どこにでもいる子になりたくなかった
ずっと「誰かに見つけて欲しい」。
私はこういう見た目をしています。こういう物が好きです。ぜひ見てください。
そうやってSNSをやって、こうやって自分の考えてることを投稿して。
我ながら、なにやってるんだろうとずっと思ってる。
私のことをわざわざ好んで見たい人がいる?需要はないのに私は誰に向けて、どこに向けて自分を発信し続けているんだろう。
文字にすると痛々しくて自分でもいたたまれない。
最近は本当にだんだん自分で自分がいたたまれなくなってきて文章にしてしまった。
元々表舞台に立つ人になりたい、とぼんやり思っていた。
どこに向かって進めばいいのか、場所もはっきりわからないまま、なんとなく気づかないようにしたまま、ここまで来てしまったんだと思う。
なんで表舞台に立つ人になりたいと思ったかは、寂しいからだ。
誰かを楽しませたい、とか人を笑顔にしたいとかもある。ものすごく難しいことだけど。
けど一番は、人が多くいるところに行きたい、誰かに必要とされたい、みたいな部分が多い。
昔からひとりでいることが多くて、人と関わるより画面越しの誰かを見てる時間が長かった。
自然と向こうに行きたいと思った。寂しくなさそうだったから。
暗いところにいたから、明るいところに行きたかった。ずっとそれが続いている。
中二病みたいかもしれないけど。
私は自意識過剰で人から認められたい、どこにでもいるような「女の子」っていう生き物で、でもそういうつまんない自分を変えたくて必死、っていうまたどこにでもいるタイプの人間だ。
前観たドラマで「どこにでもいる子になりたくない子って、どこにでもいるよ」ってセリフを放たれた時は心が痛かった。
なんとなくわかっている。
私がいくら狂いそうなほど憧れても、憧れた明るいところにはたぶん行けない。
表舞台に立つ人に必要な何かはきっと持ち合わせていないんだろうと思う。才能とか運とか、もっとわかりやすいなにかとか、色んなものが。嫌でも自分でわかってくる。
どのくらいの人が見てくれてるかわからないSNSで自分をアピールし続けて、でもそんな自分がかっこ悪くて文章を投稿してる。
他人からの注目と評価を渇望してる人。
あー、かっこ悪い。
それでもまだこんな今がいつか変わるんじゃないか、これは悩んでた過去のひとつに過ぎなくなるんじゃないかと思ってしまう。
やりたいことがあることが、夢があることが良いことだとも幸せなことだとも思わない。
ない方が、全然良かった。
夢が叶う人はどのくらいいるんだろうか。
やりたいことができてる人はどのくらいいるんだろ。
私はだいたいこのくらいになったら、区切りを付けようと、夢みたいなものに対して決めている。
それまでちょっとの間まだ宙ぶらりんのままだけど。