10.日本が独立・自尊の国になるためにー憲法は不文法でも可
国家は、「憲法典」という文字をもって書かれた成文憲法がなければ運営できないというものではありません。慣習に基づいた不文憲法でもよいのです。
敗戦は日本の(国体)を定めた「憲法典」は「改正」となったのですが、天皇家は残りました。
本来は、占領が終わり独立回復後、マッカーサー憲法の無効を宣言し、新憲法を制定しなければなりませんでした。
筆者が習った国際法では、軍事占領下にある国家が創った憲法は、いわゆる傀儡政権下の憲法制定であって、法理論的に原則無効です。なぜなら、占領国が被占領国の国民に嫌が応にも押し付けたものとみられるからです。
ですが、世の中は理論通りに行きません。
しかしソ連邦が消滅し、アメリカの国力の衰えとともに、隣国の中華人民共和国という武力を持ってでも領土を拡張しようとする国が現れたことによって、これまでの憲法改正論争も、新たな段階に入ったと考えるのが妥当なのです。
マッカーサー憲法は、長年にわたり日本国民に膾炙され、その内容が浸透しており又、国際的にも認知されているのであるから、今更無効などと言い立てる必要はない、という主張があります。憲法の実質内容をみて有効を主張する立場です。
我々日本人は何でも内容が良ければ形式面はどうでもよい、といいがちです。
そうではありません。キリスト教徒は言葉を重視するのです。
日本人は形式よりも中身なのです。西洋との宗教の違いを認識して西欧列強とは闘わなければなりません。
先人は治外法権、関税自主権のない不平等条約を60年弱かかって撤廃しました。
形式的な条文であっても日本の根幹にかかわる規定があれば撤廃しなければならないのです。それが後述する国連憲章の「敗戦国条項」です。
国際連合は(United Nations)文字通り、枢軸国(=日独伊等の敗戦国)に対する第二次世界大戦の戦勝国が定めた連合国のための条約です。この条約が署名・批准され国際連合という国際機構になったのです。
日本は昭和27年(1952)に国際連合に加盟を申請しましたが、安全保障理事会でソ連が拒否権を発動したため加盟できませんでした(1949年に成立した中華人民共和国の加盟問題、1950年に勃発した朝鮮戦争、日本との講和条約が西側諸国との片面的平和条約であった等々の理由による)が、昭和31年(1951)に加盟し、現在に至っています。
今や、ソ連の後継国家ロシア、及び中華民国に代わる中華人民共和国が戦勝国として安全保障理事国として居座っています。
日本はなぜ国連改革を標榜して、国連にこだわるのでしょうか?
敗戦国の日本が、今更、なぜ安全保障国入りを目指さなければいけないのでしょうか?
「われら連合国の人民は、……国際の平和及び安全を維持するためわれらの力を合わせ、共同の利益の場合の外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し……」(国連憲章前文)とうたった理想はどこに行ったのでしょうか?
日本は国益を重視して新たな憲法を作ればよいのです、その第一歩が次項以下に述べる「敗戦国条項の撤廃」なのです。(つづく)
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