からだを広げるテクノロジーは、人の可能性と自由意思も広げていく:WITH ALS・武藤将胤さん×慶應義塾大学教授・南澤孝太さん
文化人類学者のエドワード・ホールは、著書『沈黙のことば』にこんなことを書いている。
「今日、人間はかつて自分の身体で行っていた作業のほとんどすべてを拡張する技術を開発した。武器の発達は歯と拳骨からはじまって原子爆弾で終わる。着物と家屋は人間の生理的な体温調節機構の拡張であった。家具は地面にしゃがみこむ動作にかわった。電気器具、双眼鏡、テレビ、電話、書物等々はすべて時空をこえて声を運ぶことで肉体の行為を拡張する道具の例といえる。(中略)実際、人間の手になる道具のすべては、かつて人間がわれとわが肉体、もしくは身体の特定の一部を使って行っていたことの拡張として受け取れるのである」
人類の進歩の歴史は、身体拡張の歴史とも言えるのだ。ならば、わたしたちの身体はこれからどこまで拡がっていくのだろう。そして、それはわたしたちの人間のあり方にどんな影響を与えていくのだろう。
「身体拡張」の最前線にいる二人を講師に、LITALICO研究所OPEN LAB第5回「『からだ』はどこまで拡がるか - 未来のコミュニケーションを創造する」が開講した。
本記事は、2019年度に実施した、LITALICO研究所OPEN LABの講義のレポートとなります。会場・オフラインでの受講生限定で開講・配信した講義シリーズの見どころを、一般公開いたします。
(レポート執筆: 川鍋明日香)
「楽しい」だけでない、生活や社会を変える技術
1人目の講師は、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の南澤孝太さん。触覚技術を活用し身体的経験を伝送・拡張・想像する「身体性メディア」のスペシャリストだ。
ディズニーランドのアトラクション「スターツアーズ」をきっかけに、「ワクワクするような体験」を技術の力で作ることに興味を持ち始め、大学生の頃からバーチャルリアリティ(VR)の領域やその周辺分野で研究を続けている。
南澤
大学でVRの研究が始まったのはいつでしょう?
南澤さんの講義はそんな問いから始まった。「実は50年前からです。1968年にアイヴァン・サザランドという方が作った『ダモクレスの剣』というシステムがあります。これが世界初のVRです」
アイヴァン・サザランドと言えば、1963年に描画プログラム「Sketchpad」を発明し、「コンピュータグラフィックスの父」とも呼ばれるコンピューターサイエンティストだ(Sketchpadはパソコンの入力方法がキーボードしかなかった当時、画期的な発明だった)。
そんなサザランドは、1965年に発表した論文「The Ultimate Display(究極のディスプレイ)」のなかで仮想世界のヴィジョンを示している。ゆくゆくはタイプライターではなく、タブレットや音声などによって操作できるようになり、「不思議の国のアリス」のワンダーランドのような世界がつくりだせるだろうと、彼は書いた。
ちょうど50年経って、そういった予言がだいたい実現したのが現在だと、南澤さんは言う。
南澤
そんななかでぼくらは、その先にどういう未来があるだろうかということを考えています。結局、ぼくら人間は体の感覚を通して周りの世界を認識し、自分の身体を使って世界とコミュニケーションをとります。そのループをいかに作っていくかが、バーチャルリアリティを作るにあたってぼくらが研究していることなんです。
例えば、一般人がトップアスリートの感覚を味わうことはできないか。のどかで気持ちいい場所に行ったときの澄んだ空気を、もっと手軽に感じることはできないか。普通は手に入らない超人的能力を身につけることはできないか。遠く離れた人とまるで一緒にいるかのような、つながりの感覚を生み出せないか。
南澤
こういったことが実現すれば、ただ単にコンピューターの世界に入って「楽しいな」と思うだけでなく、日常生活や社会の姿が変わると思うんです。
それを実現しようとしているのが、南澤さんが続ける「身体性メディア」という研究だ。「人の体で感じるさまざまな経験を、他人と共有したり拡張したり。あるいは、まったくゼロから現実にはない体験というのをつくりあげたり。そういったことをしようとしています」と、研究のビジョンを語る。
「障害」ではなく、選択肢がなかっただけ
南澤さんが取り組んでいる研究プロジェクトは、大きく4つに分けられる。
まずは触覚。「触覚は、われわれの行動や感覚に大事な影響を与えています。このネットワークに繋いだり、デジタルテクノロジーで扱うことができれば、さまざまな感覚を作り出せるでしょう」
ふたつめは、空間だ。「例えば、自分が足元を歩いているときの地面の感覚や何かに触れた感覚が変わると、空間のあり方も変わります」
3つ目は身体。感覚や空間が変わると、自分の身体の概念はどう変わるか。さらに、身体の概念の変化がどう社会を変えるかが、4つ目である。
ここで南澤さんは、自身が開発している「テクタイルツールキット」を披露した。一見ハイテク糸電話にも見えるが、実は触覚を伝えるツールキットだ。片方のコップにビーズを入れると、何も入っていないもう片方のコップに振動が伝わるという。試した参加者からは「なんか入ってる! 入っていないはずなのに!」と驚きと興奮の声が上がった。
「触覚が伝わるようになると、結構いろんなことを試せるようになるんですよね」と、南澤さんは話す。指の感覚をより高める、補聴器ならぬ「補触器」を作ったり、テクスタイルツールキットをスマートフォンとつないで遠隔で触覚コミュニケーションをとれるようにしたり。「例えば猫カフェに行ったときに、猫の気持ちいい感じを誰かに伝えたりとか。動画だけでなく、触り心地もシェアできるようになります」。なんと幸せな世界だろう。
あるいは、さらに規模を広げ、スポーツに応用することもできる。バスケットボールのコートの床下にセンサーを仕込み、ドリブルやダンクシュート、選手の疾走の触覚を遠隔で伝えるのだ。熊本の試合で使った際には、800km離れた東京に床の振動が伝わったという。
また、耳の聞こえない人に、ダンスのリズムや音楽のリズムを椅子やスマートフォンを通じて伝えるということも考えられる。
南澤
いままで障害と言われたものは、実はただ単に選択肢がなかっただけかもしれない。「見る」と「聞く」しかなく困っていたかもしれないけれど、「触る」もメディアで扱えるようになるんです。
エンターテインメントから災害現場まで
視覚と聴覚に触覚が加わったとき、エンターテインメントはどう変わるだろう。
南澤
この「シネスタジア(共感覚)スーツ」というプロジェクトは、プレイステーションVRの体験を拡げるためにEnhance GamesとRhizomatiksのチームと一緒にやったプロジェクトです。VRという技術は目と耳から始まっていますが、いくら綺麗な映像を見ても体がどうしても置いていかれてしまう。
そこでつくられたのが、全身に感覚が届くようなスーツだ。ゲームの中で起きたいろんなアクションを体に届けることで、まるで本当に自分の体そのものがゲームの世界に入り込んだような感覚を得られる。
南澤
実際いろんな方に体験していただくと、「自分の体が楽器になっちゃった」とか「世界の中で溶けている」といった意見をもらいます。こういった感覚を使うことで、自分たちが世界をどう感じ、捉えるかをデザインできるようになってきています。
さらに、コンピューターを経由して現実同士をつなげたらどうなるだろう。これは人そのものの存在を遠隔で伝える「テレイグジステンス」の領域だ。
自らの分身ロボットをつくり、人と同期して動かすこの技術に触覚が加われば、自分がロボットになった感覚を得られるかもしれない。 この技術を利用して、危険な現場で働くロボットをつくったり、イベントなどで会場に来られない人を招待することも可能になる。
「色々な理由で外に出られない方がいると思いますが、それもテクノロジーの進化で解決できる可能性があると思います。僕もメガネをかけていますが、外すともう皆さんの顔も見えないんですね。メガネというテクノロジーがあることで普通の生活を送れるわけです」と南澤さんは言う。「いままで『障害』だったものがだんだん障害じゃなくなってくる。そんな未来が来るんじゃないかなと期待しています」。遠隔操作用ロボットもメガネも補聴器も、「補う」という役割でみれば同じものなのだ。
「人間の腕は2本」である必要はない
さらに、身体に追加の機能を「加えて」みると何が起こるだろう。
南澤
腕が2本だと足りないと思うことがありますよね。そんなとき、3本目、4本目の腕を付けてみる。それをまるで自分のもののように操作できるようになると、4本腕の人間になることができるんです。人間の身体をテクノロジーで拡張するこうした技術は「ヒューマン・オーグメンテーション」と呼ばれていて、いまこうした取り組みがたくさん始まっています」
そのひとつが、人が太古の昔に失った尻尾を復活させる南澤さんらの「Arque(アーク)」プロジェクトだ。ちょっと遠くを見たいときに双眼鏡を使うように、何かしたいときに尻尾をつける。人が自分の身体を自由に必要に応じて高める未来がくると彼は言う。
あるいは、自由な発想で障害が可能性に変わるかもしれない。
「例えば、義手を使って楽器を演奏したいと思うと、なかなか思うように動かせないので難しいんですね。ならば、いっそ義手が楽器だったらどうだろうというプロジェクトが『MusiArm(ミュージアーム)』です。腕があるはずの、普段は障害と思われていたスペースが、むしろ何でもできるスペースになるんです」。メガネも元来は視覚を補うためのものだったが、いまや自己表現の手段でもあるのだ。
そして、それを新たなエンターテインメントにまで昇華させようという取り組みが、「超人スポーツ」だ。「まるっきり自分たちの体が変わっていくんだから、新しい未来のスポーツ、未来の人間たちが戦う新しいスポーツを作ろうじゃないかと。そんなモチベーションでこのプロジェクトを始めました」
現在はオリンピックとパラリンピックが分かれているが、そもそも身体が拡張した未来においては分ける意味すらなくなるかもしれないと南澤さんは言う。
南澤
技術が十分進化すると、「障害」は障害ではなくなり、スポーツもみんな一緒に楽しめるものになります。スポーツに積極的に技術を取り入れ、さらにそこで培われた技術を僕らの日常生活に取り入れる。そんな未来を作っていきたいと思っています。
同様の取り組みは、海外でも行なわれている。2016年にはスイスで「サイバスロン」が開催された。障がいをもった「パイロット」と呼ばれるアスリートたちと、その身体能力を極限まで高める義肢を開発するエンジニアのチームが一丸となって闘う、強化義体の世界大会だ。最先端のテクノロジーによって新たなスポーツをつくりだし、障害を大きな可能性に変えたサイバスロンは、南澤さんが語る拡張の未来の先駆けとも言えるかもしれない。
南澤
ぼくらはこうしたテクノロジーを使って、われわれが感じる世界をどんどん変えていこうと取り組んでいます。そうすることで、遠く離れていたり、間にバリアがあっても、人と人とが繋がる。人と人とが体験を共有し、お互いの心を繋げることができるようになる。ただ技術だけ飛び抜けていてもしょうがないので、いろんなコミュニティの人と一緒に生活や社会の価値を作っていこうと思っています。
「イノベーション・フロム・リミット」
講師2人目は、 WITH ALS代表の武藤将胤さんだ。26歳のときに筋委縮性側索硬化症(ALS)を発症し、現在は世界中にALSの認知・理解を高めるためテクノロジーとコミュニケーションの力を駆使した啓発活動を行なっている。
ALSは、体を動かす運動神経が徐々に壊れてしまう難病。進行とともに、手足を動かす自由も、声を出す自由も奪われていく。意識や五感、知能の働きは正常だが、発症後の平均余命は3~5年だという。
世界で約35万人、日本では約1万人が闘病しており、2018年に亡くなった「車椅子の天才物理学者」スティーヴン・ホーキング博士もこの病と闘いながら研究を続けていた。
漫画やアニメが好きな人は『宇宙兄弟』でピンとくるかもしれない。ヒロインであるせりかさんが宇宙飛行士を目指すきっかけとなった病気であり、実際に「せりか基金」というALSの治療薬の研究開発費を集めるファンドレイジングも行なわれている(武藤さんをはじめWITH ALSもプロジェクトに参加している)。
さて、ここまでALSという難病の特徴を綴ってきた。大変な病だと感じた人もいるかもしれないが、実は武藤さん自身はALSによる制約を「アドバンテージ」と呼んでいる。
武藤
困難や制約を憂うのではなく、今はアドバンテージに変えて、制約からむしろ解決アイディアを形にしていこう。ALSの困難からイノベーションを生んでいこうという、「イノベーション・フロム・リミット」のマインドで活動に取り組んでいます。
音楽を通じて、ボーダーレスを実現する
そんな前向きで野心的なマインドから、これまで数多くのプロジェクトが生まれている。講義ではそのうち代表的なプロジェクト3つが紹介された。
ひとつめは、メガネ型デバイス「JINS MEME」を使った視線入力によるコントロールアプリの開発だ。
武藤
ぼくはALSになってから、最初に手が動かなくなっていきました。当たり前のようにやっていたパソコン作業もできなくなり、頭がかゆくてもかけないので、自分の妻にお願いしないとかいてもらえない状況で。蚊に刺されると最悪です。写真撮影も好きだったんですが、それもできなくなってしまったり。大好きだったDJ活動も、ALSによってできなくなっていました。
そんな中「全ての人に表現の自由を」をヴィジョンに武藤さんが立ち上げたのが、このプロジェクトだった。
武藤さんは現在も、EYE VDJ(視線の動きで行なうDJ・VJ)として表現活動を続けている。手足の自由が効かなくなったいまでも、国内外の様々な音楽フェスでEYE VDJとして活躍中だ。
とはいえ、この技術が活躍するのは自己表現の場だけではない。この3年で改良が繰り返され、今ではスマホのカメラ撮影や部屋の照明操作、エアコンやテレビの操作もまばたきでできるようになったという。どれも、EYE VDJのシステムの応用である。
武藤さんやWITH ALSとって、大事なのは単なる機能の補完ではない。
武藤
ALSという障害を持っても、日常的な会話ができればそれで十分ということではないと思うんですね。本来すべての人に表現の自由があるべきですし、僕も音楽を通じて、障害を抱えていようとも、障害のない方ともボーダーレスに繋がっていきたい。そう思って今も活動を続けています。
脳波でラップ!?
武藤さんが合成音声でスライドを読み上げた時、聴衆の顔には驚きの表情が浮かんだ。その声が、武藤さん自身の声に非常によく似ていたからだ。合成音声の制作に使った「コエステーション」というアプリは、iPhoneで誰もが気軽に試せるという。
さて、この技術を使って立ち上がったのが、WITH ALSふたつ目のプロジェクト「ALS SAVE VOICE」だ。視線による文字入力装置「Orihime Eye」と、東芝デジタルソリューションズ開発のコエステーションを掛け合わせることにより、ALS患者の声を保存し、声を失ったあとも視線で文字を選び、自らの声で文章を読み上げられるようにするという。
手足の自由や声を失ったあと、最後にALS患者を襲うのが「完全閉じ込め状態(TLS)」だ。最後のコミュニケーション手段だった眼球すら、自由に動かせなくなった状態である。この八方塞がりの状況でコミュニケーションを維持するには──。武藤さんが着目したのは、最後の希望である脳波だ。
武藤さんは現在、電通サイエンスジャムと共同で、脳波を活用した意思伝達装置の研究開発に取り組んでいる。さらには「BRAIN RAP」というプロジェクトで、文字通り「脳波によるラップ」まで実現させているから驚きだ。
「脳波で自分の伝えたい言葉を選択し、その言葉をベースに、AIがラップを生成します。今伝えたい思いをラッパーさんと共に、音楽にのせて伝える挑戦を行います」。
合い言葉は「KEEP MOVING.伝え続けよう」だ。
新木場STUDIO COASTで開催された、ALS啓発音楽フェス「MOVE FES.2019 Supported by Hard Rock Experience 」で世界初のBRAIN RAPを披露している様子
https://www.movefes.com/
当事者であることは、課題解決の最前線にいるということ
「当事者だからこそ日常的に抱えている課題っていうのは、実は最前線の課題解決のチャンスだと思うんです」と、武藤さんは言う。
武藤
手足が動かなくても声が出なくても、もし目が動かなくなったとしても、どうにかコミュニケーションを続けていける。それを僕は今、自分自身が実体験を通して叶えたいと思っています。それはALSの患者だけでなく、皆さん健常者の方との垣根を越えてゆくようなものを作っていきたい。そのために今、活動を続けています。
声保存プロジェクト「ALS SAVE VOICE」の紹介動画で、武藤さんは先輩ALS患者さんである岡部さんにメッセージを依頼して、映像の中で同病患者さんに向けてこんなメッセージを送ってもらっていた。
失いながら生きていく中で、私たちは身体を動かすほとんどの機能を失います。でも希望は失わずに生きていくことが出来ます。その希望を支えてくれるものに、あなたの声を残すということがあります。未来の自分にタイムカプセルを送ってみませんか?
「失いながら生きていく」というむごすぎる事実と、当事者から力強く発せられた未来への希望。そのコントラストが、武藤さんの「イノベーション・フロム・リミット」の価値を何よりもよく表していた。
「エンターテインメント」がもつ力
講義後半のパネルセッションでは、南澤さんと武藤さんのプロジェクトに通底する「エンターテインメント」に焦点が当てられた。
障害の有無に関わらず新しい体験をつくったり、双方をつなぐ「橋」をつくったり。ふたりに共通するのは、困りごとを解決するマイナス→ゼロのテクノロジーのみならず、さらに新たな価値や視点を創造するマイナス/ゼロ→プラスのテクノロジーの構築に尽力している点だ。そして彼らがそのテクノロジーを実践する場は、エンターテインメイントであることが多い。
ふたりにとって、エンターテインメントはどんな力を秘めているのだろうか。
「困りごとを解決するのは悪いことではありません。ただ、どうしてもその困りごとを解決するところで終わっちゃう。目的がそこで達成されてしまうんですね」と、南澤さんは言う。
南澤
一方でエンタメとか夢とか、こういう理想があるよねとか、こういう未来が欲しいよねというところから始まると、やっぱりその困りごとの解決のその先のストーリーを描けるっていうのも大きいかなと思います。
ワクワクするような未来を描くことは、チームビルディングにとっても大きな意味をもつと武藤さんは言う。
武藤
困りごとではなく、誰もがワクワクする体験や未来を目指したほうが、仲間を集めやすいなというのはすごく実感しています。単に「助けたい」以上に一緒にワクワクするものを作ってみたい、そのモチベーションはとても重要だと思います。
彼が例にあげたのは、SFだ。「SF映画の中のこんなものを実際に作ってみようよっていうのは、意外とプロジェクトを進めていく上での共通の言語になることも多いです」とのこと。
もうひとつ加えるとすれば、エンターテインメントには新しい技術を周知し、ひいては民主化する役割も果たしているだろう。
その最たる例は、スマートフォンアプリ「ポケモンGO」だ。ほんの数年前までは知られていなかったARという技術のコンセプトも、ポケモンというおなじみのコンテンツとの掛け算で一般の間に広く広まった。それまでどこかの研究室の話に感じられていた技術が、ゲームというエンターテインメントを通じて人々のポケットに滑り込んだのだ。
同様に、「BRAIN RAP」をきっかけに脳波による意思伝達技術はより広く知られるようになるだろうし、「超人スポーツ」ではじめてAR技術に触れる人もいるだろう。
「拡張」と「自由意思」
パネルディスカッションで上がったもうひとつのキーワードは「自己決定」だ。
「テクノロジーがどんどん体を変容させたり拡張し、可能性を広げる一方、やはり使う本人が何を望んでそれをどう使うのかっていう自己決定を尊重し、あとそれを周りが先回りせずにちゃんと担保するっていうのが大事だと思うんです」OPEN LAB主宰の鈴木悠平はこう前置きしたうえでこんな問いを投げかけた。
鈴木
いろんな場面でできることが増えていくとき、当事者が置き去りにならず、使い方や生き方を選んでいける社会を作るために、研究者・実践者・エンターテイナーとして日頃から大事にしてることはありますか?
武藤さんは、テクノロジーの「開発段階」に注意が必要だと話す。
武藤
テクノロジーを開発していくプロジェクトを立ち上げる段階から、当事者のメンバーをプロジェクトメンバーにどんどん採用していくのが、本当の意味でチームとしては実用的だと思うんです。ある程度プロトタイプが出来上がってから、じゃあそれを使ってもらおうっていう開発フローが今までは多かったと思うので、これからのプロジェクトはスタートさせる段階からチームメンバーを巻き込んでいく。で、当事者の視点からもアップデートしていくっていうことがとても重要だと思いますね。
一方の南澤さんは、テクノロジーができた「あと」を見据えてこう答えた。
南澤
武藤さんのプレゼンの中でも出てきた言葉なんですけど、「自由」はやはりすごく大事なキーワードかなと思っています。基本的には、テクノロジーは自由を広げていけるために存在するべきです。選択肢を広げたり、やれることのボーダーを広げたり、障害や肉体的限界、空間的限界のような制約を突破したりといったことですね。それができるようになったとき、やっぱり何をするかっていう自由意思の「意思」の部分が大事です。
南澤さんが例に挙げたのは、超人スポーツの活動の中で行なわれている「ドリフトできる車椅子」をつくるプロジェクトだ。
南澤
車椅子って「真っすぐゆっくり走らなきゃ」「安全に走らなきゃ」といった暗黙の制約があるじゃないですか。でもこの車椅子はドリフトできるよって言うと、皆さんヒャッホーって言いながら動き回るんです。車椅子だから運動できていなかったのではなく、車椅子はそういうものであるという意識的なリミットをかけちゃってたからっていう部分があるんですね。そこをテクノロジーで解放していくと、障害の有無っていうのにかかわらず、自由意思自体の範囲、幅が広がってくるのかなと思います。
武藤さんと南澤さんは、それぞれ違う分野、違うアプローチで、身体の拡張のためのテクノロジーの開発に携わっている。だが、その視線が見据えているのはテクノロジーそのものではなく、常に「人」だ。そんな当たり前だが、テクノロジーそのものの目新しさ、突飛さがまず注目を浴びる時代に忘れられがちなことを、ふたりの講演は改めて教えてくれた。
テクノロジーというツールは、たしかにわたしたちの身体を拡張してきた。だが、拡張されるのは能力だけではない。新たなツールを手に入れたわたしたちは、これまでもこれからも、自らの自由意志やマインドも絶えず拡張していくのだ。
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レポート執筆: 川鍋明日香
フリーランスの編集者、ライター、翻訳者。幼少期をイギリスで過ごす。雑誌編集部所属の後、2017年の渡独を機に独立。現在は日本とヨーロッパを行き来しつつ、主にテクノロジーやカルチャーの分野で執筆や編集、翻訳活動を続けている。
写真撮影: たかはしじゅんいち
1989年より19年間のNY生活より戻り、現在東京を拠点に活動。ポートレイトを中心に、ファッションから職人まで、雑誌、広告、音楽、Webまで分野を問わない。今までトヨタ、YAMAHA, J&J, NHK, reebok, Sony, NISSAINなどの広告撮影。現在Revalue Nippon中田英寿氏の日本の旅に同行撮影中。著名人 - Robert De Niro, Jennifer Lopez, Baby Face, Maxwell, AI, ワダエミ, Verbal, 中村勘三、中村獅童、東方神起、伊勢谷友介など。2009年 newsweek誌が選ぶ世界で尊敬される日本人100人に選ばれる。
https://junichitakahashi.com/
編集: 鈴木悠平
執筆協力: 雨田泰
同講義のダイジェスト動画はこちら (一般公開)
(南澤孝太さん編)
(武藤将胤さん編)
(パネルトーク編)
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