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HSPの私がnoteを始めた理由。

noteを始めた2月、書いて、そして削除した記事を見つけた。

何で削除したのか記憶が曖昧だけれど、不慣れながらに一生懸命書いたよなという気持ちが蘇ってきたので、少し手直しをしながら、もう一度ここに記録しておこうと思う。


※以下は再掲部分(若干修正あり)

HSP(Highly Sensitive Person、日本では「繊細さん」と呼ばれている)という言葉を知ったのは、数年前に書店に並んでいた書籍の表紙を見たのがきっかけだった。何という本だったか記憶にないが、その本をぱらぱらと捲っていくうち、今までの経験や感情がストンと腑に落ちていったのを覚えている。

「私はこれだったんだ、自分だけがおかしいんじゃなかったんだ」そう思ったのと同時に、自分の持っている少しおかしな感覚に名前がついたことが嬉しかった。

その後は自分がHSPであるということを自覚はしていたものの、特に何か対策をするでもなく、大きな変化がある訳でもなかった。けれど、そんな私が何故noteを始めたかというと、先ほどとはまた違った一冊の本がきっかけとなった。

HSP専門のカウンセラーである、武田友紀さんが執筆されている。中を読まないまま本棚にしまっていたこの本を手に取ったのは、自分の中に少し変化が出てきていた頃だった。

昨年末から、私は将来のことについて色々と考え始めていた。嘗て学んでいた法律系の資格に再度挑戦しようか、仕事にもやり甲斐を見い出せないのでいっそ転職に踏み切ろうか、そんなことで頭はぐるぐるとしていた。

1月は資格試験の勉強をとりあえず再開してみた。黙々と問題集をこなし、解ける感覚にそれなりに満足感も得ていたけれど、その月の終わり身体に小さな不調が現れた。身体が怠い、頭が痛い、仕事に行きたくない、人に会いたくない等。月の頭に原因不明の腹痛が続いたことも思い出した。

最初は流行しているウイルスによる体調不良を疑った。けれど、段々とそれが原因では無い、自分が精神的に参っているのだと自覚した。もう無理だと思い転職を考えながらも、自分の価値がわからず数日の間で感情が爆発してメンタルが崩壊した。

そんな中、私が縋るように本棚から引っ張り出したのが先ほどの武田先生の本だった。

「何か一つだけでも良いから、自分の心の安定に繋がるものをくれ!」
そんな気持ちでページを捲り始めたのだが、読み進めていくうちにこの本が自分の感情や思考を言語化してくれているような気持ちになった。

・成果主義で物事を判断している。
・仕事も趣味も他の人より上手くできないと意味がない。
・生産性があるか、誰かの為になるか、そういう思考を持ってしまう。
・ゆっくりとした時間を過ごしていると、何か生産性のあることをしなければいけないと思う。等

これも当てはまる、これも、これも。
心にかかっていた薄暗く分厚い雲が、段々と晴れていくような感覚だった。

誰かのためではなく、自分の心を満たすこと。生産性のあることだけを求めず、自分が感じる小さな幸せを感じること。自分を探求するために、自分の好きな方法でアウトプットをすること。

この本を最後まで読み終えた時、私は自然と「文章が書きたい」と思っていた。自分が自分に対して感じていた違和感が何なのかを、ようやく明確に理解することが出来た。何かを変えなければいけないと思った。
そして、そのアウトプットの場として選んだのが、このnoteである。

生産性のある記事や、誰かの為になる記事は書けないし、いいねの数にも拘らない。ただ、自分の思考を整理しアウトプットをする場所と位置付ける。何かを伝えようとか、有益な情報を届けようとか、そんな目的は一切無しに、楽しんで文章を書く。本を読んで得たことを消化しながら、少しずつこの場所で実践し始めたところだ。


格好つけた謎の締めを書いていたので、最後は割愛。
(ポエミーすぎて載せられなかったことだけは白状しておく)

半年前、そういえばこんな時期もあったなと記憶が蘇った。

自分が無価値であると絶望して泣いたあの日。
辛くて辛くて、何もかもが嫌になった。

今この記事を読んで改めて思ったこと。
それは、変わろうともがいた自分がいた事をきちんと認めて、その上で実際に行動に移し始めた今現在の自分を褒めてあげなければということ。

半年間何も行動できていなかったと責めることもできるだろうし、今までの自分ならそうしていたかもしれない。
だけど半年の間、仕事を真面目にこなして、その間も沢山思考してきた。変わろうと考えて足踏みは止めなかった。

前に進めなくても、足踏みさえ止めなければ良いんだと私の大好きな人が言っていた。それはきっと、出来ていたと思うから。

このタイミングで、この記事を見つけて掬い上げることが出来てよかったと思う。長く拙い文章を最後まで読んでくださった方がいるのかは分からないけれど、もしそんな方がいたなら、「頑張れ!」と心の中で一言応援してもらえたら嬉しいな、なんて思ったりして。

長々と読んでくださって、ありがとうございました。

そして、「頑張れ、私!」

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