聞き耳を立てるわけではないけれど
最寄りのバス停、たまに予定時刻より早くバスが通ることもあって、いつも余裕を持たせて家を出る。
時間帯にもよるが、だいたい数人で待っていることが多い。
バス停のすぐ後ろのアパートから、20代と思われる若い女性が携帯電話で話をしながら出てきた。彼女もバスを待つようだ。
あれ……イタリア語。
わりに静かな住宅地で車の往来もそれほどないため、はっきり耳に届いてしまう。つまり、けっこう声が大きい。
イタリア語の特性か、イタリア人の特性か、いや、おそらくここがドイツということで「聞かれてもわからないだろう」と少し無防備になっていたのかもしれない。
抑え気味にしながらも、特有のジェスチャーもしっかり。
聞き耳を立てるわけではないが、どうしても聞こえてしまう。
その内容はけっこう激しいものだった。
彼女はどうも仲のよい女友だちと話しているらしい。
なんと彼女、共通の友人「ラウラさん」の彼氏と恋に落ちてしまったと言っている。というか、その彼氏に言い寄られた、という流れのようだ。
そんな男、いいのか?と思わなくもないが、縁は異なものというからまあとやかく言うことではない。
なにが起こったのか(そこはさすがにトーンを落としてはいるが聞こえる)わりと生々しい。困って混乱している様子の中に高揚感がにじみ出る。
まさかドイツで一緒にバス停を待っているアジア人がイタリア語を理解するとは思わないのだろう。
そんな状況で聞きつづけるものさすがに心苦しくなったが、「あの、イタリア語わかるんですけど」と話しかけたりするのは論外だし、ちらっと見てにっこり合図なんていうのもいやらしい。
いきなり離れるのもなんか違和感がないだろうか。
とはいえ平静を装うのも意外に難しく、なんだか不自然に固まる「地蔵モード」になってしまう。
なんとも気づまりな時間が流れるなか、名案が!
なにも捨てるものはないが、バス停に備え付けられているゴミ箱のほうに移動した。
ところが、なにを思ったのか、彼女も一緒にこちら方面に歩いてくる。
どうも私は「聞かれても内容はわからないであろう安全牌(もしくは地蔵)」と認識されているらしい。
その日はバスが遅れ、10分近く昼メロさながらの話を聞くことになった。
たまにちらっとその若い女性に目をやっていた反対側の青年も、もしかしたらイタリア語が分かったのではないかと思っている。
翻って、日本語話者がどこにいるかもわからないということでもある。
気をつけよう。昼メロ案件はないけれど。
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