「ヴェルヌ条約」じぇねえよ(書きまつがい)

私がときどき書き間違えるものに「×ヴェルヌ条約」というものがある。
(以下,誤った語形を「×」印で示す)

世界のほとんどの国が加盟する,著作権に関する基本条約

Convention de Berne pour la protection des œuvres littéraires et artistiques
(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)

のこと。
正しくは「×ヴェルヌ条約」ではなく「ルヌ条約」であった。

ベルヌとは

この条約名は,条約が署名された町(スイス連邦の首都)の名前 Berne にちなんだもの。

この町の住民はドイツ語話者が圧倒的に多いようで,日本でも町の名としてはドイツ語名 Bern に由来する「ベルン」と呼ばれることが多い。

条約名の「ベルヌ」がフランス語名 Berne に基づいているのは,この条約がフランス語で書かれているからだと思う(のちに他言語の版も作られたようだがよく知らん)。

なぜ間違える

現在の私はうっかり「×ヴェルヌ条約」と書いても,「ん? どっちだっけ?」と改めて調べて「ベルヌ条約」と書き直すが,以前は間違えたままになっていたことがあった。

この間違いは,おそらく言語学で「過修正」(hypercorrection;過剰修正などとも)という現象だろうと思う。要するに「直しすぎ」のこと。

たとえば,「×ヴェルヌ条約」がまさにそうだが,原語が /b/ 音なのにヴァ,ヴィ,ヴ,ヴェ,ヴォで書いてしまう。
有名な例がフランス語の début に由来する「デビュー」を「×デヴュー」としてしまうこと。「×デヴュー」はかなり使われている。

この背景には,

日本語には /v/ 音が無いので,外来語として受容する際に /v/ 音を /b/ 音にする。表記もバ行の片仮名で行う。
しかし文字「ヴ」を用いてバ行と区別する表記も可能。
ヴを用いた表記には,原語が再現しやすいという利点がある。

ということがあると思う。

そこで,「原語が /v/ 音のものはなるべく仮名表記にヴを使う」という方針を立てることも可能になる。

私は,固有名詞に関しては(慣用が定着しているものを除き)「ヴ」表記でいきたい派。

それはいいのだが,脳内で「原語が /v/ のものはバ行表記をヴ表記に」と意識するあまり,/b/ のものまでヴ表記にしちゃうことがあるわけだ。

あの作家の名が干渉?

最近になって気づいたことがある。

私が何度も「×ヴェルヌ条約」と間違えてしまうもう一つの原因は,SF 小説の開祖とも呼ばれる作家のジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)の名前に引き摺られたことであるらしいと。

本をあまり読まない子供だったが,家にあった『海底二万里』をどきどきしながら読んだことを覚えている。もちろん子供向けに易しく抄訳したやつ。
ノーチラス号の謎に満ちた船長の名にあやかって Nemo のペンネームを使ったこともあるし,ラテン語のそれをエスペラントに訳した neniu は今もメールアドレスに使っている(ラテン語は全く知らんので,nemo が neniu と同じなのか自信はない)。

いま軽く調べたら,1960 年代の訳本では作者が「ベルヌ」となっているものが多いようだ。
私が読んだのもおそらくそうで,のちの私の頭の中には「ジュール・ベルヌ」→「ジュール・ヴェルヌ」という意識があったと思う。

タイトル画像

タイトル画像は「ベルン」で検索して出てきた HanaKokoro さんのお写真。どんな町か全然知らなかったけど,これを拝見して「ベルン,めっちゃステキやん!」と思い,使わせていただきました。

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