忘れがたきうどん店(12) 麦香うどん
讃岐富士を望む店
香川県内はおおむね東讃(高松市・さぬき市など県東部。高松市を別にする分け方もある)、中讃(坂出市・琴平町など県中部)、西讃(観音寺市など県西部。愛媛県寄り)の3地域に分けられる。讃岐うどんは中讃地域が発祥と伝えられていて、本当の実力店は高松市よりも中讃地域に多いという人もいる。
一方県外観光客の立場から見ると、中讃地域は瀬戸大橋こそかかっているものの、JR線の駅から先の交通が不便というか初心者にはわかりづらい。評判のうどん店は海岸沿いよりも、内陸部の自家用車またはレンタカーでないとアプローチしづらいところに多く構えている。ゆえにしっかりと事前準備をしないとなかなか出向けない。
斯様な条件の中、私は高松琴平電鉄琴平線の岡田駅に近い「麦香」(ばくか)に着目した。前回の記事で紹介した香川県のうどん店評価ブログで絶賛されているお店。とてもきれいなホームページを作っていて、感じも悪くなさそうなので試してみようと思い立った。
2023年7月某日、早朝に家を出て新幹線に乗車。岡山から青春18きっぷを使いマリンライナーで香川県入り。琴平で高松琴平電鉄に乗り換えた。岡田は琴電琴平から3つめの駅で、約10分で到着する。この地域の拠点駅であるようで、広いコンコースが印象的だった。
丸亀市内に含まれているが、丸亀城はじめ海沿いの観光地からはかなりの距離がある。駅は近年無人化されたようで、改札口の上に掲示されていた時刻表や名所案内路線図が裏返されていた。
駅前の道を右方向に進むと目の前に国道438号との立体交差がある。左折して国道に上がり、夏草に古びた家屋が建ち並ぶ新しい道路を6分ほど歩くと麦香にたどりついた。
建物自体は新築か、それとも古くからの物件を改装したものだろうか。外観はこのあたりではひときわおしゃれだった。ホームページによれば2012年開店という。
お店の横には飯野山(讃岐富士)が見える。平原の中ポコッと聳え立っていて、さえぎるものがほとんどないため、本家の富士山とはまた違った趣がある。黒い雲が近づいてきて、滴がポツリと手のひらに落ちてきたが、それ以上の雨にはならなかった。
タブレット端末
このお店はフルサービス方式。入店すると出入口すぐ脇のテーブルに案内された。既にお昼どきで他のお客さんも大勢いるので写真は撮らなかったが、奥には座敷席もある模様。この日は幸い並ばずに入れたが、気候のよい土休日は行列ができそうな気配もする。
注文はタブレット端末で行う。香川県の讃岐うどん店ではかなり珍しいのではないだろうか。私は新日本海フェリーのレストランで経験済みだが、お冷やを持ってきた店員さんが使い方を詳しく説明してくれた。
このお店はちくわ天の評判が高いので「ちく天ぶっかけ(冷)」を注文する。ホーム画面で「フード」を選択するとメニュー写真一覧のページに移り、上から2段目のタブでカテゴリーを選択、希望のメニュー写真をタッチする。
選択したメニューの写真が改めて大きく表示される。注文数を入力する。
右下の「追加する」をタッチすると麺の温度を選択する画面に移る。温・冷いずれかを入力。次いで麺の量を選択する画面に移る。希望の玉数を入力。最後に、レモンや大根おろしなどをつけないオプションを希望するかどうかを選ぶ。
注文確認のメニュー写真画面で「注文する」をタッチすれば厨房にオーダーが伝わる。
飲食店の自動オーダーシステムは1990年代にも存在していて、東京都内の店で見かけたが、その頃は評判が芳しくなかったようで、維持コストもかかっていたのかすぐに姿を消してしまった。「味気なさすぎる、直接声をかけてこその飲食店」という固定観念がまだ強かった。それから20数年、オンラインシステムの技術が飛躍的に発展して、そこに感染対策や人手不足、キャッシュレス支払いが加わる形で自動オーダーシステムが再び見直されている。
店内拝見
「麦香」ではオーダーを受けてから麺をゆではじめ、天ぷらを揚げるので10分ほどかかる。待ち時間を利用して店内を見回す。このお店でもおでんが用意されている。
香川県の讃岐うどん店では店主のコミュニティができているらしい。こんなカレンダーも置いてあった。職人さんの世界でも世代交替が起きていると実感する。
ちくわ天おかわり
オーダーを送信してから5分くらいで到着した。案外早い。お客さんの多い時間帯なので、流れ作業のように多めにゆでているのだろうか。
この写真で伝わるだろうか、麺は真っ白ではなくほのかに色づいている。「麦香」の店名は小麦へのこだわりを表している。讃岐うどん店で最も汎用されているオーストラリア産のASWは使わず、前回の記事でも紹介した地元産小麦「さぬきの夢」に北海道産の「キタホナミ」をブレンドしている。九州産小麦を使っている「おうどん瀬戸晴れ」とは文字通りひと味違うアプローチである。色つきの麺でありながら艶があり、食べてみたいという気を起させる。
ホームページによれば、だしは昆布・イリコの他に鰹、メジカ、鯖も使っているという。万人向けの味に調整されていて、麺の風味よりも主張を抑え気味にしている。
薬味はネギ、天かす、しょうがが小瓶で届けられ、自由にかけられる。
しょう油は濃口とだしの2種類。七味唐辛子と自家製青唐辛子も用意されている。
箸をつける。麺の太さは標準サイズだろうか。コシは十分、喉ごしがとてもよい。ゆっくり噛むとグミのような食感。小麦本来の風味を堪能できた。だしも麺もしっかりと冷やされていて、長い長い猛暑のオアシスであった。
天ぷらに使うちくわは観音寺で製造されたもの。イトヨリダイを使っている。関東ではあまり見かけない。揚げたてで油の質がとてもよく、衣はサクサクに仕上がっている。ずいぶん長く生きてきたが、これほどおいしいちくわ天をいただいた機会はあまり記憶にない。
私は「おかわり」を滅多にしないが、この時はちくわ天を単品でもうひとつ頼んだ。支払いの時店員さんが
「ちくわ天気に入りましたか?ありがとうございます。」
と笑顔を見せた。クチコミを見るとがさつな態度の店員に当たった人もいるらしいが、私は清々しさを感じた。ごちそうさまでした。
玄関脇には季節限定メニューの看板が置いてある。一面にすだちを広げたひやかけ、冷やしカレーうどんなどがお勧めという。「麦香」はカレーうどんもクリーミーで定評があると聞く。暑くない季節にはありがたい一品だろう。
HPの「讃岐うどんの特徴」ページには一般店としてのサービスを採用している理由、複数人シェア歓迎の意などが明記されている。うどんに限らずシェアを嫌がるお店は多く、マナー違反ではないかという意見も根強い中、もともと小食で少しいただければ十分という人や、一日でたくさんのうどん店を回りたいという観光客にはありがたいだろう。讃岐うどん店では多めに出すことがサービスと考えている店主が多い印象ゆえ、この姿勢は高く評価できる。山梨県の「ほうとう」を山形県と誤記している箇所だけは惜しい。
店を出ると虹こそ出ていなかったが厚い雲が切れはじめ、ため池に飯野山と、讃岐平野らしい風景に光が射そうとしていた。
2023年11月再訪 クリーミーカレーうどん
麦香うどんでは「クリーミーカレーうどん」も人気メニューである。2023年9月14日にテレビ東京で放送された情報番組「よじごじDays」でも紹介され、「うどんタクシー」の新人運転手さんが取材に訪れていた。カレーうどんに生クリームをかけるオリジナルメニューという。取材した運転手さんもスタジオでVTRを見たゲストの人たちも驚きの表情を見せていたが、私は生クリームとカレー粉や各種スパイスを配合したパスタをよく家で作り食べているので、より親近感が湧いた。
11月下旬、うどんタクシーツアーに参加した。まんのう町のうどん店2ヶ所を回り琴平駅で解散後、まだお腹具合に余裕があったので、麦香を再訪してカレーうどんをいただこう!と即決した。ちょうどお昼時にあたる。
4ヶ月ぶりに高松琴平電鉄岡田駅に降り立つ。自分の生涯の中に、ことでんにこれほど頻繁に乗車する時期が含まれているとは想像もつかなかった。私が若い頃、四国は連絡船で行く遠いところだったからである。
到着時点で10人ほど並んでいて、その列に加わる。フルサービス・注文後ゆで始めシステムのお店なのである程度時間がかかると覚悟したが、存外早く進み、15分くらいで入店できた。
タブレット端末でクリーミーカレーうどんを選択・送信する。カツカレーうどんや焦がしチーズカレーうどんもあり、カレー系に力を入れているとよくわかる。
10分ほどで到着した。
ひと口すすり始めた時からとりこになる味わい。エッジの立つコシの強い麺、よく煮込まれたお肉、カレー香辛料の辛さと生クリームの絶妙なバランス。大満足だった。交通費がかからなければリピートしたくなる。
お店のホームページによれば、玉ねぎをじっくり炒め、炒めトマトや具とともにかけうどん用の白だしで煮込み、オリジナルカレー粉と生クリームを加えているとのこと。記事を読んで、家でチャレンジしてみたくなった。カレー粉は市販の和風カレールーを使わざるを得ないが、玉ねぎを炒めて、お肉を白だしで煮込むところから手をかけてみたい。
麦香ではおみやげ用のうどんも販売しているので購入した。