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あなたの「探究」がきっと見つかる  高校生のためのAIの事例で学ぶ「探究」のポイント解説(15)

【特徴】
・「総合型選抜」に使えます。
・自分の才能が見つかります。
・自分軸を鍛えることができます。
 

某県立高等学校 再任用教諭 テラオカ電子







付記

 

1 AIを学ぶ目的の定義について


本稿では、AIを学ぶ目的を、ある企業の代表者の発言とマルクスの仮設を取り上げ、社会主義国での悲惨な事実を紹介し、そのような歴史の過ちを繰り返さないためと定義した。このストーリーは筆者のオリジナルであるが、これを授業に使おうと考えたとき、次の事例を思い出した。それは、2016年7月に初めて18歳選挙が行われた際、横浜市青葉区の投票所では18歳の投票率が全国平均を大きく上回ったため、青葉署が区内の県立高校3校に電話し、高い投票率について「政治的中立性」の観点からどのように生徒に指導したかを尋ねた事例である[15]。

本稿で述べたこの定義に関して、政治的中立性を保持していることは確信しているが、十分批判は考えられる。正直、背筋に冷たいものを感じた。しかし、生徒に対して政治的中立性を踏まえた上で、政治について考えるきっかけとなる「材料」を示すことが重要と考え、このストーリーを生徒に提示することにした。

授業でこの定義を説明すると、生徒の中には、笑いながら「けしからん」と言う者がいる。そこで、この定義の説明の続きとして、以下の話[16]をしている。

スターリンがソ連の最高指導者だったとき、フルシチョフは共産党のリーダーだったが、スターリンの死後、フルシチョフがアメリカで記者会見を行った時のエピソードである。

ある記者が、メモで「あなたは今日、前任者スターリンの支配の恐ろしさについて話をしましたが、当時、あなたは彼の仲間で、側近の一人でした。その間ずっと何をしていたのですか」と質問しました。それを読んだフルシチョフは、烈火のごとく怒り、聴衆に向かって、「誰がこの質問をした」、「誰だ」と叫びました。答える者はなく、記者クラブは静まり返りました。そして、フルシチョフは、少し間をおいて静かに言います。「いまの皆さんと同じことを私はしていたのです」と。

このエピソードは、リーダーシップの難しさを述べたものですが、授業では、これ以上のことは言わないことにした。このエピソードの解説(「私たちは、他人に同調し、何もしないことを正当化し、見て見ぬふりをしてしまいがちである。汚職を暴く告発者、責任を自ら進んで引き受ける真のリーダーはなかなかいないということ」)は、生徒によっては、浅はかな判断を起こさせる危険があるので、別の機会に生徒に話したいと考えている。

 



2 教材のYouTubeへの公開


本稿で紹介した教材(電子工作)は、YouTubeサイト内で「テラオカ電子」で検索すれば動画を観ることができる。2020年5月現在で、28セットの電子工作を公開している。例えば、「感情分析:笑顔がいいねと言われたい」は、下記URLで動画を公開している。

 


このようなYouTube等のインターネットを使って不特定多数に情報を公開することは、炎上などのリスクが少なからず懸念されることから好ましくないという意見がある。しかし、こうした情報を公開することは生徒の知識と意欲を向上させる。そこで筆者は、一部の不適切な者が起こす少ないリスクは筆者の責任において許容し、生徒の効果の方がより重要と考え2018年8月より公開に踏み切った。

生徒に対しては、動画を予習と復習に使って欲しい訳であるが、以下のように説明している。

江戸時代、和算が盛んであった。各地に和算塾があり、各塾は互いに競い合っていた。また和算を教えながら地方を旅する者のもいてネットワークも形成されていた。各塾は自分たちの技を自慢したり、優秀な門下生を募集したりするため、オリジナルの問題を神社に奉納していた。この「テラオカ電子」も当時の和算塾と同じ気持ちである。「YouTube神社」に「奉納(アップロード)」しているのです。

 



3 工業高校生に適した教材について


高校生にAIについて何をどのように指導するかに関して、学習指導要領に記載はない。先行研究事例も少ないが、春日井は、論文[17]の中で、主要な機械学習の手法を現行の学習指導要領の学習内容で習得できるかどうかを整理し、授業「情報の科学」で、言語処理であるTF-IDEと単純ベイズ分類器の実践を述べている。また、間辺らは、論文[18]で、今後、教科「情報」でのプログラミング学習で標準になりつつあるPythonの授業導入事例を紹介している。

これらから推察すると、普通科高校では、教科「情報」のプログラミングの流れを受けて、PC上でPythonを使った機械学習の課題が行われていくと予想される。一方、工業高校は、C言語の履修が標準になっている。工業高校もPythonに移行していくとも考えられなくはないが、筆者は、工業高校の「ものづくりというハードウエアに近い」学習内容からC言語を基本に機械学習の学習を進めていくのが現実的だと判断した。

そこで、本稿では、PICマイコンにC言語で機械学習を実装した電子工作の教材を準備した。単にPC上で機械学習をシミュレーションするのではなく、実機で機械学習を体験できるメリットがあると考えている。なお、授業の導入に使った教材「感情分析:笑顔がいいねと言われたい」はC言語ではなくPythonを使って実装している。

 



4 ニューラルネットワークの技術論点の説明


実装したニューラルネットワークのパラメータは、筆者が算出した。これは、機械学習における「学習」の理論が数学を用いているため高校生にとっては難解であったためである。そこで、ニューラルネットワークの「学習」について生徒への指導をRaspberry Piで実演しながら行った(写真1)。具体的には、技術論点を以下のように説明した。

 


1)学習に使ったデータの説明


機械学習のライブラリであるscikit-learnのdatasetsモジュールの手書き数字のデータを使った[12]。このデータは43名分の手書き数字が1797個ある。それぞれ8×8ピクセルで、文字の濃さが16階調で表現されている。今回の学習では、階調が8レベル以上を「1」、未満を「0」に加工して行った。

 

 

2)活性化関数の説明


活性化関数は、ニューロンを興奮させるための関数と捉えることができる。この活性化関数により、ニューラルネットワークの表現が豊かになる。中間層で使ったシグモイド関数は微分が扱いやすく、ニューラルネットワークで古くから使われている。出力層で使ったソフトマックス関数は分類問題に使われるもので、ニューロンが対応する枠に分類される確率を表現する。

 

3)学習が進むとはどういうことかの説明


出力と正解(ターゲット)の違い(誤差)が小さくなることである。この誤差(損失関数)について、本研究のニューラルネットワークでは公差エントロピー誤差を使った。これは正解から離れるほど誤差が大きくなり、出力が正解に近づくにつれて誤差が0になる。従って、出力値と正解値の隔離が大きい時に学習速度が速い利点がある。本研究のニューラルネットワークの学習における損失関数の変化を写真2に示す。学習が進むにつれて減少していることがわかる。

 

4)訓練データとテストデータの区別の説明


データの全てを使って学習するのではなく、訓練データとテストデータに分割する。訓練データはネットワークの学習に用い、テストデータは学習結果の検証に用いる。

 

5)隠れ層のニューロンが8個の理由の説明


隠れ層のニューロンを増やせば増やすほどニューラルネットワークの表現は向上する。しかし、重みやバイアスの数が増える。そこで最小のニューロン数で、ある程度の精度のニューラルネットワークにすることを考えた。ニューロン数を5(重みとバイアスの合計:385)、8(610個)、11(835個)個の場合で学習を行った場合のそれぞれの正解率は、それぞれ約86%、91%、92%であった。これらから、ニューロンが5個では正解率が低いが、8個と11個ではそれほど差がないことから本教材では隠れ層のニューロン数を8個とした。

 



5 本研究の位置づけ


本研究では、工業高校生のためのAIを学ぶ授業を生徒のアンケートによるイメージと学びの意識から提案した。ここでは、この提案を「AI時代の教育」の論点からその位置を確認する。

藤川の論文[24]によると、「AI時代の教育」の論点は、「AIが普及した社会を生き抜くために重要なのはどのような能力なのか」、「AIの普及等をEdTechという形で教育における技術革新に活かすことができるのか」、「小学校に導入されるプログラミング教育は AI 時代の人材不足に対応したものとなるべきか否か」の3つがあり、これらの論点は互いに関連しているという。

ここでは、議論を進めるため「AIが普及した社会を生き抜くために重要なのはどのような能力なのか」を取りあげる。ここには、学校教育の方向性として、「論理的(創造的)な新たな教育への改革」と「これまでの延長で人間らしさを重視」があるとされる。そして、この軸に乗る事例として「新学習指導要領」、「岡田斗司夫」、「EdTech」、「新井紀子」の4つを上げている。

「新学習指導要領」は、従来から行われてきた「人間の学習」を重視するものである。感性を 働かせたり、目的を設定したり、表現を工夫したり、納得解を見いだしたりすることを、人間の「強み」とし、「人間の学習」を重視する。人間とAIとを対立的にとらえ、AI にできないことを人間が行えるようにするという論理である。

「EdTech」は、教育のあり方を改善していくためにAIを含めた情報技術を活用すべきとする。就労状況の変化を「与えられた仕事をこなす」労働からの「解放」と規定し、画一型の教育から学習者の多様性に対応した教育への移行のためにAIを活用して、創造的な課題発見・解決力を図るとする。

東ロボプロジェクトの「新井紀子」は、AI にできることは計算すなわち論理、確率、統計だけと定義する。それゆえAIに苦手な「高度な読解力と常識、加えて人間らしい柔軟な判断が要求される分野」が人間に求められる仕事であるという。しかし、中位の高校の半数以上が内容理解を要する読解ができていないことを自身のリーディングスキルテストで明らかにした[25]。これでは、将来、AIにはできない仕事ができる人材が不足し、企業が人手不足になる他方で、AIで仕事を失う失業者が社会に溢れると予測する。それゆえすべての生徒が基礎的読解力を身に着けることが必要だとする。

一方、「岡田斗司夫」は、すべての者がリーダーになる必要はないとし、人口の9割以上を占める「普通の人たち」は、今後20年から30年後の未来に仕事がなくなっても不思議はないので、少数のリーダーたちについていくことが、多数の「普通の人たち」が「生き残る」ために必要と主張する。創造性・読解力より人間関係を重視する。

ところで、かつて本校の学年目標に、「可愛がられる人になる」というのがあった。これは、筆者を含めて教員の間で支持されたが、人間らしさを重視したものであったと言える。この時、筆者は、生徒に「可愛がられれば、給料も上がってそれに越したことはないが、可愛がられなくても悲観するな。それが普通で、可愛がられたらもうけもの程度だと思ってください。」と伝えた。生徒の中には、自分に自信が持てないものも多いと推察したからである。また、現在、中日新聞(関東地区では東京新聞)の朝刊で平野啓一郎の『本心』という小説が掲載されている(2020年6月28日現在287回)。ここでは、近未来の貧困の青年が富豪に気に入られる話が描かれている。そこでの鍵は、青年の「プライド」と「真面目さ」である。

本研究では、これらを踏まえて、工業高校生にとって良いと思うAIを学ぶ授業をデザインした。具体的には、まず、共感は大切である。「笑顔がいいね」と「MyNIST」の集合知の教材で具現化した。市民として社会の監視ができるよう歴史と情報リテラシーを入れた。AIの限界を理解できるようにAIは単なる関数計算であることを意識させた。将来、生徒は、技術者の補助になる可能性もあるので、技術者の担当内容を理解するため設計ステップを説明した。最後にプライドと真面目さを持って欲しいので、AIを学ぶ意欲の喚起に努めた。



参考・引用文献

 

[1]日本ディープラーニング協会監修,“ディープラーニングG検定公式テキスト”,2019,翔泳社

[2]苅谷剛彦,“学校って何だろう 教育の社会学入門”,2009,ちくま文庫

[3]藤原和博,“「よのなか」入門”,2003,三笠書房

[4]日本経済新聞,“「AIで全ての産業が再定義」ソフトバンク孫氏講演”,2018,

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33140970Z10C18A7X30000/ 

(2020年5月31日最終確認)

[5]岸見一郎,“本をどう読むか 幸せになる読書術”,2019、ポプラ社

[6]バルバロッサノート,“世界史虐殺者ランキング”

http://barbarossa.red/slaughterer-ranking/ (2020年5月31日最終確認)

[7] JellyWare株式会社,“OpenVINO™でゼロから学ぶディープラーニング推論” https://jellyware.jp/movidius/ (2020年5月31日最終確認)

[8]後閑哲也,“PICと楽しむRaspberry Pi 活用ガイドブック”2017,技術評論社

[9]グッドデザイン賞2012,“情報家電 [ハピネスカウンター]”

https://www.g-mark.org/award/describe/39082 (2020年5月31日最終確認)

[10]森津太子,“社会・集団・家族心理学(‘20)第04回 認知と感情”, 放送大学

[11]涌井良幸,涌井貞美,“Excelでわかるディープラーニング超入門”,2018, 技術評論社

[12]我妻幸長,“はじめてのディープラーニング”,2019, SBクリエイティブ

[13]涌井良幸,涌井貞美,“ディープラーニングがわかる数学入門”,2018, 技術評論社

[14]松永由弥子,角替弘規,野崎英二,“多様化する社会における若者の進路形成に関する一考察”,2020, スポーツと人間 第4巻 第1号

[15]尾木直樹,“取り残される日本の教育”,2017, 講談社

[16]タル・ベン・シャハー,成瀬まゆみ訳,“ハーバードの人生を変える授業2”, 2016, だいわ文庫

[17]春日井優,“高等学校における機械学習についての指導の可能性と授業実践”, 情報処理学会研究報告 Vol.2018-CE-143 No.19

[18]間辺広樹,長島和平,並木美太郎,長慎也,兼宗進,“Cの学習経験を持つ高校生へのPythonの授業導入事例”,「情報教育シンポジウム」2019年8月

[19]佐藤頌太,“AIリテラシーを養う授業実践の開発 -中学生が機械学習を用いた課題解決を行う授業実践を通じて-”, 人工知能社会における教育に関する実践的研究(2019)千葉大学教育学部 人文公共学府研究プロジェクト報告書第346集

[20]中井悦治,“TensorFlowで学ぶディープラーニング入門”,2016, マイナビ出版

[21]WebBigData, “Google Photosが黒人をゴリラと誤認した件”

https://webbigdata.jp/ai/post-244 (2020年5月31日最終確認)

[22]毎日新聞,“犯罪予測システム京都府警、全国初の導入へ”,

https://mainichi.jp/articles/20160210/k00/00e/040/210000c (2020年5月31日最終確認)

[23]茨木拓也,“ニューロテクノロジー”, 2019, 技術評論社

[24]藤川大祐,“「AI時代の教育」に関する論点 -キャリア教育とプログラミング教育のあり方を中心に-”, 人工知能社会における教育に関する実践的研究(2019)千葉大学教育学部 人文公共学府研究プロジェクト報告書第346集

[25]新井紀子,“AIに負けない子どもを育てる”,2019, 東洋経済新報社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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