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忘れがたきうどん店(5) 手打うどん 麦蔵

「おうどん瀬戸晴れ」と足摺岬を堪能して旅を終えてしばらく過ぎたある日、SNSを見ていたら

「瀬戸晴れはだしがどうも口に合わない。自分は麦蔵(むぎぞう)のうどんのほうが好き。」

という意見が出ていた。
食べ物の好みは人それぞれだが、自信を持って勧めるのならば麦蔵とはどんなお店か気になる。強いコシの麺とかしわ天(鶏肉天ぷら)が売り物らしい。

場所を調べたら香川県立中央病院の近くで、ジャンボフェリーの高松東港から駅へ向かう道沿いにある。ジャンボフェリーの公式サイトでは、午前中到着便からの連絡バスは県立中央病院に立ち寄って停車すると案内されている。これを使えば瀬戸晴れの時と同じくその日の1番を取ることもできるかもしれない。

よく晴れた早春の日、神戸港を夜明けとともに出港する「あおい」に乗船した。例の歌が終わって甲板に出ると海面から太陽が顔を出した。気持ちよいほどの晴天でも水平線近くには雲がかかっていることが多く、海面に接する日の出を見られる機会は貴重である。

「あおい」で迎える日の出

この日の「あおい」はとりわけすいていた。車両航送甲板には車の姿が全く見られない。コンフォートリクライニング席の乗客は私も含めて3名。真新しく静かな船内やテラスから、早春のキラキラ輝く海と爽やかな風、まぶしい陽光と澄んだ空、明石海峡大橋や舞子の風景、足湯を心行くまで堪能できた。

早春の港を旅立つ
「りつりん2」とすれ違う 淡路島まではっきり見渡せる

10時45分、定刻に高松東港到着。11時開店の「麦蔵」に向かうにはまたとない時刻。上機嫌で連絡バスに足を運んだ。

が!
運転手さんは中央病院前の交差点を直進。あれよあれよという間に駅まで直行してしまった。
後で会社に問い合わせたところ、県立中央病院の停車は2022年9月末に終了して、HPの案内削除を忘れていたとのこと。丁重なおわびをいただいた。会社からしたら、うどん店を目的とした県外観光客の下車需要があるなど想定外なのだろう。

気を取り直して朝日町行きの路線バスに170円を投じて城東町で下車。「麦蔵」は小さな漁船が係留されている岸壁沿いの歩道を歩いてすぐのところにあった。既に5名ほど並んでいた。

県立中央病院と岸壁。「麦蔵」は右の調剤薬局看板手前の建物。

Googleマップに掲載されている写真を見ると、以前は店舗の上に看板を出していたようだが今はなくなっている。白と藍染ののれんが入口にさりげなく掲げられていて、藍染布の片隅に小さく「麦蔵」と記されていた。

「麦蔵」入口

5分ほどで入店。店内はカウンターで20席くらい。座席は既に埋まっていて、写真を撮れる状況ではなかった。
このお店は食券制で、カウンター脇に券売機が設置されている。讃岐うどんのお店では珍しいだろう。

シンプルな券売機

私の後から来た人は食券を出して、口頭で追加注文をしていた。常連さんなのだろう。

券売機の配置からもわかるように、このお店一番の売り物はかしわ天つきの冷たいうどん。まだ暑い季節ではないが、迷わずかしわざるを注文した。厨房では店主以下スタッフが調理に勤しんでいて、よい匂いが漂ってくる。

メニュー表。以前は番号をつけていたらしい。
(価格は2023年3月現在)

注文から12分ほどで到着。店内では照明を抑えていることもあり、あまりおいしそうな写真にできなかったが、見ただけで食べごたえ十分を予感させるどっしりした麺と大きなかしわ天。それも3個。

実物はもっとおいしそうに見えます
(と、自らの写真撮影の拙さを言い訳する)

カウンターの調味料は塩と七味唐辛子。他の薬味や醤油類は置かれていない。関東のざるそば風に「おつゆ」と言いたいだしも天ぷらにかけるのはもったいない。必然的に天ぷらは塩を振っていただく。

早速ひと口。おいしい、素晴らしい!
衣はパリッとして、中身はじわっと鶏のエキスが伝わってくる。もちろん揚げたてでほどよくあつあつ。天つゆをつけなくとも塩だけで十分だった。

麺は冷水でよく締められている。ひと口すするとどっしりとしたコシが口内を支配する。決して硬い印象ではなく、グミのような粘り強い食感。

艶やかな、堂々の太麺

愛おしむように食べ進めていく。食べ終わりが名残り惜しい。最後にかしわ天半分をおつゆにつけて締めくくった。大満足、ごちそうさまでした。

瀬戸晴れのうどんが繊細な工芸品とすれば、ここのうどんは野性味あふれる絵画に例えられるだろうか。瀬戸晴れは都会的なお店で、もし東京など大都市圏に出店してもたちまち人気が出るだろう。一方ここは地元ならでは、高松ならではの魅力のお店と感じた。私はいずれのうどんも気に入った。讃岐うどんの奥深さを実感できる2店といえる。

食べ終えて外に出ると若い人を中心に50人ほど並んでいた。岸壁沿いの狭い立地で、周辺に駐車場が少ないため、普段車を使う地元の人にはかえってアクセスのハードルが高い様子。お店でも「周辺は路上駐車取り締まり地域」と注意喚起をしている。逆に私のような公共交通機関派にはアドバンテージになる。

県外客はどうしてもメディアでよく取り上げられる観光客向けのお店を選んでしまいがちだが、せっかく高い交通費をかけて出向くのならば事前によくリサーチして、ここのような質の高い良心的なお店を訪れてほしい。


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