発達障害 通院までの道のり〜低学年
幼児期(0−6歳)
多動傾向は見られましたが、言葉も早く、
人見知りをせず、よくいる活発な子でした。
病院で待つのが苦手だったので、朝一番目
に診察してもらえるように予約をしたり
朝一に病院に行って、車で待機したりしてました。
スーパは、カートに乗っても体を乗り出し
カートから降ろしたら、色々な場所へ行ってしまうので
ネットスーパ利用か、土日にまとめてどちらか
一人が買い出しに行くようにして、極力
一緒に連れて行きませんでした。
保育園の先生、幼稚園の先生から指摘された
事はありませんでした。そう思っていても
言えなかったのか、そもそもそう思って
いなかったのかはわかりませんが。
親御さんによっては、先生方が指摘して
怒りだしてしまう方もいると聞くので。
働いていたので、日中
私が見ていない時間があるにもかかわらず、
それ以外の時間で見ているだけでも
育児がとにかく大変でした。
周囲に伝えても、
「第一子だから大変なのはあたりまえ」
「まだ慣れていないからだよ」
「皆、大変だよ」
と言われました。
しかし、気になったので、書籍を読み
ADHDではないかと思うようになりました。
心療内科にWISK検査の問い合わせをしたら、
「まだ幼すぎるので(当時4歳)
小学生になってから受けた方がいいですよ」
と言われました。
私の人生の中で、病院にお世話になる事が
少なかったので、「そうなんだ」と思い
あまり疑問をもたず鵜呑みにしてしまいました。
間もなく、小学生になるので、
年長の冬に再度問い合わせたら、
診察待ちに1年から1年半かかると言われました。
勉強不足と言われればそうなのですが。
それなら、最初の問い合わせの時に、
診察待ちがそれ程かかるという事を
教えてくれれば、その期間を考えてもう少し
早く連絡したのにと思いました。
そんな経緯があったので、3つの病院の
診察待ちをしました。
どの病院も大体待つ期間は
1年から1年半でした。
小学校(低学年)
母の中では、疑いはあるのですが、
先生からの指摘もなく、発育検査や、就学時検診で
特に指摘もされないので、普通級に進みました。
幼稚園で、多少お勉強もする所
だったので、椅子に座って何かをすると
いう事を幼稚園からやっていたので、
立ち歩いてしまう事はなく、
授業を受けてました。
しかし、やりたくない宿題をやらなかったり
気分が乗らないと宿題をやらないと
いう事はありました。
その日の宿題が5分で終わる時もあれば
1時間過ぎても終わらないいう事はありました。
お友達関係も、喧嘩はありますが、
定型発達の子も普通にするような程度の
喧嘩でした。
1年生の冬になってA病院から連絡があり
診察とWISK検査を受けることになりました。
その結果、ADHD(多動、衝動型)と
伝えられました。
診断が出て、ショックはあまりありませんでした。
大変だと思っていた原因がはっきり分かったので、
正直ほっとしました。
月1度の診察と、投薬治療を小学2年生から開始しました。
通院には、投薬治療前提で進める病院でした。
投薬治療に抵抗はなく、それで少しでも症状が緩和
される事の方が、家族にとって必要でした。
薬の種類について
治療開始の時は、コンサーターとエブリファイ
を服用しました。
コンサータ服用により、周囲から
「元気がなくなった」
と指摘されるようになりました。
大好きな遊園地に行った時に
あまりはしゃがなかったので
週末は飲んだり、飲まなかったり
していました。
副作用は、人によりそれぞれですが、
食欲減退が顕著に出て、給食がほぼ
食べれなくなりました。
それもあり、学校の先生には
投薬治療の件を報告しました。
「残さず食べましょう」
的な事が今だに根付いているので、
クラスメイトの中には、
給食を食べない娘に色々言ってくる子
も中にはいました。
先生に注意されても、
先生のいないところで、言ってくる子も
もちろんいました。
薬が効果が切れる夜には、食欲がわくので
遅い時間でも、「食べたい」
と言った時には、用意して、そこで
栄養をとって調節してました。
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