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プラタナスの枯葉舞う

プラタナスの枯葉舞う冬の道を
プラタナスの散る音に振り返る

北山修「風」より

12月2日は、シンガーソングライターはしだのりひこさんの命日である。

今や、名前を出してもピンと来ない人のほうが多いかもしれないが、かつては人気スターのひとりだった。1967年暮れ、ザ・フォーク・クルセダーズのプロデビューに際して加入。解散後は自らバンドリーダーとして、いくつかのフォークソンググループを率いた。1970年代初頭に出したヒット曲は、その後長らくスタンダードナンバーのように親しまれた。

最大のヒット曲は、「はしだのりひことシューベルツ」で出した「風」(1969年)だろう。フォーククルセダーズ解散直前に作られた曲である。

新曲としてヒットした頃、私はまだ幼かった。リアルタイムでは記憶がない。この曲との出会いは10年ほど後のこと。高校のサークル活動で教えてもらった。たちまち心に染みた。
小学生後半から中学生にかけて、永遠の梅雨に閉じ込められたかのような思いをしていた私にとって、爽やかな新しい世界に導いてくれるかのように感じる曲だった。

その後長い間、私の心はこの曲とともにあった。長らく意識の表舞台から遠ざかっていても、何かの折にふと思い出す。

今思えば、詞も曲もシンプルなようでいて、どこか謎めいている。明るく歌いはじめると思いきや、たちまち哀感が漂ってくる。G→Bm→C→D7を循環させるコード進行で、マイナーコードがピリッと効いている。終盤タンゴのリズムに乗せて自らを鼓舞するように歌い、それすらも無に帰するかのように余韻を残して終わる。

ザ・フォーク・クルセダーズの結成当初からのメンバーだった北山修さんがこの曲につけた詞は、シンプルなようで、人が「生きる」ことの本質を突くほどに哲学的である。

つまずいても、夢破れても、切なさに耐えきれなくなっても人は生きていく。ひとりで、一歩ずつ。結局は、ただ風が吹くように、いつか虚しくなるとわかってはいても。

北山さんは22歳の時にこの詞を書いた。京都駅近くで開業していた医院の子として生まれたこと、生粋の京都人ではないこと、および若い頃から自らの友人を含め、たくさんの人たちの”死”と向き合ってきたことなどが反映されているのだろうか。土地柄ゆえ、生死に関わる古くからの伝承に触れる機会も少なくなかっただろう。

北山さんがこれらの情報を著作で開示したのはずっと後のこと、21世紀に入ってからである。そのようなバックボーンを知らずとも、私は無意識のうちにこの詞から「死生観」を読み取っていた。

改めて考えてみると、”風”はほとんどの場合において、人から熱を奪っていくものである。物理的に身体を冷やすのみならず、心理的にも熱狂状態・過集中状態から解放させる。それこそ「秋来ぬと目にはさやかに…」の和歌が詠まれた昔から、人はその効果に気づいていたのだろう。

人は、暖かさやぬくもりを喜ぶ。生存の危険からの回避に安堵する本能に由来する。しかし、その暖かさやぬくもりは冷たい風が吹き、万物常に移り変わる虚無感が常について回るがゆえに尊ばれる。

プラタナスの枯葉は、その無常観の象徴として「風」の詞に詠みこまれているのだろう。春から夏にかけて青々と茂り、人々を強い陽射しから守る大きな葉も、いつかは枯れて地面に落ちる。大きいがゆえに、人に踏まれるとパリパリと乾いた音を立てる。少し深読みになるが、プラタナスの枯葉はそれまで護ってくれた大きな存在の老いを示していて、そこからの自立を促す詞とも考えられる。

家の近所には、プラタナスの並木道がある。昔は初冬を迎えると道路に枯葉がたくさん転がり、パリパリと音を立てながら学校なりスーパーマーケットなりに向かっていた。しかしいつの頃からかこまめに枝を切り落としているようで、最近は枯葉をあまり見かけなくなった。安全のためとはいえ、少し淋しい。

「風」は時折誰かがふと思い出すかのように、カバーが発表される楽曲である。その中で、北山さんや故・加藤和彦さんと親しい、坂崎幸之助さんの歌がひときわ沁みる。アルフィーは結成50年一度もケンカしたことがなく、ずっと仲よくやってきたことを思うと、ちょっと不思議である。

Wikipediaで「はしだのりひことシューベルツ」を引くと、紅白歌合戦に出たくないがために、あえて当時のNHKが嫌がることをやったと出ている。メンバーのひとり越智友嗣さんの証言ゆえ、間違いない話だろう。すなわちシューベルツは「紅白拒否アーティスト」の元祖でもある。一方、はしださんが後年結成した「はしだのりひことクライマックス」は最初から紅白を狙っていたのか、1971年に出場している。先日、NHKからその年の紅白歌合戦のリマスター放送を行うと発表された。楽しみに待っている。緊急地震速報鳴りませんように。



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