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事例で学ぶ高校「探究」の教科書(8)

あなたの「やりたいこと」がきっと見つかる
事例で学ぶ高校「探究」の教科書 
みんなのギモン編

 
 
【特徴】
・「総合型選抜」に使えます。
・自分の才能が見つかります。
・自分軸を鍛えることができます。
 
 
 
 
            某県立高等学校 再任用教諭 テラオカ電子 
 
 




第5章 地磁気に興味ありますか?


「フラックス・ゲート型センサによる地磁気測定 -磁界の大きさに対する出力電圧の線形性の改善-」の探究活動


 普通科高校では、電気と磁気を物理で学ぶと思います。工業高校では、「電気回路」という科目でこれを学びます。本章では、この電気と磁気を学ぶ教材を扱った探究活動を紹介します。2016年度に行った活動です。物理に興味がある方には参考になると思います


 ところで、皆さんは、地磁気に興味や関心はありますか? 私は、小学校の遠足の時、友だちの水筒のコップの頭に小さな(直径1cmより小さい)コンパスが埋め込まれていたのを見て、自分も欲しくてたまらなくなり、母親にせがんで買ってもらったことがあります。そして、それを見ながら、いろいろ空想していました。しかし、実際に使ってみると、コンパスの中に水が入ったりして、実用的ではないものでした。あくまでも「ファッション」なのでした。でも、磁気に関しては、これ以降、興味の対象であり続けました。なので、この磁気について、いつか授業「課題研究」で扱いたいと考えていました。そして、ようやく実現できたのが、この探究活動です。


 では、生徒の研究論文を引用しながら紹介します。


 なお、生徒たちが、サイエンスコンテストで研究発表した内容を私が代読した形ですが、YouTubeで一般公開しています。以下のリンクから動画を視聴できます。見て頂けると後の話が良く分かると思います。


【テラオカ電子:「フラックス・ゲート型センサによる地磁気測定」(2016)を公開します。】

 



【0.タイトル】


 
フラックス・ゲート型センサによる地磁気測定
-磁界の大きさに対する出力電圧の線形性の改善-
 
 



【1.研究の背景】


 私たちは、高齢者の能力開発のための電子ゲーム機器を開発している。今回は運動ができるゲームを開発することになった。運動の一つとして回転運動を使う。そのためには回転運動をセンサを使って検出する必要がある。そこで、私たちのチームは、回転を検出できるセンサの研究に取り組んだ。


 本報告では、回転の検出のために、フラックス・ゲート型磁気センサを製作し、その出力電圧の線形性の評価について述べる。
 




【2.研究目的】


 回転の検出には、地磁気センサとジャイロセンサがある。特徴として、地磁気センサは絶対方位が得られ、ジャイロセンサは相対角度を得ることができる。今回は、電子ゲーム機器の使い方から絶対方位が得られる地磁気センサを採用した。

 磁気センサを調べると、図1に示すものがある。
 




 この中で、センサを購入すれば使えるものを除いて自作できるものは、フラックス・ゲート型であるので製作しようと考えた。そこで、フラックス・ゲート型センサについて書籍やインターネットを調査した。しかし、回路的な記述がなく参考にならなかった。そんな時、顧問の先生に相談したところ、昔のナビゲーションシステムの方位検出に地磁気が使われていたという情報を得た。そこで、昔の特許情報を調べればヒントが得られると考え、特許庁の特許検索システムであるJ-PlatPatで調べた。その結果、公開特許公報『磁気方位検出装置』(特開平6-241808)を参考にすることにした。


 今回の目的は、この特許を参考に、パーマロイの板にエナメル線を巻いてセンサを自作し、検出回路を組み立て、高齢者向けの電子ゲーム機器の回転運動検出センサを製作することである。また、磁力の強さとセンサの出力電圧の関係および実際の地磁気の出力電圧について評価を行う。
 





【3.理論】


1 地磁気について


 地球磁場は北緯50°で20μT(200mG)、赤道で31μTとある。従って、中部地区(北緯35°)では25μT程度と推測される。また、赤道付近では、地球の磁場は地球の表面にほぼ平行であるが、そうでない日本では伏角も考慮する必要がある。ちなみに、地球磁場の発生は未だに解明されていないという。仮説では地球内部深く互いに移動している物質の非常に緩慢な循還流が重要な役割を果たしている(ダイナモ理論)と言われている。
 

2 フラックス・ゲート型磁気センサの原理


 以下に、私たちが製作するタイプのフラックス・ゲート型磁気センサの原理について説明する。
 

 強磁性体に磁界Hを加えたとき、強磁性体内の磁束密度Bの変化のモデルを図2に示す。この曲線を磁化曲線という。
 


図2 磁化曲線と透磁率曲線



補足:
強磁性体(きょうじせいたい)とは、鉄、ニッケル、コバルトなどの外部から磁力を与える事で自身も磁力を帯びる性質の事を指します。外部の磁力を取り除いたとしても、強い磁力が残る物質の事を指します。磁石との違いは、外部から与えられた磁界を金属そのものが保持できるか否かです。
 
 


 Hの増加とともに、はじめのうちBは直線的に増加するが次第に飽和する。これは、強磁性体は分子磁石と呼ばれる小さな磁石で構成され、磁界Hが0のとき分子磁石はばらばらになっている。


 しかし、磁界が加えられると、その強さに応じて分子磁石は磁界の方向にそろう。磁界の強さがある強さに達すると、分子磁石が全部そろってしまい、それ以上磁界の強さHを大きくしてもBは増加しないというモデルで考えることができる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

補足:
この「分子磁石」のモデルは、有用です。以下のような問題も予測することができます。

問題:棒磁石に鉄板がくっ付いています。鉄板の下のクリップ(鉄)の内、鉄板にくっ付くのは、
A,B,Cのクリップの内、どれでしょうか?


 

解答:
正解はAのクリップです。以下のように、鉄板内の分子磁石が磁化されます。そのため、鉄板の下のクリップBやCの所へは外部に磁力が出ません。Aのクリップの所だけが、左端の分子磁石により磁力が外部に出るため、その磁力により、Aのクリップが磁化されて、鉄板にくっ付きます。この例から「モデル」で考えることの有効性を感じてもらえればと思います。
 

 


 次に図3に示すように、強磁性体にコイルを巻き電流(励磁電流)を流す場合について考える。




  図3の左のように励磁電流を流さない場合、強磁性体に外部磁界Hが加わると磁性体内部に磁束密度BがHの強さに応じて増加する。
 

 一方、右のように励磁電流を流して強磁性体を十分に磁気飽和した状態のときは、外部磁界Hが加わってもBは増加(変化)しない。フラックス・ゲート型磁気センサでは、この励磁電流のON、OFFを高速に切り替えて外部磁界HをBの変化として検出する。
 

 次に図4に示すような私たちが製作するリング状の強磁性体を考える。励磁電流をONさせた場合、リングの上と下では発生する励磁電流によるBの向きは互いに逆になりキャンセルされるので、図のような検出コイルには電磁誘導電圧は発生しない。
 



 ここで図4の左のように励磁電流がOFFのときは、外部磁界Hが加わるとBが発生する。しかし右の図のように励磁電流がONで磁気飽和している場合には、外部磁界Hが加わってもBは発生しない。従って、励磁電流を高速でON、OFFを切り替えると検出コイルには外部磁界Hの強さに応じた電磁誘導電圧が発生する。
 

3 検出回路の原理


 次に検出回路について考える。図5に示すような零位法で回路を構成する。

 

動作は、
①    検出コイルで電圧が発生する。
②    直流カットコンデンサCを通して交流成分が検波、S/H(サンプル・ホールド)回路をへて積分増幅される。
③    V/I(電圧‐電流)変換回路で出力電圧に応じて電流が検出コイルに流れる。
④    検出コイルに流れる電流は外部磁界を打ち消すように磁界を発生させる。
⑤    外部磁界と検出コイルに流れる電流がつくる磁界が釣り合うところで落ち着く、である。
 

 この回路構成にすることで、外部磁界の大きさは、それを打ち消す電流の大きさに対応するので、①磁性体の透磁率の大きさのばらつきによる出力感度のばらつきの影響がなくなる。②磁性体の磁化特性の非線形性による出力特性の非線形性が改善される。③外部磁界のダイナミックレンジを大きくとれる。④センサの感度をV/I変換回路の定数で決めることができる、という利点がある。
 


補足:

ここで紹介した「零位法」は、フィードバック制御と言われるものです。この方法は、制御を安定できるので、様々な分野で使われています。重要な考え方ですので、工学に興味のある方は調べてみてください。
 




【4.設計・製作】


 強磁性体には透磁率の高いパーマロイ合金(PLS020-100-140:プラスコート株式会社販売)を使った。
 

 製作したセンサの外観を写真1に示す。センサのパーマロイ合金の外形(コア)の大きさは、70×50mmで、t=0.2を2枚重ねた。内径は、40×20mmである。

 


 


 
①   センサ励磁巻線
センサの励磁巻線は250Tにした。巻いたエナメル線の径は、0.40mmである。使用したパーマロイのデータシートによると飽和磁束密度は、0.77Tである。
 

 初透磁率は、30,000、最大透磁率は、400,000であるが、飽和時の透磁率は不明である。仮定として、飽和時の透磁率を10,000とした。
 

 励磁電流を0.05A、磁路の長さl=0.18mとすると、磁束密度Bは、
 
B = μH = 10000×4π×10-7×H
= 10000×4π×10-7×250×0.05/0.18
= 0.87 [T]
 

 となり、飽和磁束密度0.77Tを超えているので、この条件で十分飽和させることができると考えた。
 


②   センサ検出巻線
 センサの検出巻線は400Tにした。巻いたエナメル線の径は、0.26mmである。
 

 検出巻線に流す最大の電流を0.01A、コイルの半径を0.025mとすると、円形コイルの中心に生じる磁界で近似すれば、磁界Hは、
 
H = 400×0.01/(2×0.025) 
    = 80 [A/m]
 
となる。
 

 これが外部磁場に対抗するので、磁束密度Bは、
 
  B = μ0H = 4×π×10-7×H
= 1.257×10-6×80
= 1.0056×10-4 [T]
   = 100.56 [μT]
 

 となる。従って地磁気の約4倍程度の外部磁場を検出できる
 


③   検出回路
 実験に使用した評価ボードを写真2に示す。回路の定数を検討しやすいようにブレットボードを使用した
  



 
 励磁電流のON、OFFの切り替え周波数は2kHzとした。検波、S/H(サンプル・ホールド回路)および、V/I(電圧・電流)変換回路は、オペアンプで構成した。V/I変換回路の変換率は、約5[mA/V]である。
 




【5.評価】


 写真3に示すような外部磁界を発生させるソレノイドコイルの中心にセンサを置き、ソレノイドコイルに電流を流して、センサの出力電圧を測定した。出力特性の結果を図6に示す。



 実験結果から、良い線形性を示していることが分かる。グラフの左右端で上端と下端にクリップしているのは、センサの検出コイルに流す電流が、オペアンプで構成されたV/I変換回路の変換出力レンジを超えたためである。
 

 また、ソレノイドコイルの線を巻いた長さは、0.08m、巻き数は、40回である。この時に発生する磁界の強さHは、流す電流をI[A]とすると近似的に
 
H = 40×I/0.08 [A/m]
 
となる。磁力に換算すると


B = 1.257×10-6×H
= 6.258×10-4×I [T]
 

 となる。この値と実験結果から求めた線形近似式から、6.258×10-4/6.4 = 0.978×10-4 となるので、センサの出力電圧1Vは、外部の磁力0.978×10-4Tに対応していると考えられる。
 

 図7は、ターンテーブルを使ってセンサを回転した時のセンサの出力電圧の結果である。出力電圧は、1.84Vから2.51Vに変化していた。この差、0.67Vから、地磁気の磁力は、
 
0.67×0.978×10-4/2 = 0.331×10-4 [T]
= 33 [μT]
 
と求まった。
 

 地磁気をガウスメータで測定していないので正確には評価できないが、妥当な値であると考えられる。
 
 

 また、図7には、参考に、SIN曲線(0.35*SIN(角度-68)+2.15)の値を乗せた。両者の違いを比較すると、最大値が180°ではなく、158°付近になっている点、および変化の形が歪でいる点である。この原因として、センサの形状や巻線の巻き方が対称になっていないことが考えられるが、今回は、多数のセンサを製作しなかったので、この原因を検証できなかった。今後の課題としたい。
 




【6.まとめと今後の予定】


 以上、本研究では、パーマロイの板にエナメル線を巻いてフラックス・ゲート型磁気センサを製作した。また、線形性の改善のために、検出回路は零位法で構成した。結果、良い線形性を有する磁気センサを製作ことができた。
 

 地磁気の角度測定結果では、やや歪があることが分かった。原因として、センサの形状や巻線の巻き方が対称になっていないことが考えられるが、この検証は今後の課題としたい。
 

 また、ガウスメータを使わなかったので、磁力の大きさや磁性体の磁化特性を正確に評価していない。今後ガウスメータを使って評価し、精度のよい磁気センサを製作していきたい。
 
 



(参考文献)


(1)  多賀、遠藤、長友、原、藤谷:『孫が作る高齢者向け電子ゲーム機器の組立キットの開発(3)』第14回AITサイエンス大賞 研究発表論文集 第14号 平成27年度 AIT愛知工業大学
(2)  上田智章:『電子部品選択活用ガイド 第9回磁気センサ』トランジスタ技術 2005年12月号
(3)  日本電装株式会社:『磁気方位検出装置』特開平6-241808
(4)  杉浦、青野、今西、中村、浜:『カラー図解 物理学事典』共立出版 2009年
(5)  西園寺、関根、中埜:『単位のトリビア』日本理工出版会 2015年
(6)  プラスコート株式会社:『パーマロイホイル PLS-020-100-140 仕様書』
http://www.plascoat.co.jp/netshop/24_31.html 平成28年7月17日閲覧
 
 



 



【本探究活動のまとめ】


 本教材は、電気・磁気を学ぶものとして設定しました。フラックス・ゲート型センサは、ファラデーの電磁誘導の法則を利用したものです。電磁誘導の応用としては、モーターが取り上げられることが多いですが、今回の事例は、違った角度からこの法則を学ぶことができる教材と考えています。
 

 また、強磁性体の磁気飽和を利用している点も、磁性体についての理解を深めるのに良いと考えています。分子磁石モデルや磁化曲線を学んでも、「そうなんだ」と思うだけで終わることが多いですが、これを技術的に利用している事例を知ることで、より理解が深まると思います。なので、私は、手前味噌ですが、本教材は電気・磁気を学ぶ教材として優れていると考えています。
 

 しかしながら、「生徒研究文」(工業高校生が応募する論文)では、まったく評価されませんでした。でも、この書籍で紹介して「成仏」できて良かったです。
 

 サイエンスコンテストでの講評は、以下のようなものでした。丁寧なコメントを頂きました。少し長いですが、原文のまま引用します。
 

 本研究は、高齢者向けの電子ゲーム機器用の回転運動を検出する磁気センサを製作することを主な目的としている。加えて、磁力の強さとセンサの出力電圧の間の関係、および地磁気の出力電圧の評価である。
フラックス・ゲート型磁気センサの原理に基づき、パーマロイ合金(強磁性体)を使用してリング状のセンサを自作している。これは地磁気による磁場の約4倍の値の磁場を検出することが確認されている。また、検出回路をオペアンプ等で構成している。続いて、このセンサをソレノイドコイル(外部磁場を発生させる)内に挿入して、センサの出力電圧を測定している。
結果として、出力電圧は良い線形性を示している(図6)。この線形性から、ソレノイドコイルによる磁場の値をもとに、出力電圧に対する外部の磁力が概算されている。さらに、センサを回転させた場合の出力電圧も測定し、妥当な地磁気の磁力を得ている。
研究内容は、磁性体の外部磁場による磁化という複雑な現象を良く理解した上で、磁気センサが見事に製作されており、立派である。さらに、センサの回転(図7)において、地磁気の角度依存性の歪の原因がセンサの形状等の対称性にあるという考察は良く考えられている。SIN曲線との比較の議論のさらなる展開と磁化特性の評価等は興味深いところであり、この点は今後の研究に期待したい。
論文は、物理的内容が複雑であるにも関わらず良くまとめられている。また、数式の説明が丁寧に記述されていて大変良い
 


 以上、忖度もあると思いますが、詳細にコメント頂き、嬉しい限りです。
 

 ところで、生徒の論文でもありましたように、このフラックス・ゲート型地磁気センサは、昔(1980年代)、車のナビゲーションシステムに使われていました。しかしながら、車のボディは鉄でできていますので、踏切(直流で動く電車)を通過したりすると、その磁場の影響で、車のボディが着磁(磁石になる)します。そのため、地磁気をうまく検出できないという欠点がありました。
 

 また、地磁気は微弱なので、様々な磁場のノイズで変動するという欠点もありました。そこで、1990年代からGPSとジャイロセンサを組み合わせたシステムが使われるようになりました。今では、ほとんどの車にナビゲーションシステムが標準に装着され、使い勝手も優れたものになっています。
 

 私は、方向音痴なので、昔は道に迷うことが多かったのですが、いまでは、ナビを使うので、地図を持ち歩くこともなく、迷うこともなくなりました。便利な世の中になりました。あと、交通渋滞がなくなれば、快適なのですが・・・。将来、自動運転と量子コンピューターが普及すれば解決できると言われていますね。
 

 本章では、「フラックス・ゲート型センサによる地磁気測定 -磁界の大きさに対する出力電圧の線形性の改善-」の探究活動の事例を紹介しました。次章は、小学生にオンラインで出前授業を行った活動を紹介します。

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