忘れがたきうどん店(3) さぬきうどん溜
いつの頃からか、かなりお腹がすいても少量食べたら満足できるようになった。油っこいものなど身体にあまりよろしくないとされている食品が大好きで、毎食後甘いものを複数飲み食いする私にとって頗る都合がよい。ある程度ならば空腹への耐性もできている。日頃の食費もかさまずに済む。普段の買い物は専ら近所のスーパーマーケット。コンビニの食料品は旅先でしか買わない。スナック菓子類の間食もしない、お酒も飲まない。久しぶりに会った人は私を見るなり「やせました?」と口を揃えて言う。
よいことづくめだが、香川県のうどん店めぐりに関してだけは裏目に出る。さぬきうどんはお腹もちがよい。ひとつのお店で食べたら長時間満たされる。すなわち同じ日に複数のお店を回るのは厳しくなる。東京からの距離的ハンディキャップを考えると非効率極まりない。地元発信の情報サイト、ブログやSNSなどを見ると、1日に3~4軒はしごする若い人も少なくないという。ただただ感心する。
松下製麺所を辞して瓦町駅へ。缶入りココアを飲んでいたら、見覚えのある真紅の車両がやってきた。
京浜急行の標準カラー。京浜急行色は人気があるようで、各地の鉄道でラッピングイベントに使われている。
よく見たら隅に「KHK」と記してある。
その昔、東京南西部を走る私鉄会社では車両の側面に英語の略称を記していた。「T.K.K.」「K.T.R.」「OER」。いずれもかなり前に姿を消したが、「KHK」はデジタルカメラが普及した時代まで大師線などで残されていた。
1305・1306は京浜急行から高松琴平電鉄に譲渡された車両。「空から日本を見てみよう」高松市の回でくもじいが再会を大げさに喜んでいた。
この電車には乗らず、長尾線の標準カラー車両で終点長尾を目指す。途中、新しい高架駅を通った。かつて「いちごカレー」をいただきに訪れた宮城県の常磐線山下駅を思い出すたたずまい。小さくとも新しく立派な高架駅や立体化工事を見かけるたび、うらやましいと深くため息をつく。
まばらに座っていた数名の乗客は農学部前までで皆降りてしまい、静まり返る車内、私ひとりだけになってしまった。ということは、この時間帯無乗客で走る日も少なくないのだろう。約40分で長尾に着く。小さな駅舎を出ると、住宅街の中自然消滅するかのように線路が途切れていた。ここは大川郡長尾町だったが、合併により「さぬき市」と称している。
駅脇の道を北へ歩く。川につきあたり、橋を渡るとお遍路休憩所が整備されている。東京の続きのような感覚が一気にリセットされた。87番長尾寺も近いという。
引き続き川沿いを歩き、次の橋の交差点で左折すると目的の「さぬきうどん 溜」にたどり着いた。
このお店を選んだのは、松下製麺所が市街地の中心部だから次は郊外にしたいと考え、公共交通機関でアプローチ可能な場所にあり、なおかつWebで評判がよいから。
あえて長めに歩いて行くお店にしたのは「腹ごなし」の思惑もあったが、さぬきうどんの腹持ちの良さを甘く見ていた。まだ空腹にならない。
それでも中に入る。
「いらっしゃいませ!」
明るく感じのよい声が響く。若いスタッフさんが多い模様。
醤油蔵を改装したそうで、中は天井が高く広々とした感じ。テーブルまわりはおちついた色合いで、窓からの採光を有効活用している。2013年開業で、歴史が染み込んだ跡はまだ見られない。
注文方法は東京などの大手チェーン店と同じ。まずサイドメニューを選び、次いでうどんの大中小と種類を告げる。渡されたらお会計。注文カウンター奥で薬味をトッピングして着席。私は生しょう油うどんを頼んだ。
生しょう油うどんはだし醤油を麺に直接かけていただくスタイル。一般の濃口醤油でこれをやると辛すぎるが、鰹や昆布のうまみが加わっただし醤油ならば絶妙の味わいになる。詳しい人は麺の特徴やその日の出来ばえまでもキャッチできるという。まさに香川県ならではの食べ方だろう。
まだ午前中なので店内は静か。ボトルに入った醤油は店特製という。醤油蔵譲りのプライドだろうか。
この醤油をかけていただくウインナーとさつまいもの天ぷらはすばらしくおいしかった。セルフのお店ではどうしても作り置きになるが、冷めた感じがしない。
麺は太く、1玉あたりの量が多めに作られている。コシも強く、小麦がしっかり鍛えられている。田舎うどんの良さがつまっている。ごちそうさまでした。
残念なことに、おなかがまだ満たされている状態では小でもかなり重たく感じた。レモンとおろしが心地よい。この日最初に訪れていたらきっと大満足できていただろうが、開店時間の都合上後回しにせざるを得なかった。リベンジと思っても、駅やバス停から遠いとなかなか難しい。
このお店では様々なメニューを出していて、肉系も定評がある模様。広々とした駐車場が隣接していて、ドライブで来る人にはありがたいお店だろう。
帰りは造田駅から高徳線を予定していたが、道を間違えて駅と反対方向に歩いてしまった。途中で気づいて引き返し、もう間に合わないので、腹を決めて琴電志度駅まで丘を越えて45分歩いた。以後ジャンボフェリーと飛行機を乗り継いで帰宅するまで、全く食べ物を口にせずに済んだ。