家族なのに...
「家族なのに…」、と彼女はぽつんと言った。
息子の暴力から逃れ、一時保護施設から移送される車内。
車窓を眺めていた彼女。
警察からは高齢者虐待通報として行政機関に連絡が入った。
高齢者虐待防止法は養護者から受けるものと定義されている。
彼女は定年後も働き、十分な年金を受給していた。
身の回りのことは自分で行い、息子の食事も作っていたと言う。
「息子は今、どんな思いをしているのだろう…….。自分だったら、あんなことをして…後悔がある……。なんとも思っていないか…な」
警察官からは、息子が化粧瓶を頭に振り下ろしたと聞いていた。
言葉を返すべきか迷いながらも、少なくとも、いい気分ではないとは思いますが、と声をかける。
「あの…息子、働いているかどうか分からないですよね。知ってても、教えてもらえないか」
息子から金銭を要求されてはいないと繰り返し、
「アルバイトはしていたと思うんだけど」
彼女の夫は親の介護で田舎に戻ったまま疎遠になっているという。一人息子と二人で暮らし、それまでも暴力を受け自分で110番通報をしたことはあった。彼女は、自宅を離れる決心をしていた。
どんな時に暴力を振るわれたのかと尋ねると、
「お前の介護なんかするためにいるんじゃない、とか」
「あ、ここ昔働いていたところ。懐かしい」
車窓の景色を見ながら、彼女は少し柔らかい声音になる。
よく…決心されましたね、と思いがけず発していた。
「こういうことって、よくあるんですか?」
一瞬返答に躊躇した。
よくあるわけではないけれど、息子さんが五十代、六十代になってから離れるよりは、息子さんのためにもなると思ってもいいのではないですか?と答える。
「五十歳って!」
一瞬笑った彼女。すぐに真顔になる。息子は来年三十歳。定職につかない息子の行く末をまじかに感じられたのだろうか。
「家族なのに…」は、家族との関係を断つに至った自分自身に向けられたものなのかもしれない。