忘れがたきうどん店(9) 篠路まちづくりテラス 和氣藍々
地域コミュニティ施設兼うどん店
札幌市北区の篠路(しのろ)地区は1980年代半ば過ぎから本格的に宅地化された。昔の写真を見ると1980年代はじめぐらいでも国鉄札沼線の列車が一面の原野をまい進していた様子が記録されている。東京ではテレビ歌番組全盛期で歌謡アイドルが次々と輩出され、YMOのテクノサウンドが時代の音を作り、竹の子族が話題になり、ハマトラファッションが人気で、ルービックキューブが大流行。学生たちはカセットテープに好きなロックを録音してカーステレオでかけながらドライブを楽しんでいた。あのキラキラしていた頃、ここでは全く違う時間が流れていた。札幌は当時でも大きな都市だったが、市の中心部から少しでも離れると、東京近郊が高度成長期に消してしまったたたずまいが残されていたと伺える。
従って、今訪れても街の様子にどこか新しさを感じる。バブル華やかな時代の残り香と、広々とした自然が混然一体としている。篠路駅近くの分譲住宅では庭先にラベンダーを植えている家が多く、うらやましい限り。
「篠路まちづくりテラス 和氣藍々(わきあいあい。あえてこの表記を取っている)」はそんな街の施設である。地下鉄東豊線栄町駅からバスで約12分、「小鳩団地入口」停留所前。百合が原公園にも近い。
道路沿いに「うどん」の幟が立てられ、入口には「手打ちうどん」の大きな看板が掲げられているが、個人や企業が経営するうどん専門店ではない。札幌市労働者協同組合が中心となり、地域の人々が気軽に集い、障がいを持つ人でも役割を持って働ける場となることを目指す施設で、うどん店はその一環としての位置づけである。ほぼ毎日地域の人を対象とした小さなイベントが開かれている。が、一見さんお断りではなく、外からの旅行者でも入って構わない。
詳しくはホームページを参照。
うどんは専門のスタッフが作っているが、地元で取れた野菜や、ここで働く人が作った手芸品などの販売もある。近隣で開催されるイベントのチラシも多数置かれている。スイーツも出している他、徳島県のすだち缶ジュースが販売されていた。その理由は後述する。
徳島との縁
店は窓を広く取り、晴れた日は陽光が心地よい。冬には訪れていないが、多分それなりに積雪もあるのだろう。
会計カウンター上には国鉄札沼線「釜谷臼駅」の駅名標が飾られている。1958年に開業、1980年代の「あいの里ニュータウン」造成事業の一環として1986年に630mほど新十津川方に移転、1995年3月「あいの里公園駅」に改称という沿革を持つ。この駅名標は貴重な資料であり、保存はことのほか嬉しい。
釜谷臼とはアイヌ語の「カマ・ヤ・ウシ」(平岩が岸についている)に由来する地名とされているが(本多貢「北海道地名漢字解」北海道新聞社、1995年)、該当する地形は当地に存在しないという。
店内の壁には篠路と徳島の縁についての説明が掲げられていた。
この説明によると江戸時代、すなわち北海道と命名されて、クラーク博士が札幌農学校を開くよりも前から阿波の人が入植していたという。「わきあいあい」に「和気藹々」をそのまま使うのではなく「藍」の字を当てているのは徳島の名産藍染に由来する。すだちジュースの販売もそれゆえである。
肉うどん
うどん店としては肉うどんが一番の人気メニュー。肉野菜うどん、野菜かき揚げうどん、薬膳カレーうどんもある。トッピングとして野菜かき揚げ天ぷら、ちくわ天ぷらが用意されている。うどんは作り置きではなく、注文を受けてから約15分ゆでる。このあたりは香川県のお店とも遜色がない。冷たい麺にもできるようだが、かけうどんのみで、ぶっかけや生しょう油はさすがに出していない。おでんもない。
厨房は店の奥に広いスペースが取られていて、とてもきれいに保たれている。その中で職人さんが黙々とゆでている。
店舗の中央につくりつけの大きなテーブル、入口付近に8人がけくらいのテーブル。20人ぐらい入れそうだろうか。
予定の時間通りにうどんが到着。
かなりの太麺、平たさもある。地元の製粉業者から仕入れた北海道産小麦を用いた、ほのかに色のついた麺。だしはいりこを使わず、醤油とかつおぶしで取っている。従って讃岐うどんとは一線を画する味わいである。むしろ武蔵野うどんに近いかもしれない。
お肉は豚で、醤油とみりんで甘辛く味つけされている。いかにも北国らしい。逆に香川県ではあまり見られないだろう。薬味はネギとしょうががセットでついてくる。
コシは十分にあり、決して硬くはないが、すするよりもよく噛んで食べる方に適している。とてもおいしくいただけた。私はライラック見物帰りの心地よい気候の日に訪れたが、雪に包まれた寒い季節にはことのほか温まる一杯になるだろう。ごちそうさまでした。
持ち帰り実験
篠路まちづくりテラス和氣藍々では持ち帰り生うどんも販売している。2食分でだしつき。飛行機に乗せて持ち帰るにはやや手間がかかるし、あまり日持ちもしないので冷凍庫保存必須だが、家で食べるのもまた一興である。そのままゆでて食べるのも能がないので、ちょっとした実験を行った。
麺をゆでて丼に盛り、坂出市「日の出製麺所」で販売しているだししょう油をかけて、生しょう油うどんとする。北国のどっしりした小麦と讃岐のいりこだしが珍しいハーモニーを奏でた。
次は日の出製麺所の麺をゆでて、和氣藍々のだしをぶっかけにしていただく。極めて喉ごしのよい麺にやや甘めのだしが心地よい。関東の人にはいりこだしよりもなじみやすいかもしれない。
札幌の麺といえばラーメンの印象がとりわけ強い中、うどんをメインにするというだけで嬉しい。中心部から離れていて観光客向けではないが、遠くからささやかにでも応援したいお店である。