Hip Hop型教育とは
過去4回に渡りHip Hopの4大要素を解説してきたわけだが、これらHip Hopの要素を、教育現場で実践活用している事例があることをご存知だろうか?
その教育手法はヒップホップ型教育(Hip Hop Based Education:以下HHBE)と呼ばれ、Hip Hopの発祥地であるアメリカで盛んに取り組まれている。HHBEとは、ヒップホップ文化の要素を活用した教育・研究であり、形式・非形式的な学校の空間で行われる教育手法である※1。HHBEが誕生し、取り組まれるに至った背景として、アメリカがHip Hopの発祥地であることに加え、多民族・多人種国家である点が大きく影響している。
ご存知の通り、アメリカは白人、黒人(アフリカン・アメリカン)、ラテン系、アジア系等様々な民族・人種から構成されており、それぞれの民族・人種にはそれぞれ社会的・文化的・歴史的背景の違いが存在する。従ってアメリカにおける教育は、一つの民族・人種に偏らないカリキュラム編成が望ましいが、実際はマジョリティーである白人中心のカリキュラムとなっており、白人以外、特に黒人やラテン系アメリカ人はこれらカリキュラムが一部適しておらず、その人種・民族の文化に関連した教育的アプローチ(Culturally Relevant Pedagogy)をとるべきだという教育者も少なくない。
また、アメリカのラップ・デュオ、デッド・プレズ(Dead Prez)※2が「They Schools」という曲中で、アメリカの白人中心の教育制度・カリキュラムについて批判している(歌詞は下記参照)。
<They Schools / Dead Prez>
<Intro>
学校ってのはマジでくだらない
全社会システムを支配している白人たちが学校システムを支配している
奴隷の時代からな
<Verse 1: stic.man>
白人(赤首)野郎#1が通ってた学校に通ってた
丁度3rd Bassが「The Cactus Album」をリリースした頃だ
だが俺はマルコムX#2を読んでいた
89年に自分の名前を変えた、偏見や過去をキレイにするためにな
銃を掃除するように
まじめに3限目の歴史の授業を受けていた、毎日最前席で
担当の先生は人種差別主義者と呼ばれていた
俺は奴らが知らない歴史を教えてやろうとした#3
俺はRickards高校(フロリダ)を卒業した
その高校には、未婚の妊婦やドラッグディーラーで溢れていた
廊下にはいつも警官がいたな
生徒の持ち物検査をし、ドラッグや武器を探していた
「勉強しろ」って俺の母親は常に強調していた
授業に集中しようとしていたが、興味を持てなかった
奴らはヨーロピアン(白人)だけを賛美しているようだったから
黒人は所詮「3/5」#4だってな
<サビ>
学校では何も教えてくれない
俺らは自由が欲しい、俺らに見合うものが欲しい
俺が通ってた高校の教師は俺のムスコでもしゃぶってな
くだらない白人の嘘を教えてないで
学校では何も教えてくれない、俺たちが知りたいのは「サバイブ」する方法
学校では何も教えてくれない、奴らが教えているのは全て嘘
<間奏>
わかっただろ、この白人野郎どもが、俺らが仕事を得られるように高校の学位を取らせようとしている
だけどな、奴らは決して言わない、(低賃金の)仕事が俺らを搾取することなんて
だから俺は学校がくだらない場所だと言っているんだ
<Verse2: M-1>
学校は12ステップ#5ある洗脳キャンプみたいなもんだ
奴らは、もし退学したら俺らにチャンスはもうないと思わせる
良い人生を送れるよう、奴らは俺らのズボンを上げようとする
(社会に馴染むように、という暗喩)
生徒は教師と闘い、そして警察に捕まっちまう
それでも十分でなければ、学校から追放されちまう
お前らは分かってくれるだろうが、奴らは違う
観察と参加。これが俺の先生
奴らが教科書の知識を俺らの頭に叩きこもうとしても、俺らには届かない
例えアディダスの3本ラインジャージを着てブレイクダンスをしていてもな
数学の授業に重要性を見出せない、金の数え方くらい分かる
結果として、仕事につけない奴らはギャングになったり強盗で生活を立てるようになってしまう
金を得られるようになるか刑務所行きか、校長は監視員みたいなもんだ
4年の刑期#6、アホな生徒は卒業できない
卒業しても俺らが医者や歯医者になれるという訳でもないが
<Outro>
マジで脳の無駄遣いだ
俺らは俺らのために言うぜ
学校は何も教えてくれないからな、この白人が作り上げた社会で奴隷や低賃金のハードワーカーになること以外は
白人社会で俺らは搾取されている
学校では俺らが抱えている問題の解決策なんて教えてくれないんだ
ゲットー(貧民街)から抜け出すこと、警官の残忍な行為を止めること、家賃を稼ぐ方法を
奴らが教えてくれる内容は、白人社会の作り方だ
だから俺らは問題を抱え、退学していくんだ
授業の内容は俺らに関係ないからな
学校に行けば、警官が俺らの荷物チェックを行う
これじゃまるで軍事基地かなんかにいるみたいだ
俺ら(黒人)が学校システムをコントロールできない限り、学校は俺らに関係ない
俺は教育が大好きだ
だけどな、教育が俺を教養してくれなければ、なりたい自分にもなれない
だから教育はくだらない
だから俺はこう言ってやる
この全学校システム、俺のムスコでもしゃぶってな!!
#1:白人労働者階級
#2:1950~60年代に活動していた黒人公民権運動活動家
#3:アメリカの歴史教育は一部(白人)に偏っている。stic.manは黒人観点の歴史を教えようとした。
#4:南北戦争以前、黒人の投票は3/5人分としかカウントされなかった
#5:アメリカでは小学校1年(1)から高校3年(12)までを通算で数える(通称K-12)
#6:アメリカの高校のほとんどが4年制
若者が学校教育に意味を見出せない問題は、ここ日本にも存在する問題であるが、歌詞中にもあるように、とりわけ有色人種にとって、アメリカの教育制度・カリキュラムが適していないことがこの曲からも窺える。このような問題の解決策として取られた一つの方法が人種・民族の文化に関連した教育手法(Culturally Relevant Pedagogy)であり、HHBEもこの手法に源流がある。HHBEは、アメリカの若者(とりわけ有色人種)に人気のある流行文化であるHip Hopを介すことで、学習効果の向上を図ることを目的に取り入れられ始め※3、現在では有色人種だけでなく、様々な人種が混在する授業でも取り入れられている。
多民族・人種国家であるアメリカならではの教育手法であり、アメリカの取り組みをそっくりそのまま日本へ輸入することが無理なのは百も承知である。しかし、「学校(での教育)は意味がない」などを主張するラップ・アーティストたちが日本にいることも事実であり、教育業界に従事する筆者としては耳の痛い話である。しかし、若者の間でHip Hopが普及し始めている今日だからこそ、若者の学習動機を高める、勉学へのきっかけを与える手段として、HHBEは日本の教育界にも新たな示唆を与えてくれるのではないだろうか。
次回はラップを活用した学習動機向上の実践事例を紹介する。
【同記事はアメブロに投稿した記事の再投稿である】
https://ameblo.jp/lit-hiphop/entry-12445507142.html
※1:Love, B. (2015) What Is Hip-Hop-Based Education Doing in Nice Fields Such as Early Childhood and Elementary Education?, Urban Education, 50(1), p.106-131
※2:Dead Prezとは、stic.manとM-1によってニューヨークで結成された社会派コンシャスラップ・デュオ。
※3:Runell, M., Diaz, M. (2007) The Hip-Hop Education Guidebook Volume 1. New York: The Hip-Hop Association Inc.