アートで世界を変える。フランス人アーティストJR、パリ個展「Tehachapi」レポート
アートで世界を変えられるのか?(Can Art Change the World?)
この壮大な問いを自身の活動で試しているのが、パリとNYを拠点に活動するフランス人アーティストのJR(ジェイアール)だ。
ハットとサングラスが彼のトレードマーク。市井の人々の顔を、世界中の建物や壁に貼り付ける作品に特徴がある。
JR Portrait(Source:JR Facebook Page)
日本では2013年にワタリウム美術館が彼の個展を開いたほか、2018年にはフランス映画監督巨匠アニエス・ヴァルダと共に監督を務めた、ドキュメンタリー映画「顔たち、ところどころ」(フランス公開は2017年)が配給された。
写真家、ストリートアーティスト、映画監督、社会活動家—いくつもの顔を持ち、世界中で活躍するアーティスト、JR。フランス・パリのペロタンギャラリーで行われた個展の模様を今回紹介する。
個展のタイトルは「Tehachapi(テハチャピ)」。米国カリフォルニア州の南部にあるエリアの名前だ。
2019年秋、JRはこの土地にある刑務所でプロジェクトを実行した。それは受刑者、過去の受刑者、職員など合計48名の巨大ポートレートを、彼らと共に刑務所屋上の中庭に貼り付けるプロジェクトだ。このポートレートは約338枚の紙から構成されている。
JR / Tehachapi, Nighttime, Triptych, U.S.A., 2019
JRは一人ひとりのポートレート写真を撮影。撮影の間、受刑者たちは刑務所に入るまでの自身のストーリーや、自らの生い立ちや思いを語っていた。
「最初はみんな恐かった(笑)」と語るJRも、受刑者や職員、過去の受刑者一人ひとりのストーリーを受け止めて、作品の共同作成に臨んでいく。彼は、「バックグラウンドは関係なく、私たちは人間だ。どんな理由があってこの刑務所にいようとも、人間である以上、変われると信じてる」と語りかける。
プロジェクトの様子を追ったドキュメンタリームービー、ドローンで撮影された中庭の上空写真や、作品を貼り付ける前後の様子を撮影した写真が展示されている。
JRと受刑者たちが共同で作業して作り上げたこの作品は、彼らの足跡でわずか3日間で消えていった。
2020年2月、JRは再びテハチャピに戻る。刑務所のすぐ外にみえるテハチャピの山にインスピレーションを受け、山の作品を中庭の壁にボランティアメンバーとともに貼り付けた。この作品は、今もなお残っているという。
JR / Tehachapi, Mountain, Pentaptych, U.S.A., 2020
私が感動したのは、JRの人を信じる力、また人を巻き込んでいき、アートを通じてポジティブな影響を周りに与えていることだ。最初はJRの説明に対して訝しげな顔をしていた受刑者たちも、このプロジェクトに関わり、自らのストーリーを語り出してからは明らかに目の色を変えていた。
もちろんドキュメンタリーとして多少エモーショナルな演出もあるだろうが、それでも「アートを通じて世界を変えられる」という彼の壮大なビジョンに、皆が心を動かされたことは事実だ。一人ひとりに向き合い、「生きる希望」をもたらした彼の姿に感動した。
また、構想・準備に数ヶ月〜数年かけながらも、作品は3日間でなくなる儚さと、それでも作品を作り続けるJRと彼のチームの情熱にも感銘を受けた。「生涯残る」作品ではないが、作品はなくなっても、この共同作業と心に残る記憶こそが「作品」なのであり、またこのプロジェクトの傍観者として鑑賞する私たちの心に強く残る思い出をうみだしている。この作風は、先日逝去した、梱包するアーティスト・クリストにも近いものを感じる。
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ペロタンギャラリーの地下の別室では、ルーブル美術館前のピラミッド30周年を記念して行われた、2019年のプロジェクトの模様も一部展示されていた。
JR au Louvre et le Secret de la Grande Pyramide, 29 Mars 2019, 11H06
まるでピラミッドが奥深く存在するように見える姿は圧巻だ。
JR au Louvre et le Secret de la Grande Pyramide, Diptyque
JRの個展は、ペロタンギャラリーパリで、10月10日まで開催している。JRの壮大なビジョンと、人生を変えようとする服役者一人ひとりの生き方、連帯感が生まれるアートプロジェクトの様子をぜひ見てほしい。
展覧会情報
JR「Tehachapi」
場所: Perrotin Paris / 76 Rue de Turenne, 75003 Paris
営業時間: 火〜土 11〜19時(定休:日・月)
会期: 2020年8月29日〜10月10日
展示の様子はPerrotin公式ページからも見れます。
(Text・Photo by Lisa Fujino)
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