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星とハンス|#夏ピリカグランプリ
ハンスはときどき、夜中に家を抜けて草原に行き、寝っ転がって星をながめるのが好きだった。
両親はハンスが幼い頃に亡くなっていた。祖父母に育てられたが、その祖父母も亡くなって数年経つ。だから、夜中に家を出て、草原で夜明かししても誰にも怒られない。「今日は冷えるな。」と、自分で自分の体のことを注意するくらいだ。
「今夜も星がきれいだ。」
昼間、大工の親方に「お前は何でそんなに不器用なんだ。」と叱られたり、「彼女はまだかい?」とパン屋のおばさんに聞かれたり、ムシャクシャしたことを忘れるため、大地に寝そべって草の香りに包まれる。
「北斗七星はあそこか…」
北極星を中心に、くるりと回る星々たち。時が経つにつれて天頂から地上へ、逆に地上から天頂へと動いていく。ハンスは、そんな星の中で杓の形をした星座、北斗七星が好きだった。
夜空をながめながら、祖母の語り聞かせてくれた物語を思い出す。
日照りが続き、病気になってしまった母のため
水探しの旅に出る娘。そんな娘の前に、水の
入った木の杓が現れる。帰り道途中喉が渇いた
犬に水を分けたり、母に水を飲ませた後現れた
老人に水を分けると杓は宝石が7つついた金の杓
に変わる。母は元気を取り戻し、水も枯れること
がなかった。娘が喉を潤すと、杓は天にのぼり
北斗七星となった。
ハンスは満天の星の下で、天国で幸せに暮らしているであろう父や母たちのことを思うのだった。北斗七星が頭上に来ると、自分に幸せのかけらが降り注がれる…そんなことを夢見ながら。
気がつくと、そばに何かがいる気配がした。
人…ではない、狼だった。不思議と怖くはなかった。
「僕を食べに来たの?」
ハンスは声をかけた。
「今は腹がいっぱいだから食わん。お前こそ何をしている?」
「星を見ているんだよ。きれいだろう?」
「上の方でピカピカしているやつか。あんなもんが好きなのか。」
「一晩かけて空をぐるっと回るんだよ。面白いだろ?」
狼はハンスの隣に座り、そして黙って一緒に星を見上げた。
星が1つ流れた。
「あ…」
ハンスと狼は同時に声をあげた。そして、狼は星の流れた先に向かって走り出し、やがてキラキラするものをくわえて戻ってきた。
「星を拾ってきたぞ。」
それは、小花の絵があしらわれた小さな鏡だった。
「星は食えないし、面白くもない。帰るよ。」
「僕は君に会えて嬉しかったよ。ありがとう。」
ハンスは狼と別れて家に帰った。
鏡には、花屋の娘の名前が書かれていた。翌朝、届けに行くと娘は喜び、そして…
「この鏡は、大好きなおばあちゃんからもらった大切な鏡なの。本当にありがとう。そして、良かったら仲良くしてくれる?」
ハンスは、幸せのかけらを浴びた気持ちになった。
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