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あなたの「探究」がきっと見つかる  高校生のためのAIの事例で学ぶ「探究」のポイント解説(14)

【特徴】
・「総合型選抜」に使えます。
・自分の才能が見つかります。
・自分軸を鍛えることができます。
 

某県立高等学校 再任用教諭 テラオカ電子





2 工業高校生のための AI を学ぶ授業の教材開発

2.1 生徒を取り巻く社会環境と研究仮説


現在、社会はAI(人工知能)ブームである。このAIは「汎用技術(General-Purpose Technology)」と言われ、電気、内燃機関、コンピュータ、インターネットなどのように社会を劇的に変化させる技術とされている[1]。したがって、これから社会に出る高校生にとってこの技術について理解を深めることは重要である。一方、筆者の勤務する工業高校は、生徒の8割が県内の製造業に就職するが、生徒にAIについて尋ねると「何でもできそう」、「仕事を奪われる」、「人と同じ感情を持つ」などの返事であり、しっかりとした認識はない。よく分からないというのが正直なところである。これは、生徒が日々様々な AI についての情報を得ているが、その情報は AI の機能(Function)であり、機構(Mechanism)でないからだと推察する。そこで AI の機構を工業高校生にとって馴染みのある教材で可視化すれば、AI に対する理解が深まると考えた。

本論文では、工業高校生のためのAIを学ぶ授業を提案する。まず、アンケート調査に基づいてAIに対する生徒の意識を分析し、それを基に授業の目的を定義する。次に、それを実践するために開発した機械学習の教材を4点紹介する。最後に、授業「課題研究」でこの提案したAIの授業を行った結果、生徒のAIのイメージが明確になり、興味・関心が高まったことを報告する。

 

2.2 生徒の意識分析による AI を学ぶ授業の目的の定義

2.2.1 生徒の AI のイメージ分析による授業の方向性検討


AIに関する生徒のイメージを測定するため、1年生(39名)に対してアンケート調査を実施した(2020年2月)。アンケートには、SD(Semantic Differential)法を用いた[付記6]。SD法とは、C.E.Osgoodが開発した、内包的意味の一種である情動的意味を定量的に測定する心理尺度法である。「好き-嫌い」、「美しい-醜い」のような評価因子に関するもの、「暗い-明るい」、「冷たい-暖かい」のような活動性因子に関するもの、「固い―柔らかい」、「複雑な―単純な」のような力量性因子に関するもの合計32の形容詞対を準備し、7段階で生徒に選択させた。このイメージ分析からAIの授業の方向性を検討した。

生徒の回答(名前を記入)から39名中8名は故意的だと認められたので除外し(ここでの8名は、アンケートに対してふざけていた訳であるが、これは、本校の生徒の場合、AIという意味が不明なものに対して、そのイメージを問われても正直答えられないので、自分の否定的な能力を隠すための行為であると筆者は判断している。実際、彼ら彼女らは、自分ができることに対しては、集中的に取り組む)、残りで刈込み平均(31名の各形容詞対の平均値と標準偏差を求め、平均値から標準偏差の1.65倍を外れるものを除外)を算出した。平均値を算出した理由は、イメージの重心を把握するためである。

図1にセマンティック・プロフィールを示す。形容詞の平均値が「どちらでもない」から1.5段階以上離れたものは、「複雑」、「有用」、「堅い」、「不自然な」、「重い」、「繊細な」、「新しい」、「拡がりのある」の8項目であった。この中から、「複雑」、「不自然な」、「繊細な」、「拡がりのある」に着目すると、先に述べたように、生徒は、AIに「捉えどころがない」感覚を有していると推察されるので、「AIの機構が単純明解となる授業」を構築する必要があることが分かる。



2.2.2 AI を学ぶ授業の目的の定義


次に、AIを学ぶ授業の目的を検討する。そもそも「どうして勉強しなければならないのか」の生徒側の理由は4つあると考えた(図2)[2、3]。

 

一つは就職試験のためである。どんな会社に入るかで仕事の内容が決まるので、将来の生活のことを考えて勉強しておくである。質問アンケート(1年生39名、2020年2月実施、5件法:「思う」は5点、「やや思う」は4点、「ふつう」は3点、「あまり思わない」は2点、「思わない」は1点)[付記6]において、「将来AI関連の仕事に進みたいと思うか」の問いに「進みたい」と「やや進みたい」と答えた生徒は合計8.3%であったが、「AIは自分に関係あると思うか」では「関係ある」と「やや関係ある」の合計は、57.1%であった(図3)。生徒は、自分がAI関連の仕事に就かなくても、AIは自分の将来の仕事に影響すると意識している。

 

二つ目は、将来の仕事や勉強のために今の勉強が必要だからである。大人になった時困らないように今は基礎を勉強するである。「AIを理解するためには、学校での教科の勉強で十分だと思うか」では、「十分である」と「やや十分である」は17.1%であった。一方、「AIを理解するために、学校での教科の勉強は大切だと思うか」は、「思う」と「やや思う」は45.7%であった。約半数の生徒は、今の学校での勉強を肯定的に考えており、さらに専門的なAIの授業も期待していることが分かる。


三つ目は、人間として成長するためである。いろいろな知識や考え方を身に着けることで優れた人物になれるである。「AIの勉強はAI以外でも役に立つと思うか」は、「思う」と「やや思う」の合計は34.3%であった。また、「AIの勉強は自分にとって色々役立つと思うか」でも、「思う」と「やや思う」は34.1%であった(図5)。AIは自身の成長とはあまり関係ないと意識している。生徒が「自分事」と思える授業が必要である。

四つ目は、勉強するのが当然だからである。「AIを勉強する意義はあると思うか」は「思う」と「やや思う」は32.4%であり、「これからAIについて調べたり、勉強したりしたいと思うか」になると「ある」と「ややある」は23.5%とさらに低い(図6)。ここを向上させる必要があるので、以下でこの項目を目的変数にして分析する。

 

さらに、教師側の意識として、AI技術を活用して生徒たちが社会をより生きやすく公正なものにして欲しいという想いがある。アンケートでは、「AIが進歩して社会に浸透すると、社会は良くなると思うか」に関して、「良くなる」と「やや良くなる」は53.5%であり半数以上が肯定的に捉えていた(図7)。従って、この肯定的な目的意識を土台に授業を構成すれば良いことが分かる。


次に、①「これからAIについて調べたり、勉強したりしたい」と②「AIの内容を理解することは自分にとって重要と思う」を目的変数にして、これらを高めるにはどうすれば良いかを他の質問を説明変数にして重回帰分析をした。具体的には、目的変数を除いた質問(16質問)を因子分析し因子得点を求め、それらを説明変数として①と②を重回帰分析した。ここで説明変数に因子得点を使った理由は、説明変数間の相関を低減するためである(例えば「AIの勉強はAI以外でも役立つと思うか」と「AIを勉強する意義はあると思うか」の相関は0.73と高いが、因子分析後の因子の相関は最大で0.38と小さくなった)。因子分析は、最尤法、因子数7(カイザーガットマン規準)、プロマックス回転とした。①の重回帰分析では、第7因子のみが有意(p値:<0.01)となった。第7因子は、「AIが進歩して社会に浸透すると社会は良くなると思う」(因子負荷量:0.73)と「将来AI関連の仕事に進みたい」(同:0.67)が影響を持つ。このことからAIの勉強意欲は、AIで社会を良くできるという見通しで高められることが分かる。また、②の重回帰分析では、第5因子のみが有意(p値:<0.01)となった。第5因子は、「AIの勉強はAI以外でも役に立つ」(因子負荷量:0.85)と「AIは勉強する意義がある」(同:0.84)が影響を持つ。従って、AIの理解を自分ごととして捉えるには、生徒がAIの勉強がAIはもちろんのこと他の分野でも役に立つという意識が有効だと分かる。なお、ここでの分析では、目的変数と説明変数に因果関係があると仮定した。

以上の分析から、生徒にAIを意欲的に取り組ませるには、AIの影響が増していく社会で自分たち自身がAIを使って社会をより良くしていくと意識させる。そしてAIの勉強をすることが自身の成長やAI以外の分野でも役に立ち、将来の仕事にも有利になると思わせることが有効である。そこで、本AIを学ぶ授業の目的を以下のように構成し、生徒に提示した。

まず、ある企業の代表の発言、「今後、AIにすべての産業が再定義される」を取りあげる[4]。次に、カール・マルクスの『経済学批判』を引用する。「人間の物質的生産活動こそ、歴史の中心にあり、歴史を動かすものは、個人の理想や情熱などではない。生活様式としての「土台」あるいは「下部構造」が、法律あるいは政治、社会制度などの「上部構造」と、イデオロギー、文化、道徳、宗教、芸術、思想などの観念形態を規定する」である。これは、「下部構造」である産業構造が変われば、社会制度が変わることを意味する[5]。次に、社会制度が大きく変わった例として、一部が社会主義国になったことを説明する。これらの国は、一説によると、ソビエト連邦ではスターリン時代に2000万人、中国では毛沢東時代に6000万人、カンボジアではポルポト時代に350万人が犠牲になったと言われている[6]。このことから「もし企業の代表とマルクスの仮説が正しいならば、AIのことを勉強せず人任せにすると将来、悲惨な社会になる可能性がある。だから、そう成らないように今AIをしっかり勉強しなければならない」と言う(図8)[付記1]。AIを学ぶ授業の目的を明確にした。


2.3 AIを学ぶ授業の具体的なカリキュラムについて


佐藤は、論文[19]の中で、今後、学校教育で人工知能に関する知識や理解を養うことが重要と主張し、「AIリテラシー」を養う授業実践(中学生対象であるが)を紹介している。そこで、AIリテラシーを「人工知能に関する知識・理解」と「人工知能を適切に活用するための思考力・判断力」に分け、さらに10個の要素に分解している。具体的には、「人工知能に関する知識・理解」として、①人工知能はなんでもできるものではないことを知ること、②人工知能は様々な技術の総称であることを知ること、③人工知能を活用するためには学習データが必要であることを知ること。また、学習データは必要量以上あり、それらが全体として質の高いデータセットである必要があることを知ること、④やってみたものの失敗する可能性もあることを知ることを上げている。「人工知能を適切に活用するための思考力・判断力」としては、⑤人工知能を活用すべき状況なのかを判断すること、⑥課題を細分化して考えること、⑦人工知能のどの技術を活用すべきかを考えること、⑧どのような学習データを活用すれば良いかを考えること、⑨学習データを収集できるかを判断すること、⑩学習結果が正しいかどうかを判断することである。

本稿では、図9に示すように、佐藤の「人工知能に関する知識・理解」の観点要素を授業カリキュラムに組み込むことにした。今後、「人工知能を適切に活用するための思考力・判断力」の観点の授業を開発していく必要があるが、まずは、この前段階での評価を踏まえて検討する必要がある。以下に本授業実践のカリキュラムを述べる。


本授業実践では、AIの授業で取り上げる機械学習に関してその理論的理解は、偏微分、行列計算等の数学や統計学の知識が必要なため、高校生の履修範囲では理解が難しいので、工業高校生が学ぶ機械学習の内容を以下の3つの指導方法の観点で有限化して授業カリキュラムを組んだ。

① 工業高校生の学習内容の延長にあること

② 社会の実情を反映したものであること

③ 取り上げる内容に明示的意図をもたせる

である。①について、機械学習のニューラルネットワークの学習では、教材として「エクセル」と「電子工作」を使う。生徒は両者とも実習で取り組んでいるので、生徒の既有知識を足掛かりに指導できる。エクセルは、そのセルを1 つのニューロンとしてセル同士の繋がりを関数で記述できるので、ニューラルネット ワークと親和性が高い。従って、ニューラルネットワークの構造が可視化され理解が容易となる。 指導では、セルに埋める関数を課題として与えた。電子工作は、エクセルに組み込んだ関数と同等の機能をマイコンにC言語でプログラムを作成し製作する。指導では、ニューラルネットワークのパラメータをプログラムに組み入れさせた。このプログラムのデバッグ(正誤)は、エクセルとの比較で確認することができる。エクセルと電子工作の両者の計算過程からニューラルネットワークの構造の理解が深まる。

②については、機械学習の歴史、用語(概念)、研究分野、AI の設計ステップ、倫理および将来の事例を取りあげた。歴史は、これまでの AIの3 回のブームと、現在がAIを「どう使いこなすか」を考える段階であることを説明した。用語については、AI(人工知能)、マシンラーニング(機械学習)、ニューラルネットワーク(神経回路網)およびディープラーニング(深層学習)の包括関係や、AI研究の2つの側面、「強いAI」と「弱いAI」を説明した。研究分野については、ビジネスで活躍するAIとして、「予測系AI」、「言語系AI」、「画像系AI」および「ゲーム系AI」の4つのカテゴリーで事例を紹介した。また、現在のAIの作り方である「教師あり学習」、「強化学習」および「教師なし学習」についても筆者の製作した教材をもとに説明した。AIの設計ステップ[20]では、1.与えられたデータを元にして、未知のデータを予測する数式を考える、2.数式に含まれるパラメータの良し悪しを判断する誤差関数を用意する、3.誤差関数を最小にするようにパラメータの値を決定する、の3ステップを2つの事例(「明日の気温を予測」と「筆者の電子工作」)を使って説明した。倫理では、2015年にGoogleのフォトアプリGoogle Photosがアフリカ系女性に「ゴリラ」とラベルつけした事件をアルゴリズムバイアスの観点から取り上げた[21]。また、2016年の京都府警察の「予防型犯罪防御システム」について人間が予測ロジックを作成することで深層学習のブラックボックスを避けた事例も取り上げた[22]。これらは、生徒が「AIは万能である」と考えがちなので、AIの限界について説明した。将来の事例としては、脳情報解読技術(ニューロテクノロジ―)を取りあげた[23]。これは、人が様々な映像を見たときの脳の活性化画像をAIが学習し、「認知対象」、「認知動作」、「印象」を推定するアルゴリズムを作成する技術である。

最後に、③明示的意図を持たせた点を述べる。一つは、機械学習を作るときに人間がしなければならないことを明示的に指導した。技術的側面では、設計ステップでの人と機械の役割分担を、倫理的側面では、「ゴリラ」と「京都警察」の例のように、AIは「学習」させるデータに依存することを強調した。二つ目は、教材として「手書き数字の認識」を使った点である。これは、この技術が古くから研究されていて 多くのデータセットが整っており現在の機械学習導入の定番だからである。最後は、AI学習の目的の明確化である。ある起業家とマルクスの言葉を取り上げた。AIが未来を大きく変えようとしている今こそ、よりよい未来を自分達で作っていく必要がある点を意識させた。

 

2.4 教材の開発と AI を学ぶ授業の実践


開発した教材は、筆者がアカウントを管理するYouTubeのサイト(「テラオカ電子」で検索)で観ることができる[付記2]

 

2.4.1 興味・関心を高める教材「感情分析:笑顔がいいねと言われたい」

本教材(写真1)は、「ディープラーニング」を体験するものである。本機は、カメラに向かって顔を映すとコンピュータ(RaspberryPi)がその表情を、「Neutral」、「Happy」、「Surprise」、「Sad」、「Angry」の5つの感情に分類する。そして「Happy」の感情が90%以上になると、サーボモータが動いて、デートのアイテムである「指輪(玩具)」が出る。同時に「よい笑顔です。デートを楽しんでください。」と発話する。ハードウエアのブロック図を図10に示す。

 

 

ここで、笑顔の判定(感情分析)技術には、JellyWare株式会社が公開している『OpenVINO™でゼロから学ぶディープラーニング推論』のプログラムを使用した[7]。また、音声発話は、株式会社アクエストのミドルウエアであるAquesTalkを使った[8]。この教材のアイディアは、2012年度のグッドデザイン賞に選ばれたソニーコンピュータサイエンス研究所の『情報家電 ハピネスカウンター』(笑わないと開かない冷蔵庫)を参考にした。これは、身体心理学における表情フィードバック仮説(笑顔を作ることが、精神的にもポジティブな感情を促進する)に基づいて設計されたものである(図11)[9]。

この教材は、授業の導入に使ったが、生徒の多くがカメラの前で笑顔を作るのを躊躇した。筆者が「先生は、これを調整するのに普段しない笑顔をしすぎて苦しかったです」と言うと面白がって恐る恐る体験した。機械学習がどういうものかという興味を高める教材になった。授業「課題研究」では、「泣き笑い」のような「Sad」と「Happy」の複合の感情の発話を音声合成させるプログラムを生徒に追加させる予定である。

なお、表情フィードバック仮説に関しては、強制的、意図的に表情を作くると効果が少なかったり、逆効果になったりするという報告がある[10]。生徒に対しては、ハピネスカウンターの説明はしたが、表情フィードバック仮説の限定的効果については、面白さが減少すると考え話さなかった。


2.4.2 ニューラルネットワークの構造を可視化した教材「エクセル」

本教材は、手書き数字を認識するニューラルネットワークのニューロン一つひとつをエクセルのセルに見立て、そのニューロンの繋がりをセルに挿入する関数として表現するものである[11]。

教材「文字認識:ニューラルネットワーク」の場合、ニューラルネットワークは2層である。入力層は、8☓8(=64)次元、中間層(隠れ層)のニューロン数は8個、活性化関数はシグモイド関数である。出力層のユニットは10個で(数字を0から9に分類するため)、その活性化関数はソフトマックス関数である。このニューラルネットワークの構造は、筆者が出来るだけ単純でありながら、一定の精度が得られるものを試行錯誤して決めた。この教材では、「推論」のみを行っており、パラメータは機械学習のライブラリであるscikit-learnのdatasetsモジュールの手書き数字のデータを使って別のパソコンで求めた[12]。学習時の正解率はおよそ90%であった。実際動作させると、人には良く分かる数字でも間違うことがある。

図12に示すように、入力層のデータをセルに入れる 。データは、0と1で表現され、ここでは、数字の「1」を想定している。次に、図12の右側のように、「学習」済みの中間層の重みw1、中間層のバイアス b1、出力層の重みw2および出力層のバイアス b2をセルに設定する。図13に中間層の出力値を示す。また図13の右上は、そのセルの関数式(シグモイド関数)である。「$D$3:$K$10」が重みw1、「$N$3:$U$10」が入力層、「-D75」がバイアスb1を示している。出力層の関数であるソフトマックス関数は、計算機のケタ落ちを防ぐため複数の式に分けて計算する。出力は0~9に分かれており、入力された数字の確率分布を示す。図13の右側の出力yの値から、図12の入力データが「1」である確率が95.1%と計算していることがわかる。

生徒には、ニューラルネットワークの構造を説明した後、このエクセルの関数の挿入部分を削除したエクセルファイルを与え、セルに挿入する関数の作成を課題とした。筆者が生徒に使うべき関数の候補を与え、生徒はその関数の仕様を自分で調べてこのエクセルの課題を自力で完成させた。生徒は、この課題を通してネットワークの計算の流れが明確になったと感想を述べた。


2.4.3 ニューラルネットワークを電子工作にした教材「文字認識:ニューラルネットワーク」


本教材(図14)は、手書き数字を認識する電子工作である。64個(8×8)のスイッチを使って数字を入力すると、マイコンが「推論」を行って、下段のキャラクタLCDに手書き数字の認識候補の確率分布を表示する。この電子工作も教材「エクセル」と同様、「推論」のみを行っており、パラメータも同じものである。マイコンには、PIC16F18877を使った。授業「課題研究」では、基板に電子部品を半田付けして製作し(写真2)、610個のパラメータをプログラムに移植し(写真3)、ニューラルネットワークの演算プログラムを解読することで理解を深めさせた。そして、ニューラルネットワークの教材「エクセル」と「電子工作」に同じ数字の入力をした場合、その数字の認識確率分布(演算結果)が一致することを確認させた。この一致に生徒は感動した様子だった。さらに、この教材を使って数字を繰り返し入力して電子工作が出力する認識確率を見ながら、機械学習は「学習」で使ったデータ以上のことはできないというニューラルネットワークの「限界」を確認させた。生徒は、この研究をまとめて「生徒研究文」に投稿し、サイエンスコンテストで発表した(写真4)。 



2.4.4 機械学習の「学習」を体験することで「集合知」を理解する教材「MyNIST CNN」


本教材(図15)は、3種類の手書き文字を分類するものである。本電子工作のCNN(畳み込みニューラルネットワーク)の構造は、入力層、畳み込み層、プーリング層、全結合の出力層である。入力層は6×6の36個、畳み込み層は3×3のフィルタ3枚、プーリング層は2×2のMAXプーリング、そして3個の全結合の出力層である[13]。出力層の活性化関数にはシグモイド関数を使った。損失関数は2乗誤差である。学習は誤差逆伝搬法を使い、アルゴリズムは勾配降下法(学習係数は、0.2)でエポック数は35である。エポック毎に損失(LOSS)の値をLCDに表示させた。

動作は、例えば、手書き文字である「/」と「+」と「\」を各10個、教師データとともに入力する。入力は、基板表面のパターンを導通させて行う。合計30個の手書き文字の入力が完了すると「学習」モードに入る。エポック数が増えるにつれてLOSSが減少し「学習」が進む。「学習」が終了すると「推論」モードに入る。「/」と「+」と「\」の手書き文字を入力してその分類を行う。この例のような単純な文字であれば概ね分類できる。

授業では、まず、生徒一人ひとりに「学習」データを入力させる。30個のデータ入力が終わると電子ゲームは「学習」を行い、生徒が入力した文字を統合した文字認識関数を生成する。これで「未知」の文字に対する文字認識ができるので、生徒に好きな文字を入力させて判定させる。AIは「集合知」であると言われる。本教材を使うことで、機械学習が「個々の知恵を集めた集合知を使って未知の課題を解く道具」であることを体験させた。

なお、この「MyNIST」という名前は、「MNIST」から取っている。MNISTは、手書き数字画像60000枚とテスト画像10000枚を集めた画像データセットで、機械学習で簡単な実験から研究まで幅広く使われているものである。本教材の「MyNIST」は、自分の好きな手書き文字をデータセットにして機械学習を楽しむことができるのでこの名前にした。


2.5 授業「課題研究」における AI 授業実践の評価


授業「課題研究」(3年生、7名、4時間、2020年2月実施)にて、上記のAIの授業を行い、その前後での生徒の意識変化をアンケート調査で分析した。その結果(図16)、目的変数とした①「これからAIについて調べたり、勉強したりしたいと思う」の平均は、0.2段階低下した。しかし、「数学に興味があるか」(+0.60)、「AIは自分に関係あると思うか」(+0.55)、「将来、AI関連の仕事に進みたいと思うか」(+0.71)、「AIを理解するために、学校での教科の勉強は大切だと思うか」(+0.76)の項目で、0.5段階以上上がった。逆に0.5段階以上下がった項目は、「AIを開発するには、人の創造力が必要だと思うか」(-0.79)であった。いずれも対応のある片側t検定において有意でなかったが(p>0.05)、このAIの授業によりAIについての興味、関心が高まり、AIの理解が進んでAIの捉えどころないイメージが払拭できた可能性はある。

 

2.6 まとめ


本稿では、工業高校生のためのAIを学ぶ授業を提案した。まず、アンケート調査を使って生徒のAIに対する意識を分析した。そして、それらに基づいて授業の目的を設定した。AIを学ぶ目的は、同じ過ちを犯さないように歴史のサイクルを断ち切るためとした。次に、複数の教材を開発した。教材は、機械学習であるニューラルネットワークを「エクセル」と「電子工作」を使ってその機構を可視化した。最後に、この授業デザインを実践し評価した結果、生徒のAIのイメージの明確化と興味・関心の向上の可能性が認められた。

ところで、現代社会には多くの課題が山積している。そしてこれらの問題は複雑で、変数が多すぎてその最適解を人が見つけることが困難となっている。近年、内閣府は第5次科学技術基本計画において「Society 5.0」なる社会構想を示した。ここでは、「経済発展と社会的課題の解決の両立」をAIによるデータ解析によりそれぞれの利害関係者のニーズに対する最適解を目指すとされている[14]。生徒がこの提案したAIの授業を受け、AIの仕組みとその限界を知ることで、AIが社会問題解決の有力なツールであることを理解し、さらなる勉強を進めていくことを期待する。

 

 

 

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