忘れがたきうどん店(4) おうどん瀬戸晴れ
早春の足摺岬を見たいと思い立った。
四国の南端、最果ての地だが公共交通機関がきめ細かく通じていて、車を運転しない人種でもアプローチが可能。旅程を組む楽しみを味わう派にとってはむしろ格好の目的地となりうる。
南風(なんぷう)吹いて、黒潮おどり、カメリア咲いて、また春が来て…
時刻表検索サイトや高知西南交通のHPを見ていると無意識のうちに「宗谷岬」のメロディーで繰り返し歌いはじめ、脳内でフルコーラスの作詞(?)がたちまちできてしまった。
さらに調べたら「高知プレミアム交通パスWest」という企画乗車券を見つけた。(※)高知県内のJR全線と、南国市後免以西の県内鉄道・路線バス全てに有効で、3日間12,000円という。スマートフォンに券面を表示させて使う電子チケット。公式サイトには「ローマの休日」ならぬ「リョーマの休日」のキャッチコピー。私は坂本龍馬にはほとんど関心が向かないが、これは面白そう。いそいそと購入した。
(※)2023年3月末限りで販売を終了したそうです。
この方面に出向くからには、途中通る香川県でぜひ行ってみたいうどん店がある。近年評判がうなぎのぼりの
「おうどん瀬戸晴れ」。
麺もだしも天ぷらもすばらしく、いつも長い行列ができると聞く。2022年に移転したばかりの新しい店舗で、お店のスタッフも感じよい接客をするという。久しぶりにわくわくするほどの期待感を味わう。
出発の日を迎える。「ジャンボフェリー「あおい」に乗ろう!(8)神戸19:45発高松行き4便」の記事で書いた通り、東名ハイウェイバス→東海道線→阪急→ジャンボフェリーの乗り継ぎで深夜に高松入り、ホテルに宿泊した。
人気店を目的として、なおかつ高知・土佐清水方面へ向かう列車の乗車時刻があらかじめ決まっているのならば、極力並びたくない。できればその日の朝1番を取りたい。「おうどん瀬戸晴れ」は一般の食堂と同じくフルサービス式なので、先に誰かが並んでいるとその分待ち時間が増えてしまう。ジャンボフェリーを駆使して高松深夜泊のコースにはその狙いもあった。鉄道のマリンライナーやジャンボフェリーの深夜便(りつりん2)を眼中に入れなかった理由は改めて記すまでもないだろう。
来店日を迎えた。この日は低気圧の通過により夕方まで雨が予報されていたが、ホテルのカーテンを開けてみたら小雨程度。安堵して高松築港駅へ向かう。「おうどん瀬戸晴れ」は9時開店。冬季の平日ならば8時すぎに行けば1番が取れるのではないかとヤマを張った。
7時30分発の琴電琴平行きに乗車、瓦町で7時40分発琴電志度行きに乗り換え、8時02分着の八栗で下車した。お店は駅から徒歩5分程度。開店当初の店舗は駅からかなり遠い位置にあったらしく、移転は他県人にとっても朗報である。
途中、屋島の戦いに関する史跡脇を通る。伝説に対して思うところはあるが先を急ぐ。大きな石がいくつもそびえたつ石材店の隣にお店があった。思惑通り、まだ誰も来ていない。
広々とした駐車場スペースが人気のほどを物語っている。ピーク時にはここが車であふれるのだろう。
真新しいベンチに腰を下ろす。外は静かだが、店内は仕込みの最盛期で、何人ものスタッフが準備に勤しみ、その活気が伝わってくる。待合ベンチに向けて大きな窓が設置されていて、外から見学できる。窓際には麺を切る広い台と大きな包丁が置かれていて、店主古賀さんの自信のほどがうかがえる。ボウル一杯に盛られた打ち粉がまぶしく見えた。
スタッフのひとりが私の姿に気がついて扉を開けて、「寒いでしょう、どうぞあたってください。」と電熱暖房のスイッチを入れてくれた。
10分ほど過ぎると駐車場に車が現れ、2番目・3番目のお客さんが姿を見せた。この季節の平日ならば開店45分前くらいに着けば、開店と同時にオーダーできることになるだろうか。
8時30分以降は次々と車が到着。気がついたら私を先頭に20人くらいがベンチに座っていた。古賀さんが生地を手に窓際までやってきて、打ち粉を振りかけ、ロール状に伸ばし、丁寧になおかつ素早く切っていく。職人技をじかに見られる貴重な時間が得られた。
9時00分扉が開き、のれんがかかり、「お待たせいたしました。」の声と同時に店内へ。若いお客さんたちの勢いに圧倒されつつ着席する。
メニューは以下の通り。(2023年2月現在の価格です)
熱いぶっかけうどんと、ちくわ天・鱧天を注文した。
もちろん内装も新しく清々しい。今の若い人にも年配の人にも喜ばれるだろう。かなりの人数が入店していても圧迫感はほとんどない。トートバッグや帽子などおみやげグッズの販売もある。
10分ほどでうどんと天ぷら到着。
ご覧の通り真っ白な麺ではなく、ほんのりと色づいている。今の人はそのほうに親しみを感じるのだろうか。小口ねぎ、しょうが、大根おろしの薬味があらかじめついてきた。セルフ式に慣れている地元の人は、あるいは物足りなく感じるかもしれない。
まずそのままでひと口すする。
これは………!
最初にもちっとした感触、続いて強いコシ。清々しいほどの伸びの良さ。そのバランスが実に絶妙で、繊細な芸術作品に相対するかのよう。これは人気が出るはず。
店主の古賀さんは福岡県のご出身。(古賀という姓は福岡県に多く見られる。)香川県に来て、有名なお店で長年修行を重ねた上での独立とのこと。自分のお店を持つにあたり、故郷福岡県で生産される小麦を採用したという。福岡県は能古うどんなど柔らかめなうどんが名産のひとつ。古賀さんはそれに工夫を重ねて独特のコシを出すに至った。香川県産小麦を奨励している地元としては複雑な思いかもしれないが。
だしはイリコをベースとしつつ醤油もしっかり効かせている。鰹か何かのうまみが印象的。いわゆる讃岐うどんのだしよりはやや濃いかもしれないが、万人向けの味だろう。少なくとも私は抜群においしいと感じた。
目の前にある麺1本1本が愛おしくなる。すする、噛む、伸ばす、いろいろやりたくなってくる。
天ぷらはもちろん揚げたて。前回あるセルフ店を訪れた際、取ったメンチカツが冷え切っていただけにことのほか嬉しい。お店で出す天ぷらは油の質が大きく味を左右する。ここはよい油を使っていると、味音痴に近い私でもすぐに気づける。衣も薄く、中身の味が十分に響いてくる。鱧天は大葉つきで揚げられている。
至福の一杯をいただいてお会計を済ませると、店員さんが「写真を撮られるのならば」と、入口の上を指し示した。
そこには古賀さんを描いた立派な油絵。お人柄がにじみ出てくるよう。
外は雨が止んだばかりのWater Colorだったが、心はまさに瀬戸晴れ。十分時間に余裕を持って八栗駅に戻る。気持ちよく琴平駅から土佐へと歩みを進められた。
また行きたいが距離、混雑などを考えると難しいだろうか。
改めてごちそうさまでした、そして温かなひとときをありがとうございました。