48,000 時間プレイしたゲーム(黒い砂漠)をやめる
48,000 時間プレイした「黒い砂漠」をやめることにしたので、終活として今の気持ちを整理するためにも、ここに記しておきたいと思います。
ネトゲの引退宣言なんて復帰の前フリみたいなものですが、御覧ください。
黒い砂漠とは?
韓国のゲーム会社である「Pearl Abyss」が開発、運営する MMORPG です。
韓国でサービスを開始し、その後、北米、欧州、日本などグローバルに展開されています。
日本でのサービス開始は 2015 年で、ゲーム全体としては今年(2024 年)で 10 周年を迎えます。
現在でも多くのプレイヤーがアクティブにプレイしています。
多くの MMO が短命に終わる中、黒い砂漠は 10 年もの間サービスを続けており、息の長いタイトルと言えるでしょう。
美麗なグラフィックと、コンボアクションによる爽快な戦闘システムが魅力です。
エンドコンテンツは、基本的には PvP や GvG ですが、PvE や Coop も充実しています。
毎週アップデートがあり、運営も活動的です。
10 年もの歴史があるだけあって、戦闘コンテンツ、生活コンテンツともに、やり込み要素が豊富なのもおすすめポイントです。
なぜ辞めるのか?
仕事も他のゲームも忙しくなり、黒い砂漠に割く時間が減ってしまったことが一番の理由です。
特に Elin には生活を破壊されていますし、モンハンも来るので今のうちに整理しておきたかったです。
同じリソース(GPU と時間)を必要とする競合相手が現れました。
黒い砂漠は、放置していても CPU と GPU のリソースをそこそこ消費します。
「黒い砂漠放置」+「動画視聴」+「軽いゲーム」程度なら問題ありませんが、モンハンなど負荷の高いゲームを並行してプレイすることができません。
特に、最近始めた画像生成 AI の作業と黒い砂漠の放置が、GPU リソースを奪い合う状態になってしまいました。
現在の PC スペックでは、両方を同時に実行することが難しいです。
親運営(Pearl Abyss)の方針に共感できませんでした。
竹島の占有に関して、ゲーム内でイベントを開催し、韓国領土であると明確に主張していました。
(翻訳)私たちの土地独島、今日は独島の日です。
これは、少なくとも日本政府の立場とは相容れません。
上記の「独島の日イベント」が日本ユーザーの間で炎上し、コメント欄に 「被爆あおり」「東京大空襲あおり」 が出現しましたが、運営はそれらに対して削除などの対応を取りませんでした。
日本運営は抗議してくれたようですが、対応状況を見る限り、親運営には効果がなかったようです。
多忙や PC リソースの問題は、工夫次第で解決できるものでした。しかし、運営の方針にはどうしても納得できませんでした。
記事やコメントを見る限り、運営の日本に対する姿勢に疑問を感じました。そのような状況下で、気持ちよくゲームを続けることは難しいと判断しました。
プレイスタイル
私のプレイスタイルは、放置釣りをメインに、毎日いくつかのデイリークエストをこなし、シーズンイベントなど、手軽に参加できて報酬の良いイベントには参加していました。
釣り放置
ベリア村で釣り放置をしていました。
1 日 2 回、ベリア村の皇室納品と貿易商に魚を売却するだけでした。
このタイミングで、労働者やペットの世話も行っていました。
行動力の回復も忘れずに行っていました。
デイリークエスト
オーキルアの目のデイリークエストを主にこなしていました。
虹色珊瑚などのアイテムと交換できるクエストを優先的に行っていました。
月に 1 回程度、採取に出かけて、交換に必要な素材を集めていました。
幼い海獣を 5 匹討伐するクエストも毎日行っていました。
報告用のキャラクターと討伐用のキャラクターを分けて、効率的にクエストをこなせるようにしていました。
栽培
カルフェオンの近くの空き地で、米を栽培していました。
1 日 2 回、水やりと肥料やりを行っていました。
害虫駆除は労働者に任せていました。
料理箱納品
栽培した米を使って皇室料理箱を作成し、納品していました。
行動力 426 はあったので、毎日 213 箱納品していました。
月に 1 回程度、まとめて料理と箱詰めを行っていました。
特に、生活経験値バフイベントがあるときは、事前に材料を貯めておくようにしていました。
続けていた理由
黒い砂漠を続けていた理由は、目標を立てやすく、日々のタスクに落とし込んで達成感を得やすい点、一人で黙々とプレイできる点、異世界転生のような妄想を楽しめる点などです。
目標設定と達成感
この装備を揃える!といった明確な目標を立てやすいゲームです。
ゲーム内で明確な価値を持つアイテムがあり、その価値の裏付けとして性能も伴っています。
名誉だけでなく、実用性も兼ね備えている点が魅力です。
労力と成果のバランスがしっかりとれています。
努力が無駄になることが少なく、苦労が報われるように設計されています。
現実世界とは異なり、ゲームは設計された世界なので、バランス調整が可能です。
ゲーム内インフレに合わせて、労力と成果のバランスが適宜調整されます。
貿易アップデートのように、調整が失敗することもありますが、概ねバランスが取れるようにアップデートされています。
ソロプレイと MMO のバランス
ほとんど一人でプレイできますが、MMO であるがゆえの制約がある点が気に入っていました。
積極的に交流しなくても、取引所やワールドボス、イベントなどを通して、ゆるやかに世界に貢献できるのが嬉しかったです。
ソロゲーム(オフライン)の場合、目標達成や効率化は自己満足になりがちです。
効率を求めるなら MOD やチートを使えばいいのでは?という疑問が浮かんできます。
結局は「自分の決めた遊び方」になりますが、MMO であることが、遊び方の制限として機能し、ゲームバランスを保っています。
異世界転生のような妄想
「もしも自分がこの世界にいたら…」という妄想を楽しむことができました。
古典的な MMO 転生ものほどではありませんが、自分なりに楽しめる妄想でした。
ゲームを始めた当時、異世界転生ものが流行していたことも影響しています。
住むならどの街が良いか、などと考えたりしました。
ベリア村やハイデル都市はネズミが多いので、清潔そうなバレンシア地方やグラナ地方が良いかな、などと想像を膨らませていました。
ただし、バレンシア地方やグラナ地方は文化的にクセが強そうだな、とも思っていました。
狩りは実際にはどうなるのだろう、などと考えたりもしました。
ゲームだからモンスターが無限に湧きますが、現実世界だったらどうなるのでしょうか?
狩りで生計を立てるのは難しそうだなぁ、などと考えていました。
倉庫はどんな形になるのだろう、などとも考えました。
鉄鉱石 100 万個などは、現実世界では保管が大変そうです。
ゲーム内の描写を見る限り、倉庫管理人の後ろの建物が倉庫のようですが、とても入りそうにありません。
食料品は腐ってしまうのでしょうか?
よくある「ゲームプレイ中の資産を引き継いで異世界転生」という設定があったら面白いだろうな、などとも思っていました。
どのぐらいやっていたか
プレイ時間
プレイ時間は、約 2,000 日(48,000 時間)に及びます。
最古のログインメールの日付から計算すると、2016 年から 8 年間ほどプレイしていたことになります。
8 年間のうちの 3 分の 2 は、黒い砂漠を起動していたことになります。
称号
いくつかの称号を獲得しました。特に取得難易度が高かったものは以下の通りです。
釣りの神(ワールドボスを召喚できるクエストをクリアすることで獲得)
後述するエピッククエストの一つです。
ワールドボス系の称号(ラストアタックを取ると獲得できるようです)
カランダキラー
クザカバスター
クツムデストロイヤー
ヌーベルスレイヤー
ガーモススレイヤー
荒ぶる嵐を鎮めた(これだけ取れていません)長い悪夢を飲み込んだ
猛る雷雲を取り除いた
濃い血風を手懐けた
その他の達成要素
頑張った装備
マノス釣り服 V
天井実装などの緩和前に作成できたことは、ちょっとした誇りです。
労働者
全員を職人(最大)等級にしました。
職人にするには、採用時または確率での昇給が必要です。
127 人を職人にしました。
行動力を貯めて、少しずつ採用ガチャで職人を選んでいきました。
中には労働者のスキルの厳選まで行っている方もいるようですが、私はそこまではしていません。
課金額
履歴を確認したところ、過去 3 年間で約 10 万円でした。
運営移管前の履歴は残っていないため不明ですが、同じくらいのペースで課金していたと思います。
放置の効率が上がるものを主に購入していました。
バッグ枠、倉庫枠、労働者の枠、機能性衣装などです。
ゲームを始めたばかりの頃、一目惚れした衣装があり、購入しました。
純粋な衣装に課金したのはこれが最初で最後です。
購入したのは「ゴビーレゲン」でした。
銀と赤を基調とした西洋風の鎧で、そのデザインに一目惚れしました。
称号「釣りの神」について
「釣りの神」の称号の存在は知っていましたが、先駆者様の記事、自分にもできそうだと思い、挑戦することにしました。
まず、準備として「考古学者の地図」を入手しました。
この称号を取得するには、合計 5 種類の「奇妙な魚」を入手する必要があります。
内訳は、近海 1 種、遠海 3 種、カモメ釣り 1 種です。
考古学者の地図
シーズンキャラクターのレベリングや、定期的に開催される宝物イベントなどで地道に集めました。
2022 年 7 月 8 日に開始し、2022 年 7 月 23 日に集め終わりました。
奇妙な魚
近海
最初の 1 匹は、インターネットで調べた結果、おそらくクリアしないであろうクエストで入手できるものだったので、捨ててしまいました。
企画開始時点で 2 匹持っていました。
遠海
遠洋の 3 種はそれほど苦労せず 2 ヶ月程度で集められました。
それぞれの日付
2022 年 10 月 3 日に開始
2022 年 10 月 17 日:マゴリア
2022 年 11 月 25 日:ユル海域
2022 年 12 月 12 日:エルトル海域
カモメ釣り
出社前と帰宅後の最低 2 回、カモメの釣りスポットに移動して釣り放置を行いました。
全く効率的ではありませんでしたが、この方法でしか入手できないため、気長に続けることにしました。
結果として、入手までに約 1 年を要しました。
同じ称号を目指す場合は、このカモメ釣りの魚をいかに効率良く入手するかが鍵となるでしょう。
2023 年 10 月 1 日に入手
ベル召喚
記念として、大晦日にベルを召喚しました。
年末にもかかわらず、GM の方にお祝いのメッセージをいただき、大変嬉しかったです。ありがとうございました。
他のユーザーの方々からも、ベル討伐のお手伝いや、お祝いのチャットをいただき、感激しました。
黒い砂漠をプレイしていて、最も嬉しかった出来事の一つです。
仕掛中だったプロジェクト
黒い砂漠を引退するにあたって、やり残したことがいくつかあります。
釣り
釣り道人レベル 50 を目指していました。
現在のレベルは 35 なので、達成まであと 3 年ほどかかる見込みでした。
航海
重帆船(アドバンス)を作成する予定でした。
オーキルアの目のデイリークエストをこなし、必要な素材は十分に集まっているので、本来なら既に作成できているはずでした。
ただ、必要な素材の計算が面倒で、惰性で貯め続けていました。
料理
バフなしで料理熟練度 2,000 を達成する予定でした。
クロン石が溜まったら、料理服を強化して V にするつもりでした。
アクセサリーは、シルバーが貯まったら購入するつもりでした。
装備
君王武器を作成する予定でした。
朝の国のワールドボス討伐に参加することで獲得できます。
1 本作成するのに 100 個必要で、週に 4 個しか入手できないため、3 本全てを作成するには 2 年ほどかかる計算でした。
ベースとなるブラックスター武器 V が 2 本不足していましたが、いずれイベントで配布されるか、自分で作成できるだろうと考えていました。
ユニクロ系の装備を揃える予定でした。
ボス装備 V のクエストを進めていましたが、シルバーの消費を抑えるため、イベントで素材を集めていました。
ヌーベリカント衣装を作成する予定でした。
強化に必要なブラックストーンが大量に必要となるため、地道に集めていました。
衣装作成に必要な主要素材は、3 着分集まっています。
思い出話
黒い砂漠を始めたきっかけ
友人に誘われて黒い砂漠を始めました。
初期の思い出
最初は、公式のキャラ紹介で操作難易度が最も低いとされていたジャイアントを選択しました。
ジャイアントを選んだところ、友人から「ジャイwwww」とからかわれたことが、今では良い思い出です。
友人と馬に二人乗りして、クルト洞窟でパワーレベリングをしたことも、懐かしい思い出です。
その後は、ゲーム内では友人と遊ぶことはなく、一人でプレイを続けていました。
友人はガチ勢だったため、私のプレイスタイルとは合わなかったのです。
雑多な思い出
放置ゲームが好きだった私は、最初から釣り放置の効率を上げるバッグを購入しました。
当時はベリア釣りなどの効率的な方法を知らなかったため、カイア湖で淡水ワニを狩りながら釣り放置をしていました。
なにか拍子にベリア釣りの存在を知り、勝手がわからず適当な売り方をしていたのも思い出です。
ゲーム内通貨であるシルバーには重量があり、持ち運びに不便だったため、こまめに倉庫に預けたり、金塊に変えたりしていました。
重さがなくなるアップデートが来たときには随分驚いた覚えがあります。
栽培作業中に、通りすがりの PK によって殺されることもありました。
PK を嫌って栽培作業用の低レベルキャラを作ったりもしました。
この文章を書いて思ったこと
改めて調べてみると、2016 年の時点で歴史問題に触れるようなイベントを開催していたことが分かりました。また、他の地域の運営も、それぞれの地域に合わせたイベントを開催しているようです(例えば、ロシア運営は対独戦勝記念日を祝うイベントを開催しているなど)。
日本運営が、特に日本ユーザーに対して配慮していただけだったのかもしれません。
お礼
運営、GM、ワールドボスに参加してくれた方々、名前も知らない共闘者、取引所でアイテムを売買してくれた方々、これまで本当にありがとうございました。