だったが、彼の顔が見れるだけで嬉しかった。


彼に会いたいけど会えない日、一縷の望みを賭け、何度かこの場所を1人で訪れたことがある。
しかし、今までその望みが叶ったことは一度もなかった。
そこで2人で過ごすことができた日は、全て彼のお迎えがあった時だけだった。


今日、その場所へ行ってみたらどうなるか…。


会えれば『一生の縁』会えなければ『完全に終わり』。
勝手な自分ルールをでっちあげ、運試しにその場所へ行ってみることにした。

道中、私は変に浮かれていた。

なんとなく会える気がしていた。
今まで一度も会えてないのに。
無料の『Yes No 占い』でも『Yes』を引けた。
この占いが当たったこともないのに。

子供っぽくて未練がましい行動をとる自分がバカバカしくて悲しかった。




彼はいなかった。


「やっぱあの占い、当たらねぇな」と思った。
さっきまでのバカバカしさに拍車がかかる。
悲しみを通り越して自分に失望した。

ほんっとにバカバカしい。
一服してから帰ろうと思い、ベンチに座って煙草に火をつけた。


すると、1台の車がとまった。
彼の車だった。

運転席の彼と目が会う。
彼は、私がここにいるのを知っていたような顔をしていた。

失望から一気に浮かれた気持ちになったが、一瞬でそれを自嘲で抑えた。
いい歳して乙女チックな思考でここに来たことを絶対に悟られたくなかった。

彼は車から降り、当然のようにこちらへ向かってくる。
私はふざけて投げキッスをした。
彼はそれをキャッチして食べてくれた。
久しぶりに彼とくだらないやり取りができて嬉しかった。


彼は私の隣に腰掛けた。

私は「偶然だねぇ」と言った。
彼も「そう、偶然」と少し笑いながら同意してくれた。
以前と変わらない、大好きな彼の匂いがした。


「ここで偶然会うのってさ、はじめて会えた時以来じゃない?」
本当はもっと素直に会えた喜びを伝えたかったのに、言葉にできなかった。
「そういえばそうかも。ここで会う時はいつも俺が操作してたから」と言った。

『操作』ってことは過去私が何度かここを訪れても彼に会えなかった時は、彼が私に会いたくはなかった時なんかい。とツッコミたくなったが我慢した。
でも、自分の願望を自分の力で達成したがる彼らしい言い方だな、と思った。
そういうところが好きだった。

「元気にしてる?」と聞くと、「それなりに」と返ってきた。
もう、あまり時間が無い。

私はこの恋愛に悔いを残したくなかった。
せっかく引けた低い確率。
無駄にする訳にはいかなかった。





彼はおそらく、全力で私のことを愛していた。
言葉にも行動にもよく現れていた。
私は彼からの愛を疑ったことはない。
にも関わらず、私は彼を選ばなかった。

ついに彼は私のことを諦めた。

一方、私は付き合っている間、常に自分の気持ちを偽っていた。
恋をしている自覚はあったが、『彼を愛している』ということを認める訳にはいかなかった。
私はこの恋愛において、まともに彼と向き合えていなかった。


全力を出してなお、叶わなかったことに対して未練は残らない。
きっと、彼の私に対する想いは執着にならないだろう。
そして、私の彼に対する想いは確実に執着になる。

せめて、この恋愛自体が後悔にならないようにしたかった。
最後くらい、素直な気持ちを直接伝えたかった。


私は「LINE、読んでくれた?私の気持ち、ちゃんと伝わったかな?」と聞いてみた。
涙がこぼれそうだった。

彼は「ちゃんと読んだし、伝わってるよ。」と言ってくれた。

さらに私は、これからもう二度と彼と2人で過ごす時間が無くなると思うとさみしいと伝えた。
もう、あふれる涙を抑えられなかった。

彼は「そんなこと言わないでよ、悲しくなるじゃん」と言った。少し涙ぐんでいるように見えた。
そして、「偶然また会えるかもしれないよ」と続けた。

その言葉の意図するところがわからなかった。
まだ彼も私のことを好きでいてくれているのか。
それとも、もう未練もなく、ただの慰めなのか…。

私は「そうだね、偶然に期待するよ。多分、一生好きだから」と答えた。

彼は私のことを見ずに、「もう行くね」と立ち上がった。

私は「お誕生日おめでとう。幸せになってね」と言った。
その日は彼の誕生日だった。

彼は微笑みながら「ありがとう、そうするよ」と返した。
私は涙をこらえることができなかったが、「直接おめでとうが言えて良かった」と、できる限りの笑顔で言った。





去り際に彼は「好きになって、ごめんね」と言った。
暗い雰囲気で別れたくなかったので、私は「そんなのお互い様でしょ」と言って笑って誤魔化した。


今、そのことを後悔している。
本当は「好きになってくれて、ありがとう」でしかない。
最後のチャンスだったのに、私はまた強がってしまった。


『好きになって、ごめん』を受け入れたような形になってしまった。
彼の中でこの恋愛自体が後悔になってしまったのではないかと思うと悲しい。


最後の最後まで、素直になれなかった自分のことが本当に可哀想だ。

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