セレブ亀の恩返し④
「なぜそこまで、そのパンをカメにあげることにこだわるんですか、、」
N氏は問いただした。
男は黙り込んでいた。が、しばらくすると話しはじめた。
「ぼくは予備校で数学の講師をしています」
はあ、N氏は、目を顰めた。それがどうしたというのだろう。
「それが、カメと何か関係が?」
「小学生の頃、いきなり父親に、『中学受験しなさい』と言われました。ある有名な私立中学校です。それはぼくが小学校6年生になった日のことでした。」
「はい」
「それで、ですね、ぼくはてっきり塾にでも通わせてくれるのかと思ったのです。が、父親は一介の電気工事士でぼくにそんな教育費をかける余裕はなかったようです」
「それで?」
「ある日、父親が参考書をぼくに買ってきました、これを全て理解しろ、とそういうことだったようです」
男は、チョークを指で、しげしげと眺めながら、マイペースに話し続ける。
「で、ぼくは小学校で習った知識でそれを解いていきましたが、つるかめ算が分からなかった」
ここで、やっとカメがでてきた、とN氏は思った。腕時計をみると、あれから10分ほど経っている。
「すいません、煙草吸っていいですか?」
N氏はポケットから煙草をとりだした。が、ライターが見当たらなかった。
あれ、と思っていると、男はGジャンの胸ポケットからライターをとりだし、N氏に渡してくれた。
あ、ありがとうございます、、
この人は煙草を吸うのか、とN氏は思った。
なんか男に対する変な親近感のようなものが、ほんの少しだけN氏のなかに現れた。
「それで、ですね、なぜつるかめ算を公立の小学校で教えないかと言いますと」
話が長いひとだな、N氏は腕を組んだ。
とりあえず最後まで、聞いて帰ろう。
そう思った。
〈続く〉