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ココアの記憶
本日もお疲れ様です。
家から出ればあちこちすっかりクリスマスムード🎅🎄昨年のクリスマスは大学のハードスケジュールに追われた結果、40度の高熱を出しましたが、今年こそは健康に年越しできるよう一層気を遣って過ごしています。
寒くなると、ホットコーヒーに紛れて「ココア」の選択肢が浮かびます。そして思い出すのは温かい記憶。
今年もいつもと同じようにココアを飲みたくなりました。そしていつもと同じように思い出した小学2年生の冬の夜の思い出をnoteに書こうと思います。
小学2年生の冬。
私はあるスランプを抱えていました。
「字が綺麗に書けない」
手を怪我したわけでも、そもそもお習字を習っていたわけでもありません。ただただ自分が綺麗だと納得のできる文字が書けなかったのです。
当時の私の担任の先生は、板書もノートのコメントもとても綺麗な字を書く方でした。そして1番仲良しだった友人はお習字を習っていて、夏休みと冬休みのコンクールでは必ず入賞するほどの腕前。
私の母も学生の頃にはお習字で段を取っていて、連絡帳や学校に提出する書類に母が書いた字はいつも私が褒めてもらっていました。私にとって近い場所に「字を綺麗に書く」憧れが多かったのです。
宿題に出される漢字練習のプリントの裏面には、練習用のマスがあったのですが、そこに自主学習として習った文字で言葉や文を作って提出をすると、先生は普段よりもちょこっとご褒美をくれました。
そのご褒美はシールです笑。先生やあの子のように綺麗な字が書きたかった小学生の私は単純でした。
でも、それ以上に私にとって大切だったのはシールの横のアルファベット。
①A+, ②A, ③B+, ④B, ⑤C
この5段階の評価で”A+”をもらうことが私のモチベーションでした。
字の綺麗なあの子のシールの横には、いつもA+がありました。この時からすでに負けず嫌いで頑固だった私は、休み時間に漢字練習をするほどでした。
そしてこれが私にとって、人生最初の高い壁でした。
どんなに字を書いても書いても納得ができない。書いては消すの繰り返しで、国語の宿題に全く関係のない算数の数字や、自分の名前でさえも1文字書くのに何分も時間をかけるようになってしまいました。授業中に書く文字はそこまで気にならなかったようですが、「宿題の文字」は小学2年生の私にとっては綺麗に書かなくてはいけないものだったのだと思います。
思い出して疑いたくなるのは消しゴムの消費量。誰もが使ったことのある大きさの消しゴムを私はたったの1週間で使い切っていました。単純計算で1か月に4個です。
仕事終わりや、週末買い物に行く度に消しゴムを買ってくれていた母。あまりにも消費が早すぎるからと、もっと大きいサイズの消しゴムを買ってくれました。小学2年生が握るにはあまりに大きなサイズで、今見ても大きすぎでしょそれ!って笑うくらいの大きさです。クラスの友人達にも消しゴムの大きさに驚かれた記憶があります。
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普段使っていたのは真ん中、母が買ってきてくれたのは1番右
でも、そのくらい私は文字を納得のいくまで書いては消してを繰り返していました。時には同じ場所を消し過ぎてプリントが破けてしまい、仕事から帰ってきてすぐの父と一緒に学校に行って、担任の先生に新しいプリントをコピーしてもらったこともありました。
両親と先生で「本人が納得のいくまでやらせよう」と話をしてくれていたと後から聞きました。ご迷惑をおかけしていたにも関わらず、「また来たのね~」と毎回笑顔で対応してくださった先生には本当に感謝をしています。そして、綺麗な字で私の目標になってくださっていたことにも。
宿題が終わるのはいつも深夜。家族が揃う夕飯の前に私の宿題が終わることはめったにありませんでした。感謝しているのは私が自分で納得をして宿題を終わらせるまで、両親が見ていてくれたことです。
宿題が終わらないことで、両親が私を怒ったことはありません。でも、書けないことで私がイライラして怒ったり、泣いたりすることに対しては厳しかった記憶があります。
その寒い冬の夜、ふと見た時計の文字盤を今でもはっきりと覚えていて、ちょうど夜中3時を過ぎた頃でした。2年生の終盤になって難しい漢字が増え、いつも以上に宿題に時間がかかっていました。
母が「ちょっと休憩しようか?」と出してくれたのが温かいココアでした。
お気に入りのマグカップに入れてくれたココアはいつもの何倍もおいしくて、嬉しかったのを覚えています。母曰く、その日会社の同僚にいただいた「ちょっといいココア」だったのでメーカーなどはわからないそうなのですが、私にとっては忘れられない1杯です。
いつもは牛乳たっぷりのココアも、その日は牛乳を入れない大人の味。甘いけれど、ほろ苦くて、家の中にいても寒いと感じる体を温めてくれた母との思い出の味。
今年もココアを片手にいつもと同じように、あの時憧れの存在がいなかったら今の私はどんな字を書いていたのかな、将来同じように自分の子どもと向き合ってあげられるかな、なんて考えています。毎年同じ、でもそれが幸せで今年も1年お疲れ様でしたの合図です。
心を込めて字を書くことは今後もずっと大切にしたいと思います。私の書く字が好きだと言ってくださり、文字はその人を表すとおっしゃっていた方がいました。文字を褒めていただいたのに、なんだか私まで褒めていただけたような気持ちでとても嬉しかったです。きっと小学2年生の私が直接聞いたら宿題の「A+」よりも喜んだだろうなと思います。
最近は紙に文字を書く機会自体減ってしまいましたが、お手紙や日記を書くことも当時から変わらず大好きで、メモを取る時や、買い物リストも字を書くことに関してはアナログ派です。ちなみに、筆箱に入っている消しゴムは3年前に買ってから一度も変えていません笑。
大人になって誇らしく思うのは私の字を褒めてくださる方に対して「両親のおかげです」と胸を張れる時です。どんなに仕事が忙しくても、私のせいで睡眠時間が減ってしまっても、私の意思を尊重して、好きなだけ納得のいくまでやりなさいと見守ってくれた両親には頭が上がりません。できるだけ言葉にして感謝を伝えるよう心掛けているつもりですが、この時期だけは特にありがとうの気持ちが大きくなる季節です。
今年もココアの季節がやってきました。寒くなってきましたので、皆様もどうぞご自愛ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。