時効です(中編)
受験が終わってから登校日ががっくりと少なくなり、家で過ごすことが多くなった。
こうしてぼんやりとしていると、どうしても先生のことを考えてしまう。
最後の日の先生の目線、今までの言動、それらを考え始めてしまうと、諦めると決意した気持ちがどうしても揺らいでしまった。
しかしいつまでもそんなことを言っていられない。私は4月からついに高校生活が始まるのだ。
早く忘れなければ。
なんとか自分を奮い起こし、高校までの通学路を実際に自転車で確認してみたり、新しい文房具を見に行ってみたりして気を紛らわしていた。
ある日の朝。たまたま早く起きてしまい、まだ6時か…と寝ぼけ眼でスマホで時間を確認すると、Twitterのdmが届いていた。
気になって開けてみると、なんと先生からだった。
「〇〇さん?だよね □□です。
LINE追加してみて」
というメッセージと共に電話番号が送られてい
た。
都合のいい夢を見ているのではないかと疑い、そのdmを何度も閉じたり開けたりを繰り返す。
やはり現実だ。
先生との繋がりが再びできたことに嬉しさを感じる反面、なぜ?という疑問がはるかに大きい。
受験勉強を一生懸命頑張る『いい生徒』に映るように努めてきたため、親しげに話す仲(あだ名で呼んでたりいじったり)でもなかったし、そもそもなぜ今更LINEを追加するよう誘導されているのかさっぱりわからなかった。
考えた挙句、とりあえずやってみないとわからないなと思い、思い切って追加してみる。
すぐに先生からLINEが届いた。
『会って話したいことがあるから今度どこか行かないか』という内容だったと思う。(当時のトーク履歴が残っていなかったので)
私は少し悩んだが、承諾して2日後に会うことを決めた。
当日、ガチガチに緊張して30分前に待ち合わせの駅についた。改札のほうまで歩いていくと切符を買う先生の姿が見えた。来るまで緊張をほぐそうと思っていたのに、心の準備ができないまま再会した。いつも見ていたピシッとしたスーツではない、私服の先生を目にしただけで心臓が高鳴る。
早かったすね、とはにかみながら先生は私に切符を差し出した。びっくりして交通費くらい自分で払うと言っても先生は折れず、結局お言葉に甘えることにした。
その日は静かな庭園に行った。私が人混みが苦手だということを知っていて色々と考えてくれたのだろう。都心とは思えない景色と、ゆったりと流れる時間に心が落ち着く。
そこにはお抹茶と上生菓子がいただける場所があり、食べながら色々な話をした。
その後、場所を変えてふらふらとお出かけして、待ち合わせの駅まで送ってもらうことになった。
その駅は、出るとちょっとしたロータリーのような広場があり、そこのベンチに2人で腰掛ける。
「〇〇さんてさ、好きな人とかいるの?」
なんと答えたら正解なのかわからなかった。上手く答えられずに固まっていると
「いる感じだね、その反応は」
とぼそっと呟いた。
先生は話したいことはまた今度話すと言い、その日は解散となった。
誘われた時点でなんとなく勘付いていた。
多分先生は私のことが好きだ。話したいこともきっとそれだろう。
本来なら飛び跳ねたいくらい嬉しくて、幸せで、すぐにでも友達に報告したいところだが、私はもやもやした。
まずは年齢差。1回目のデートで知ったのだが(塾では年齢を教えてくれず、ずっと59歳設定だった)先生は22歳で、私とは7歳差だった。
どちらも成人済なのであれば大した問題ではないのかもしれないが、私は当時16歳になるところで、未成年という壁はあまりにも大きく厚かった。
もう1つは新年度から先生が中学校教員になるということ。実は、あの塾でのお疲れ様会で『中学校の先生になる』とカミングアウトしたのだ。
私がこの恋を諦めようとした大きな要因だった。
この高い壁を乗り越えて先生とお付き合いする覚悟はあるのだろうか、私は悩み続けた。
私達は少し日が空いて2回目のデート、新学期が始まってすぐに3回目のデート、と回数を重ねた。
3回目のデートの帰り、先生は車で自宅付近まで送ってくれた。今日はありがとうございました、と言いかけたところで先生に呼び止められる。
「まだ時間あるし、もうちょっといてよ」
浮かしかけた腰を再び助手席に戻す。
「〇〇さんて好きな人いるんだっけ」
「内緒です」
これじゃ肯定しているのと一緒だ、と思いながら答える。
「…高校の人?」
無言で首を横に振る。
「俺が知ってる人?」
「そうです」
くすぐったい沈黙がしばらく続き、先生が口を開く。
「…好きって言ったら怒る?」
そう言ってじっと見つめてくる。
苦しいほど大好きで、何度も夢に見て、だめだと思いながらこうしてノコノコとついていって、どこかで期待してしまっている。
もう後戻りはできない。
私は再び首を横に振る。
瞬間、右から温かいぬくもりを感じた。
突然ですぐに理解できなかったが、私は先生に抱きしめられていた。優しくも力強い腕にすっぽり収まり、緊張で肩に力が入る。
その優しい力からすぐに解放され、お互いに向き合う。
「俺と付き合ってくれませんか」
まっすぐと私を見て先生は言った。
はい、と答えるとまた優しい腕の中に包まれる。
そうして抱き合ったり、見つめ合ってはにかんだりして喜びを分かち合った。初めてのキスもした。
これが私の『間違い』の始まりだった。
後編へ続く
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